127 篠原家でのお話2
「ちょっと、待って下さい! 私と香取先輩が零戦の機銃掃射を受けたのも『組織』が計画したことなのですか?」
詩織は、優衣の父、篠原昭人の言うことが信じられない、という表情で質問をする。
「藤沢さん、そう言う意味ではありません。部外者の私が能力者補の皆さんにどこまで話して良いのか難しいのですが、おそらく話しても大丈夫だろうと思う範囲でお話しします。私の推測も入っていますので、その様な見方もあると言う程度に聞いて下さい」
亜香里が珍しく食事中であることを忘れて、向かいに座る篠原昭人に身を乗り出して聞いている。
(4人で食事をするには、テーブルが大きすぎることもその理由であったが)
「始まりは、この敷地内にある蔵でした。皆さんがここから『世界の隙間』に入ったことで『組織』が『世界の隙間』ミッションを計画したようです」
(やっぱりあれがスタートだったんだ、2010年の渋谷区にトライポッドが現れて戦ったこと自体が、未だに信じられないもの。でも「『世界の隙間』ミッションを計画した」って何よ?)篠原昭人の話を聞いて、亜香里も謎が増える。
「既に聞かれているかも知れませんが、『組織』は今までに『世界の隙間』の入口を数多く調査しており、日本国内では神社を中心にほとんどの入口を調査済みです。その過程で『組織』なりに入口がある場所の特徴を掴んだようですが、ここの蔵から皆さんが『世界の隙間』へ入ったプロセス、行った先、出現したものの全てが、『組織』が今までに考えていた『世界の隙間』と余りにも異なったため『組織』の中で、相当議論になったと聞いております」
(やっぱり、あの世界は異常だったんだ)その時の異常な情景を詩織は思い出す。
「皆さんがこちらに戻って来た翌日から『組織』の担当者が、ひっきりなしに当家を訪れ、あらゆる調査をし、特に蔵の中は念入りに調べましたが『世界の隙間』の入口に関するものは、痕跡すら見つけることが出来なかったそうです」
(あの頃は研修センターに缶詰、というより『組織』のトレーニングで、毎週どこかへ行きっぱなしだったから、優衣も自宅のことは知らなかったのよね)亜香里は4月の研修を思い出す。
「そこで『組織』が、次に注目したのが、ここにいる能力者補に成り立ての皆さん、3人だったようです」
(『組織』が、私たちに注目していたの? その割には研修センターで疲れるトレーニングばかりやらされて、待遇はあまり良くなかったように思うのだけど)トレーニング後に『組織』から提供された、充分な食事のことを亜香里は忘れているようだ。
「『組織』は3人のことを周辺環境も含め徹底的に調べ上げたようです。『組織』が得意とする電子データから得られる情報は勿論のこと、外部のエージェントを使い、今までの生育環境・家族の状況等も調べたようです。エージェントはここにも来ましたが『組織』は以前から篠原家のことを熟知しておりますので何もせずに帰った様です。藤沢さんのご家族は、皆さんが遠くに出掛けられることが多いようで情報収集には苦労したそうです。特に藤沢詩織さんのお兄さんは、中東で3カ国のプロジェクトに関わっているそうで、エージェントがそこに辿り着くまでが大変だったとのことです」
(へぇー、兄貴は、そんな仕事をやってるの? プロジェクトエンジニアなのは知っていたけど、3カ国? だからいつもどこにいるのか分からないんだ。今日、家に帰ったら聞いてみよう)家族が関わっている仕事の内容を、その家族があまり知らないというのは、良くある話。
「そのようにして『組織』は時間と手間を掛けて、皆さんのことを調査しましたが、結局のところ皆さんと『世界の隙間』の関係は分かりませんでした」
(そりゃそうですよ。それが分かっていれば、自分たちが苦労しないもの)亜香里は『当然です』と言い出しそうな声を抑えて、篠原昭人氏の説明に耳を傾けていた。
