126 篠原家でのお話1
篠原優衣が会社に復帰して最初の週末、優衣から亜香里と詩織に篠原家へのお誘いがあった。
事の始まりは金曜日のお昼休み、いつもの様に3人が社食の一角で昼食を取っているときのことである。
「亜香里さんと詩織さんは、今週末、何かご予定がありますか?」
「特に無いかな? 先週の日曜日までは、お百度参りで忙しかったけど」
「プッ! 亜香里、それ根に持ってない? 優衣の意識が元に戻っても、それを知らずにお百度参りを続けてたってことを。お参りなんてやり過ぎたって減るものではないから良いじゃない?」詩織は笑っている。
「亜香里さん、連絡が遅れたことは何度も謝ったじゃないですかぁ? 先週の土曜日に意識は戻りましたが、自宅では完全看護状態でスマートフォンや電子機器には一切、触らせてもらえませんでしたし、月曜日にお会いする迄それが続いていたのですから」
『そうだ!』と、詩織が話に割り込む。
「思い出した! それで思い出したんだけど、そんな体調であの日、お父さんのバイク H2 CARBON にこっそり乗ることが出来たわけ?」
「寮から自宅に移送されてから、父の知り合いのお医者さんがずっと詰めてくれていて、そのお医者さんが父に「この症状には電子機器は良くない」と言われたそうで、土曜日に意識が戻ってからもお医者さんが帰られるまで、家の中で私だけが明治時代のような生活を送っていました。意識が戻ってからも3日間、漢方薬や針灸と、古めかしい体操のようなトレーニングで体調は元に戻りました。月曜日の夕方、父が車でお医者さんを送って行ったのを見届けて、急いで亜香里さんと詩織さんのところに父のバイクで駆けつけたんです。私のバイクは寮の地下駐車場に置きっぱなしですから」
「なるほどー、納得しました。亜香里がいつも言っているように、やっぱり優衣は、友達思いの良い子だねー」
「詩織ぃ、それを言うんだったら、良きちっちゃいエルフの友人よ」
「はいはい、わかりました。それで明日ですが拙宅へお越しいただけますか?」
「了解しました。明治時代の重要文化財の拙宅にお伺いいたします」
亜香里は思いっきり皮肉って答えるが、優衣には通じていないようだった。
「私も土曜日だったらOKよ。日曜日は叔父の道場の手伝いがあるから」
「ありがとうございます、では土曜日のお昼までに来ていただける様、お待ちしています」
土曜日の午前中、亜香里は寝だめをして寮で遅い朝食を取ったあと、『組織』仕様GLA45で篠原家へ向かった。
詩織は中東に駐在中の兄が金曜日から一時帰国しており、実家で久々の再会をした。
「バイクのエンジンが不調にならないように定期的に運転している」と今まで勝手に兄のバイクを乗り回していた事の言い訳をして、ついでに門扉の電動化工事の手配をお願いした。
『兄貴が中東で作っているプラントに比べたら『ねずみ取り籠』以下でしょう?』という訳の分からない理由まで付けて。
同期の中ではしっかりしたお姉さん役の詩織であったが、家では勝手なことを言う末っ子である。
そんな詩織なので土曜日のお昼前に「同期に呼ばれてるからちょっと出かける、帰りは分からない」とだけ家族に言い残し、兄のKAWASAKI Z900RS で篠原家へ向かった。
亜香里と詩織は、ほぼ同じ時刻に篠原家に到着すると、珍しく門は開いている。
(私たちの来ることが分かっているから門を開けているのね)亜香里はそう思い、門を通り抜け、ガレージ脇に車を停めた。
(亜香里はインターホンも押さずに入っちゃったよ、まあいいか?)詩織も亜香里のあとに続き亜香里の車の横にバイクを停め、サイドスタンドを降ろし、ヘルメットを脱いでバイクを降りた。
エンジン音を聞いて、優衣が玄関から出て来る。今日は召使いのようなドレス(亜香里視点)は着ておらず、クリーム色のスーツを着ていた。
優衣は2人のところまで駆け寄り、話し始める。
「亜香里さん、詩織さん、来ていただきありがとうございます、今日は父がお二人に是非お礼を申し上げたいと言うので、わざわざお越しいただいた次第です」
「優衣のお父さんに、お礼をしてもらうこととか、あったっけ?」
亜香里がハテナ顔で真面目に聞いてくる。
「亜香里が毎日、お百度参りをしてくれたお礼じゃない? 優衣の意識が戻ってからもやっていたし」
半分笑いながら、詩織は昨日のお昼休みの話を混ぜ返す。
「詩織さん! 最近少し意地悪くなりました? そんなのではなくて『世界の隙間』で意識不明になった私を助けていただき、ご心配をおかけしたことも含め篠原家として、お礼を申し上げたいと言っているのです」
「優衣、悪い悪い。チョット冗談が過ぎたね、今日の主旨、了解です」
軽く頭を下げながら詩織が謝る。
「そう言うことであれば、喜んで承ります」
亜香里が答えると、優衣は2人を歴史のある洋館へ招き入れた。
