27:……流石に期待しすぎたか?

 ピンポーン。


 先日の『エキシビジョンマッチ』の次の日。

 昨日は金曜日だったため、今日は休みだ。

 疲れたということもあり、布団で惰眠を貪っていると、家に誰か来る。


 誰だ?


 眠い目をこすりながら、玄関に向かう。

 俺の家に来るのは基本的に配達の兄ちゃんか、変な宗教勧誘しか来ない。

 しかも宗教勧誘のやつに関してはなんか知らないけど普通に仲良くなってしまった。


 でも月イチで来るそいつは2週間前にきたはず。


 しかも配達もこの頃頼んでいない。

 だから誰か来るのが逆に不思議だ。


「げっ」


 ドアスコープを覗いて、思わず声が出る。 


 そこにいたのは、赤い髪をなびかせた俺と同じくらいの身長の女性。

 居留守を使う、という選択が頭の中に浮かぶ。


「覆瀬くーん。

 いるのはわかってるよー」


 ……なんで俺がいるのがわかってる体で話している?

 俺は音を鳴らさにように静かに玄関から離れる。


「ちなみに出ない場合は私が大家さんに借りたスペアキーで入るよー」


 その言葉に俺は後ろに下がる足を止める。


 俺はアパートに一人暮らしをしている。

 結構経歴が怪しいため、借りるまでに苦労して手に入れた。

 ここで面倒事は起こしたくない。


 それにしても、スペアキー?

 ドアスコープから目を離している俺はその存在を目にしていない。


 本当かわからない情報。

 流石に大家さんも部屋の鍵をおいそれと他人に渡すことはないだろう。

 割と大家さんとは仲良くさせてもらっているから、それくらいの信頼はある。


「出ないと強制的に入ったあげく君の部屋を隅々まで綺麗にしてやましいものを全国公表するよー」


 高校生男子としても、覆瀬結としても、それは普通に困る。

 昨日の今日でどういうことだ。

 なんで俺は会長に悩まされなければ行けない。


 そんな葛藤をしていると、会長から再度声が聞こえる。


「悩んでいるようだから今日の要件を伝えるよー。

 『訓練』したいんだよぉー」


 妙に間延びしている語尾がさっきから鼻につく。

 でも、面倒くさい。

 居留守しようという決心をつけたその瞬間、


 ガチャ


「お邪魔するよー」

「へ?」


 会長が俺の部屋に入ってきた。



☆☆☆☆☆



「それで、なんですか本当に」

「だからさっきも言ったじゃないか。

 『訓練』を受けに来た、って」


 俺は会長を自分の部屋から追い出し、ある程度の着替えと準備を終わらせ、外に出た。

 スペアキーに関してはうまいこと言っていたらしい。

 それに会長はこの地域でも知らない人はいないくらい有名(らしい)ので、割と信頼が厚いそうだ。


 ……だからって人の部屋の鍵は渡すなよほんと……。


「おや、どうしてそんなため息を着いているんだい?

 私は早いところ『訓練』をしたくてしょうがないよ」

「俺は休日を潰されたから、ため息を着いたんですよ」

「そうか。

 でもこんな美少女と歩いているということはお得ではないかい?」


 俺はゆっくりと隣を歩く会長のことを見たあとに、


「ハッ」

「えっ、鼻で笑うとか人としてどうかと思うんだけど覆瀬君?」

「いや、別に美少女ではあるんですがね。

 中身が伴ってないな、と」


 会長の威圧感に弁明をするが、怒りが収まる様子はない。


「昼ごはん食べましたか?」

「あっ。

 ……覆瀬君似合うのが楽しみすぎて忘れてしまったよ」

「ご飯忘れるくらい『訓練』楽しみにしていたんですか?」


 あはは、と苦笑いする会長を俺はにらみながら、


「ファストフードとかにしましょう。

 大丈夫ですか?」

「あぁ、別に大丈夫だよ」


 俺はその言葉に、歩調を速める。

 ……腹が減った。


「なんで会長はそんな『訓練』したいんですか?」

「どうしたんだい突然?」

「いや、普通の人は……というか俺も含めて『訓練』が好きな人間なんていないんじゃないですか?」


 俺の言葉に会長は顎に手を当てて、


「そうか?