「そして『組織』は最後に、皆さん3人を取り敢えず『世界の隙間』に送ってみて、どうなるのかを確かめてみよう、そういうミッションを組んでみよう、と考えたようです」
亜香里は、今までテーブルに乗り出していた姿勢を正して、口を挟む。
「今のお話が本当だとすれば『組織』は、行った先でどうなるのか分からない、危ない世界へ私たち3人を放り込んだということですか? その結果、優衣が長く意識不明になったり、私がケガをしたということですか?」
「結果だけみれば、そうなりますが、そこに至るまでには『組織』の意向を踏まえ、どうやればそれを安全に遂行できるのか? 江島さんたちがいろいろと腐心し、事前説明を受けた世話人の本居、香取、桜井の能力者からはミッション実施に反対する意見があったと聞いています」
(意識が回復してから、初めて会社へ出勤して朝一番に、桜井先輩が『ゴメンネ、ゴメンネ』て言ってきたのは、そういうことだったんですか。先輩は危険を知っていて、私たちを守りきれなかったことを悔やんでいるのかなぁ?)直接の上司ではないが、同じ部署で会社のシスター、『組織』での世話人、桜井由貴は優衣が職場復帰をしたあと、腫れ物に触るような接し方をしてくる理由が、何となく分かったような気がした。
「『組織』が、未だ解明されていない『世界の隙間』を探りたい気持ちも分からなくはありませんが、一人の親として自分の子が危険な目に遭う可能性が高いところへ『はい、どうぞ』と言って、行かせる訳にはいきませんし、小林さんや藤沢さんの親御さんも気持ちは同じ思いだと思います」
「先日、篠原家の代表として『組織』に『安全性が担保されるまでは、我が子を『世界の隙間』ミッションには参加させられない』と申し入れました。『組織』のことをご存知ない小林家、藤沢家のお気持ちも代弁したつもりです」
(篠原昭人さんが申し入れをした『組織』の人って誰だろう? さっきの説明からすると、江島さんよりもっと上の人よね、会社の役員?)詩織は『組織』と会社の組織の関係が気になりはじめていた。
「『組織』として、今回のミッションを注意深く準備したようですが、結果が結果なので私の申し入れに理解いただき、その場で了承されました」
「と言うことは、『世界の隙間』に入ったりするミッションは当面、ないのでしょうか?」ケガをしたものの、行った先が毎回ビックリ箱の様で、ワクワクしていた亜香里は『世界の隙間』ミッションがしばらく無くなるのはツマラナイなと思っていた。
亜香里は能力者補になる前から、勇者気質が強いのかもしれない。
「そうですね、『組織』は未だ『世界の隙間』の全体像を把握していませんので、私が申し入れた『安全性の担保』を確保するには、少し時間がかかると思います」
「そうなると、私たち能力者補はしばらくの間、『組織』のミッションはないのでしょうか?」
詩織が少し残念そうな顔をして聞いている。
詩織も亜香里に優らずとも劣らず、勇者気質の様だ。
「『世界の隙間』ミッションは『組織』活動の一つで、どちらかというと特殊なものだと思います。『組織』はこの世界でトラブルになりそうなことを事前に防いだり、そのお助け仕事や問題解決の支援が本来のミッションです。能力者補になられたばかりの皆さんには、能力者になるためのトレーニングも必要です。これからも『組織』の活動は続くと思います」
部外者とは言いながら、今まで知らされていなかった『組織』の多くのことを篠原昭人氏から聞き少し納得をして、それまで忘れていた午餐を再開する亜香里たちであった。
亜香里が『お代わりをお願いして良いですか?』と聞き、篠原昭人氏は笑いながら『どうぞ』と応え、給仕の人を呼び亜香里が所望した、焼き物とご飯のお代わりをお願いし、給仕の人は驚いている。
(亜香里らしいなぁ、懐石料理のおかわりとか聞いたことがないよ)
そう思いながら、横の席でご飯をパクパク食べる亜香里を見て、詩織は微笑んでいた。
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