玄関から今まで入ったことのない、広いホールのようなところに通される2人。
大きな両扉を開けると、部屋の奥から優衣の父、篠原昭人が歩み寄り2人に挨拶をした。
「お呼び立てしました。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。優衣がここに戻ってこられたのは、お二人の献身的な尽力のおかげだと思っております。本来であれば、ゆっくりと晩餐会を開きたいところですが、優衣の体調が未だ万全ではないため、午餐にお招きした次第です。妻は今日所用で出掛けておりますが、お二人にはくれぐれもよろしくお伝え下さいと、言付かっております。これ以上挨拶が長くなってもいかがなものかと思いますので、そちらにお座りください。食事をしながらお話しできればと思います」
亜香里も詩織も、優衣父のかしこまった挨拶に恐縮し、軽く会釈して20人以上座れそうなダイニングテーブルに4つだけ用意された椅子の、庭が見える方に腰を下ろした。
直ぐに、和服を着た女性がお茶を運んでくる。
「お二人とも日本料理がお好きだと優衣から聞いておりますので、和食を用意させていただきました。この家には私が不在の時に何度か来られている様ですので、いつもの通りにくつろいで下さい」
詩織は、優衣父の話を聞きながら、テーブルに置かれている小さな和紙に目を落とす。
「先付、お凌ぎ、お椀、向付、焼き物、煮物、ご飯・止め椀、甘味」
と記され、それぞれに出される料理の内容が書かれている。
どれも7月の初夏にあった料理の数々、お凌ぎは穴子寿司、お椀は鱧のお澄まし。
(これって、懐石料理のケータリングサービス? 聞いたことはあるけど、給仕をする人まで待機させてるから出張料理サービスだよね、優衣のお家ってやっぱり変?)
詩織の篠原家への疑問は増すばかり。
(先祖代々、あの『組織』をサポートしている一家だから普通じゃなくて当たり前かな? そうして見ると優衣は、まともだなぁ)
詩織がそんなことを考えていると、料理が運ばれてきて午餐が始まった。
「遠慮せず、作法も気にせずに、好きなものがあれば、お代わりをして下さい」
「美味しそう、お代わりできるんですね。では、いただきます」
言われた通り、遠慮せずに穴子寿司から食べ始める亜香里。
(いやいや、懐石料理でお代わりとかしないから)
そう思いながら、綺麗に盛られた先付に箸をつけると、今日だけは、バイクで来たことを後悔した。
(亜香里に迎えに来てもらえば良かった、お酒が飲めたのに...)
料理が進んだところで、篠原昭人が話を始める。
「先日、私がみなさんの寮『組織』の設備を訪問して驚かれたかと思います。私が入ることが出来た理由は、あの時、江島さんが説明したとおりです」
「当家は『組織』と長きにわたり深く関わりを持ち、能力者も多く輩出しています。私は残念ながらその素質が無かったようですが、最近では私の父、亡くなりましたが弟の昭男、そして娘の優衣が能力者として『組織』に所属しています」
「その他にも『組織』としてやりにくい活動、例えば商社的な機能、産学協同事業等『組織』の名前が出せないところでは、『組織』に代わり、私の会社の方で事業としてやっております」
亜香里と詩織は自分たちが想像していた以上に、篠原家と『組織』が深い関係にあることに驚き、箸が止まる。それを見た優衣が補足するように話を始めた。
「父が話したことは、自宅療養中に初めて聞かされ、私が一番びっくりしています。今の会社の入社試験を受ける時も父から『この会社が良いのでは?』程度に進められて入社試験を受けましたが、そんなに自分の家と関係があるとは知りませんでした」
再び、篠原昭人が話を始める。
「優衣も含め皆さん3人が『世界の隙間』という特殊なミッションに関わり始めたことも、間接的に知らされており、どのようなものか私なりに調べてみました。『世界の隙間』は一つの閉じた世界で安定しており、それ自体に危険は無いと思いますが、そこに入るプロセス、『組織』では『世界の隙間』の入口、と呼んでいるようですが、その過程はかなり不安定で危険だと思っています」
亜香里が質問する。
「優衣のお父さんが仰るのは、私たちが太宰府天満宮の江戸時代に飛ぶはずが、明治時代の霧島神宮に飛んでしまったことを言っているのですか?」
「その通りです、他にも、藤沢さんがオアフ島で一九五〇年に飛んだり、優衣が上海で二〇三〇年に飛んだりして、これらは『組織』が計画したことですが、ミッションが思惑通りに進まずに、能力者を危険に晒しました」
「「「 エェェッ!!!」」」
優衣の父から「『組織』が計画したこと」と、初めて聞かされて、言葉が出ない3人であった。
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