124 『世界の隙間』の負傷3

 江島氏から篠原昭男氏の話を聞いていると、精密検査の結果が出たとの連絡が入り、江島氏と藤沢詩織、香取早苗は2階の医務室へ向かった。

 2階でエレベーターを降りると、ちょうど小林亜香里が医務室から出てくるところで、本居里穂も一緒に部屋から出てきた。

 亜香里は詩織と早苗を見つけ、手を振っている。

 2人は亜香里のところへ駆けつけた。

「ご心配をおかけしました。一通り脳味噌の検査をしましたが異常なしでした。でっかいタンコブが出来ましたが、一晩たったら引くそうです」

 いつもの亜香里モードで報告してくる。

「良かったぁ、亜香里は大丈夫だと思っていたけど、精密検査ずみの太鼓判が押されたから、もう安心ね」

「うん、安心したら、お腹が空いてきた。窓の外は真っ暗なのに未だ晩御飯を食べていないよー。 いや? その前に優衣はどうなの?」

 詩織が、先ほど江島氏から聞いた内容をかいつまんで説明する。

 治癒の可能性のところになると、亜香里の表情が硬くなる。

「エッ! 優衣は私がお侍さんたちに殺されたと思って、トンデモナイ能力を使って、今の状態になったの?」

 亜香里は黙り込み、壁を背にして廊下に座り込んだ。

「もうー! 早とちりのエルフなんだからぁ! 私がチョット階段から落っこちたくらいで死ぬわけがないでしょう! ちっちゃいのに。何で無理をして、そんなチカラを使ったのかなぁー。ほんとに… 真面目に… 必死に… 」

 言葉の終わりの方は言葉にならず、泣き崩れている。

 詩織が近寄り、肩を震わせる亜香里にそっと手を添える。

「大丈夫よ、能力者によって回復にかかる時間は違うみたいだけど、必ず元に戻るから」

 しばらくして肩の震えは収まり、亜香里は顔をあげた。

「うん、分かった! 優衣はちっちゃくても強い子だから、必ず治ります!」

 涙を拭いながら、亜香里らしく強がりを言う。

 詩織は廊下に座り込んでいる亜香里を立たせ、優衣のいる医務室へ行こうとすると、エレベーターが到着して扉が開き、中から江島氏と男性が一人降りてきた。

 亜香里は、その男性の顔を見て「優衣のお父さん!」と声をあげる。

 その男性は亜香里に気がつき、返事をした。

「小林さん久しぶりです。小林さんもケガをされたそうですが、大丈夫ですか?」

 篠原優衣の父が落ち着いて亜香里に声を掛け、自分のケガを心配するのを聞いて、また泣きそうになる。

(優衣のことで、ここに急いできたのよね? なのに私のことにまで気を遣うとか…)

 優衣のことをどのように説明しようかと思っているうちに声を掛けられ、亜香里は言い淀む。

「それでは、ちょっと失礼します」

 篠原優衣の父はそう言って江島氏と一緒に優衣が診察を受けている医務室へ入って行った。

 廊下に立ったまま(ハッ!?)と思う亜香里、その場にいる詩織、里穂、早苗も同様。

 アレー? と言う顔をして亜香里が口を開く。

「頭を打ったからかなぁ? ここは病院ではなくて『組織』の設備ですよね? 『組織』の医務室ですよね? 『組織』のIDカードが無いと入れませんよね? 『組織』のことは家族にも秘密ですよね?」

「私も亜香里と一緒に、研修中にビージェイ担当から聞いたのを覚えている。優衣の症状が大変だから、特別に親を呼んだの?」

 詩織は(そんなに大変なの?)という顔。

「『組織』に入ってから、この寮に来て5年経つけど『組織』の能力者以外の人がここに来たのは初めて見ました。篠原家って『組織』と特別な関係があるのかも?」

 早苗は今の状況を疑問に思いながらも、回答を見つけようとする。

「おそらくそうだと思う。いつだか、それに近い話を聞いたことがあります」

 暗くなった窓の外を見ながら、里穂が答える。

 しばらくすると、篠原優衣の父と江島氏、優衣に付き添っていた桜井由貴が医務室から出てきた。

 優衣の父が現れた時と同様に、表情がハテナマークの亜香里たち。

 江島氏が話を始める。

「本居さん、香取さん、藤沢さんは初めてなので紹介します、篠原優衣さんのお父さん、篠原昭人さんです。(『初めまして』と、互いに挨拶)皆さんが不思議に思うのは名前ではなくて、何故、篠原昭人さんが『組織』の能力者ではないのに、ここに入ったのかということだと思います」