 強くなるならかまわなくないか?」

「……そういうところはあのアホに似てるんですね」

「訓練自体をサボったことはないね」


 なんとなく会長もあのアホと同じなのか、と思うと、


「……あのアホも俺に『訓練』つけてくれって言ってたな……」

「えっ、安藤さんも?」

「そんなに驚くことですか?」

「いや、別に不思議なことではないんだが、あの安藤さんが『訓練』を頼むって、どんな強さなのかなと思ってね……」


 その時はまだ安藤もプロになったばかりだったな、と思い出に浸っていると、


「ちなみに覆瀬くん……もう面倒なのでムスビと呼んでもいいかい?」

「別に呼び方に関してはどうでもいいですよ。

 悪口じゃなければ特に文句は言いません」

「そうか。

 なら私のことも好きに読んでいいぞ」

「わかりました。

 なら今まで通りに会長と呼ばせていただきます」

「そこは年の差なのに呼び捨てでドキドキ、的なやつじゃないのかい?」


 俺は再度会長の方を見て、鼻で笑う。

 その姿に会長は怒りの様子を見せるが、俺は無視して突き進む。


 ……ちなみに俺はもう予想している。


 その名前が怨嗟で満ちたものになることを。



☆☆☆☆☆



「む……す……び……めぇ」


 家の近くの公園。

 そこで会長は寝転んでいた。


 昼飯を食べてから公園に戻り、『訓練』を始めた。


 内容は被瀬たちとは全く別のものをやっている。


 それは、


「なんで当たらないんだ……」


 組み手。


 それも、能力を使わない組み手。


 ……使わないと言っても、『心のチカラ』不足の状態のことを指すのだが。


「会長は割と基礎はできてますけど、それ以外が能力に寄るパワープレイが多いですね。

 確かに当たれば、触れれば強いのはわかるんですが、それに頼っているといつまでも強く慣れませんよ?」

「これ……でも……学園最強だぞ……」


 会長は寝転んでいる状態から立ち上がる。


 その様子に、会長の根性に感心しながらも、俺はゆったりと待つ。


「……っし!」


 会長の気合の声。

 俺はしっかりとたった会長に特に警戒はしない。

 疲れているのもそうだけど、前の試合でわかったことがある。


「ハァッ!」


 会長は組手で言えば能力を使っていない被瀬より強いくらいだ。

 一対一の武術の戦いだったらこの学園でも中の上くらい。


 俺は突き出される拳を頬スレスレで避け、会長と肉薄する。

 会長は距離を取ろうと後ろに飛び下がる。

 しかし、俺がそれを許すわけはなく。


「引っぱ……」


 会長の服を引っ張る。

 今日の服装は学校の体操服だ。

 いつもの『生徒会』服はおいてきているらしい。


 そのまま俺は会長の額に頭突き。


 ゴチンという音とともに、会長は地面に倒れる。

 結構痛いだろう。

 俺も痛いから。


 そのまま間髪入れずに、あえて殺気を出して会長を踏み抜こうとする。

 そのことに気づいたのか、会長は地面を転がりながら回避する。


「……憂さ晴らしかな?」

「否定はしませんけど、他にも理由はありますよ」


 会長はその勢いで立ち上がりながら、俺の方を見て話しかける。

 肩で息をしている辺り、疲れてはいるのだろう。


 ちなみにこれでも20分くらいしか組み手はしていない。


「理由、ねぇ」

「だって頭突きのほうがいいじゃないですか。

 ビビリの会長がビビらなくなるまでやりましょう」


 会長のこめかみに怒りのマークが浮かんでいるように見える。


 会長は、強い。


 それはまごうことない事実で、たしかに対面してわかるのはその能力の強さ。


 『高温』の能力は非常に使いやすい。

 なんの仕組みかはわからないけど、身体能力の強化ができる。

 それに、炎にも耐性もある。

 そして一番が、普通の人間は対策をしないと触れることさえ敵わない。


「会長は能力を使うことを前提にしているみたいですけど、そもそもとして使わない状態で弱い人はいつまで経っても強く慣れませんよ」


 でも、この前の戦いでは能力を使用したことによって俺に隙を作らせられた。

 そして最後の動きを見る限り、


「会長自分の最大限の時をいつも考えて戦ってますよね」


 身体能力が完全に慣れて、最後のような動きができるように慣れば、もう会長を止めることはできない。


 ……まぁ、能力を使った時点で近接は全員勝てないんだけどな。


 俺はその事実にそりゃここで止まるわけだ、と思いながら、会長の方に歩み寄る。

 身構える会長。


 その構えは、硬いというか、ぎこちない。


 そりゃそうだ。


 会長に対して、俺はずっと大きい敵意と圧迫感を与えて戦っている。

 一段階を開放していなくても、振る舞いや身のこなしで擬似的に再現することができる。

 だから会長はこの短時間でかなりの消耗をしている。


「会長。

 たかがこれくらいの敵意で緊張しないでください」


 会長は、悪く言えば自分のフィールドに慣れている。

 『ランキング戦』だからこそできる自分のフィールド。


 もしこれが戦いなら会長はかなり弱い。


「遠距離に反応」


 小石を軽く投げる。

 その動作に過敏に反応する会長。


 ちなみに言っておくが、この敵意をもし一般の生徒にやったものなら、卒倒する。


 だから会長のその反応は決して悪いものではないのだが、


「隙」


 俺はもう一つの小石を軽めに投げる。

 会長の死角から投げられた石は当たる。

 そのことに驚いて俺の方を確認し、構える。


「しっかり見る」


 踏み込む。

 思い切り音がなるように。

 それは会長の思考をパニックにさせ、反応を遅らせる。


 特に何もなく接近に成功。


 でも会長からしてみれば俺が一瞬で移動したかのように感じるだろう。


「最後です。

 お疲れさまでした」


 一段階の開放。

 殺気の放出。

 精神的に疲弊しているということもあって、会長は意識を失った。


 倒れ込む会長に手を差し伸べ、肩を貸す。


「……流石に期待しすぎたか?」


 昔のことを思い出しながら、俺は会長を休めるベンチまで運んだ。

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