123 『世界の隙間』の負傷2

 3人はエレベーターに乗り、エアクラフト駐機場がある十階のミーティングルームに入って行く。

 太宰府天満宮で待機をしていた香取早苗はともかく、そこから霧島神宮に飛び、境内で『世界の隙間』の入口を探し回り、乗っているだけとはいえ吹きっ晒しのマジックカーペットで人吉まで行き、お侍さんたちが大勢いる神社の中でまた『世界の隙間』の入口を探し回り、そこで同期の2人が倒れて一人を背負って帰ってきた藤沢詩織は心身ともに疲労困憊。

 江島氏は詩織の疲れを見て取り、話を始めた。

「お疲れ様でした、特に藤沢さんはとても疲れていると思いますが、一緒に行動した同期2人の様子が心配だと思います。意識不明になった篠原優衣さんの原因を明らかにするためにも、これから確認することが重要になりますので、お付き合い下さい」

「先ほど、世話人の方々が人吉に救助へ行く際、香取さんと藤沢さんの通話記録を『組織』のデータから読み取りました。篠原さんが倒れて意識不明になる状況を誰も見ていないとのことですので、『組織』が『世界の隙間』に能力者補3人が持ち込んだツールから得られたデータを元に、行動記録を再構築してみました。足りない情報はAIが補完しているため、事実とは異なるところがあるかもしれません。これから説明する内容について、その場にいた藤沢さんからコメントをもらえればと思います」

「(『組織』でも『世界の隙間』のことは推測になるのね)分かりました。肝心の優衣が倒れたところは見ていないので、どこまでお役に立てるのか分かりませんが、確認させていただきます」

 スクリーンに詩織たち3人が『世界の隙間』に入ってからの行動が、AIの推測も含め、箇条書きに記されていた。


1.霧島神宮に飛ばされ、『世界の隙間』の入口を探す(見つからず)

2.食事処に入り、明治初期の『世界の隙間』に入ったことがわかる

3.次に近い『世界の隙間』の入口、人吉の青井阿蘇神社を目指す

4.青井阿蘇神社へ向かう途中、西南戦争の戦場であることを知る

5.到着後、手分けをして神社内で『入口』を探す、楼門2階が怪しいと思う

6.小林亜香里が階段から落ち、気絶して光学迷彩が解除され侍の前に現れる

7.境内の騒ぎで駆けつけた篠原優衣が、倒れた小林亜香里を見て能力を発現する

8.篠原優衣の発現した能力は『death』レベルと推測される


 スクリーンの文章を読み、詩織が話し始める。

「6番の途中まではその通りだと思いますが、亜香里が階段から落っこちたあと、大勢いた侍の前に現れたのかどうかは知りませんし、そのあと優衣が能力を使ったのかどうかも分かりません。ただ私がそのあと境内で見た状況と、スクリーンの説明は一致しています」

「そうですか、コメントありがとうございます。こちらに移送中のエアクラフトの中で行った篠原さんのリモート診断の結果と再構築された行動記録がほぼ一致していることが、これでわかりました」

「どういう診断結果なのですか?」

 香取早苗が(言うことが分からない、と不満な顔をしながら)質問する。

「正式な診断結果は、今行っている精密検査結果待ちとなりますが、篠原さんは小林さんが侍たちに斬り倒されたと思い込み、自分が持っているポテンシャル以上のチカラを使ってしまい、能力がオーバーヒートしてしまったのだと思います」

「その能力がスクリーンにある『death』レベルなのですか? 話には聞いたことのある能力ですが、それを使える能力者が実際にいるとは思えません」

「ええ、香取さんの言う通り、私も能力者になってから30年近く経ちますが、その能力が使える能力者には会ったことがありませんし、仮に使えたとしても使うべき能力ではないと思います」

 挙手して詩織が質問する。

「話に割り込む様で申し訳ないのですが、先ほど江島さんは優衣のことを『能力がオーバーヒートした』とおっしゃいましたが、単純に考えればオーバーヒートが治れば、優衣は元どおりに回復するのですか?」

「それは分かりません(「「エッ!」」と声を上げる2人)、今までも自分のポテンシャル以上の能力を使って現在の篠原さんのような状態になった能力者の事例は、いくつかあるのですが治癒の仕方は様々です」

「原因が能力者固有のものですから当然、治す薬はありません。自然治癒を待つのみです。安静にしているしかなく、回復までに掛かる時間は能力者によってそれぞれです。脅かすわけではありませんが海外からの『組織』レポートで、眠り続けている能力者がいることを読んだことがあります」

(それって、脅かしているじゃない!)

 口には出さないがイラッとして、詩織の表情が険しくなる。

 江島氏は一瞬、言い淀み、言おうかどうか迷いながら話を進める。

「この機会ですから、非公式な情報としてお話しします。篠原優衣さんの叔父さん、篠原昭男氏は以前、私と一緒に何度もミッションを遂行したベテランの能力者でした。能力者として非常に能力が高い人でしたが、ミッション中の行動は常に慎重でチカラの使い方については、いつも注意を払っていました。そんな昭男氏でしたが、ある時、会社の業務で出張した際、新幹線を使っての移動中、ほぼ満席の車両が最高速度で脱線転覆する事態に遭いました。いや正確にいえば、車両がそうなることを直前に察知し、能力を使ってそれを防ぎました」

「初めて聞きました、優衣から篠原昭男さんが亡くなったのは十年前の二〇一〇年だと教えてもらいましたが、そんなニュースは残っていませんよね?」

 詩織が(優衣が知りたがっていたことを何で、今言うの?と思いながら)質問する。

「言われる通りです。ニュースにも何処にもそんなことは残っておりません。これ以上この件について詳しいことは話せませんし、話したくありませんが、知っておいて欲しいのは篠原昭男がとっさに全車両の乗客を救うために自分のポテンシャル以上の能力を使い切ってしまった結果、彼がこの世から消えてしまったということです」

「「 消えた!?」」

「消えた、と言うのはどう言うことですか? 意味がわかりません!」

 疲労のせいか、詩織には気持ちに余裕が無くなってきた。

「言葉の通りです、篠原昭男はチカラ以上の能力を使い果たし、更に自分の存在までチカラに使ってしまい、千人を超える乗客の命を救ったのです。その代償として本人の命のみならず、すがたかたちもこの世から消えてしまいました。この事態を『組織』は直ぐに察知し、これを不審に思った関係機関に働きかけ、世の中には明らかになりませんでした」

「そう言うことですか.だから篠原昭男さんを通勤途中の事故で亡くなったことにしたのですね。『組織』としては能力者のことを世間には知られたくない訳ですから」

 詩織は、優衣の話と全体のつじつまは合うな、と思っていた。

「その通りです。世の中に、そんなとんでもない能力を持った人間の存在が明らかになると『組織』としては活動が出来なくなります。篠原昭男さんのご遺族には真実を説明できずに申し訳ないことをしましたが、残された遺族の方々には『組織』として出来るだけの支援、便宜を図っており、今もそれを継続しております」

 江島氏の言いたいこと(限度を超えた能力を使うことの危険性)は良くわかったが、篠原昭男氏のことをいつ優衣に、誰が教えるのだろうと詩織は思っていた。

(いやいや、その前に優衣はどうなるの? まずそれが先でしょう?)

 詩織は自分が疲れ果てていても、優衣の容態が心配で仕方なかった。

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