「いきさつを話すと長くなりますので簡単に説明すると、篠原家は代々『組織』をサポートしており、先祖の方は有名な能力者でもありました。今日、ここに来られたのは、優衣さんの今後の治療方法についての相談で、先ほど打ち合わせを行った結果、優衣さんはしばらく自宅で療養することとなりました」

 江島氏の説明を、黙って聞くことしかできない亜香里たちであった。

 おずおずと質問をする亜香里。

「このようなことになったので、ご自宅での療養というのは分かりますが、優衣が自宅にいる間、会社や『組織』での取扱いはどうなるのですか?」

「同期の小林さんが心配されるのはもっともだと思います。今回、世話人の方の発案で始まった慰労兼合宿ですが、実行段階で『組織』すなわち日本同友会の実施案件となりましたので、篠原優衣さんの取扱いについて心配は無用です。回復まで時間が掛かったとしても、今まで通り会社に所属し、日本同友会で職務継続中となり、今ここにいるみなさんと同じ扱いになります」

 江島氏の説明に次いで、篠原昭人氏が話をする。

「優衣のことをご心配いただき、ありがとうございます。優衣は小林さんや藤沢さんと一緒に、この春から今の会社に就職して『組織』にも加入し、正直なところ『組織』活動の大変さは、私の父や弟の篠原昭男を見て知っており、優衣がやっていけるのかな?と心配しておりましたが、研修センターでの事や出社を始めてからの様子を楽しそうに話す優衣を見て『組織』の事は知らないふりをしながら、安心しておりました。今回、このようなことになりましたが、優衣は今の容体から回復して、会社と『組織』に必ず復帰出来ると信じております。みなさんにはしばらくの間、ご心配をおかけしますが、少し気を長くして待っていて下さい」

 亜香里が感極まって拍手をし、他の4人も亜香里に倣っていた。

 篠原昭人氏は「いやー、拍手をもらうようなことは言っていないけどなぁ」と言いながら挨拶をして、江島氏とエレベーターで下りていった。

 2階に残った5人。

 亜香里が優衣のいる医務室へ入ろうとすると、先ほどまで付き添っていた桜井由貴が、慌てて亜香里を引き止めた。

「とりあえず、絶対安静で外部から余計な刺激を与えないようにとのことで、優衣さんのいる医務室への出入りは禁止になりました。篠原さんの実家の受け入れ準備ができ次第、ここから移送するそうです。もうすぐ日曜日ですが、月曜日には移送できるとのことです」

 由貴の話を聞き、急に優衣が遠くに行ってしまったように感じられ、また涙がこぼれそうになる亜香里だったが『優衣のためにもしっかりしないと』と思い、気を張る。

「では、時間も遅くなりましたし、大きなタンコブを作ってしまったので自分の部屋に戻って休みます。今日は先輩方にご心配、ご迷惑をおかけしました。明日はゆっくり休養を取って、来週からの仕事と『組織』の呼び出しに備えたいと思います。今日一日ありがとうございました」

 話す勢いが途中で止まると心が持ちそうにないと思い、一気に話し終わると先輩たちに一礼をしてきびすを返し、エレベーターホールへ足早に向かって行く。

 三人はそんな亜香里の様子を感じとり、うなずきながら黙って見送り、エレベーターホールに向かう亜香里を追う詩織に、目で(亜香里さんをよろしく)とお願いし、詩織はOKサインを返して、亜香里と一緒にエレベーターに乗り、自分たちの部屋がある5階に上がっていった。

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