120 『世界の隙間』戦い?1

 3人を載せたマジックカーペットが人吉に近づくと、ところどころに煙が見え、硝煙のような匂いがしてくるのに詩織と優衣は気がついた。

 亜香里は相変わらず、お昼寝をしたままであったが…

「優衣、なんかおかしくない?」

「明治時代の、のどかな南九州の雰囲気ではないですね」

「私のスマートフォンは今、マジックカーペットのコントローラーだから優衣のスマートフォンで『組織』から事前配布された資料に、何か載っていないか調べてくれない?」

「了解です『明治初期の人吉』っと… えぇっ! 私たちが今いる時代は、もしかすると一八七七年、明治十年かもしれません。『世界の隙間』の季節は、入る前の世界と同じなので六月だとすると… 最悪な時代に来てしまったのかも知れません」

「明治十年って、もしかしたら西南戦争?」

「詩織さん、そのもしかしたらです。『組織』の資料によると西郷さんは三月二十日に田原坂の戦いに敗れて、四月十五日に熊本城から撤退をして人吉に駐留し、六月に人吉が激戦の舞台になったそうです。 アッ! ダメかも知れません」

「どうしたの?」

「私たちが行こうとしている青井阿蘇神社は神社に接しているお屋敷が、西郷さんたち人吉隊の宿舎や本部だったそうです」

「神社の中に戦いに参加した不平士族がウロウロしているのね。どうしよう? でもそういう場所だから『世界の隙間』の入口がありそうな気もするけど…、3人で話し合いね」

 詩織は、江島氏から研修中に聞いた『能力者同士の合意』を心得ているようだ。

 詩織はマジックカーペットの上で熟睡している亜香里を大声で起こすことにした。

「亜香里ぃ! 起きないと、鮎の塩焼きを全部食べちゃうよ!」

「ンンーッ! どこどこ? お店に着いたの?」

「亜香里さん寝ぼけすぎです。予定して状況と違う人吉に着きそうです」

「どういうこと?」

「亜香里が寝ている間に、西南戦争の真っ只中に突っ込みそうだけど、どうする?」

「(未だ寝ぼけている)えっとー、稲妻で適当にやっつけてから『世界の隙間』を抜ければ良いのでしょう?」

「起きろー! いつまでも寝ぼけるなぁー。『世界の隙間』でも歴史を変えたらダメでしょう?」

 ようやくボーッとした表情が通常モードに戻りつつ、亜香里は思い出した様に話を始める。

「西南戦争って一八七七年、明治十年でしょう? 受験の日本史で覚えているけど。峠の茶屋のオバちゃんは『明治になったばかり』って言っていたと思うけどなぁ」

「亜香里さん、この時代の人たちは私たちの時代のようにサクッと元号が変わる感じは無かったのだと思います。廃藩置県が一八七一年、廃刀令が一八七六年、髷に至っては禁止令が今まで出たことがありませんから。明治初期の一般国民、特に地方の人は『何となく時代が変わったなぁ』って感じだったのではないですか?」

「優衣の大学は下から上がったのよね? 受験勉強をしていないのに日本史に詳しいのね」

「お褒めいただき恐縮です。それより、これからどうしましょう?」

「お侍さんの相手は、初めてのミッションの時、京都でやっているから何とかなると思うの。パーソナルシールドを張ったまま稲妻を落とし続ければ、ビビって逃げ出すと思うし。お侍さんが居なくなってから神社の境内にあるかも知れない『世界の隙間』の入口を探すという、地味な作業が待っていますけど」

 マジックカーペットが人吉の市街地に近づきすぎそうになり、ホバリング状態にして詩織が提案する。

「青井阿蘇神社の外にマジックカーペットを停めて光学迷彩モードのまま一人が留守番をして、あとの二人がパーソナルシールドの光学迷彩で境内を調べてみるのが良いのでは? 亜香里の稲妻でお侍さんを追っ払うのが早いかも知れないけど、相手がムキになって銃や大砲で攻撃してきたら面倒じゃない? パーソナルシールドがどれくらいの衝撃に耐えられるのかも分からないし」

「それが良いと思います。お侍さんとの戦いになっても私たちは負けないと思いますが、怪我をしたら救護班がいませんし、いつ元の世界に戻れるかも分かりませんから。ここは詩織さんの言う通り慎重に進めた方が良いと思います」

「分かりました。詩織と優衣がそれで良いと思うのであれば私も賛成します。京都の時も浪士組のお侍さんは結構人数がいたけど、あの時は相手が鉄砲を持っていなかったし、私の稲妻だけではなくて、本居先輩の竜巻や江島さんの不思議なチカラで、お侍さんを蹴散らしたから楽勝だったけど、ここではそうも行かなそうですからね。私と詩織が境内捜索、優衣が門の外で待機、で良い?」

「「 了解!!」」

 詩織はマジックカーペットのホバリング状態を解除し、光学迷彩モードにして青井阿蘇神社の入口に着地させた。

 光学迷彩モードだと外が見えないのはエアクラフトと同様で、カーペットにノミのようにくっついていたドローンが外の様子をモニターして、3人のスマートフォンに周りの映像を映し出した。

「境内には結構な数のお侍さんがいますね。では『世界の隙間』の入口を探しに行きますか。あれ? カーペットから出られない」

「まだ、マジックカーペットのシールド機能をオフにしていません。カーペットのシールドは、パーソナルシールドより強いと説明がありましたから、銃で攻撃されたらカーペットまで逃げれば何とかなりそうです」

「でも、それは留守番をする優衣が手際よく、カーペットのシールドをオン、オフしないとダメじゃない?」

「亜香里さんと詩織さんが、インターカムで連絡していただければ、光学迷彩で透明人間のままでも、直ぐにカーペットに入れるように待機しておきます。万が一、インターカムが不調な場合でも透明人間が走ってくる足音がしたら、お二人のうちのどちらかだと思いますからカーペットのシールドをオフにします」

「走ってくる透明人間が私や詩織じゃなくて、未来から来た怖い人たちだったらどうするの?」

「あーっ! 脅かさないで下さいよぉ。ブラックペッパーボスキャラバージョンを思い出したじゃないですかぁ。前言撤回します。インターカムで連絡があるまでカーペットのシールドは切りません」

「それが良いね。来たことのない『世界の隙間』だから、何が出てくるのか分からないよ」

「詩織さんも脅かさないで下さいよー。一人でここに待っているのが怖くなります」

「大丈夫、大丈夫。いざとなれば優衣のドライビングテクニックでマジックカーペットをブイブイ言わせれば心配要らないよ。では境内で捜し物をしてきます。シールドを切ってください」

 亜香里はパーソナルシールドを光学迷彩モードにし、詩織もそれに続いた。

 優衣はマジックカーペットのシールドをオフにして、二人が外を歩く足音を確認してから再びシールドをオンにした。

 境内に入った亜香里と詩織は、周りに気をつけないと周囲を歩く侍にぶつかりそう。

 二人はインターカムで連絡を取り合う。

『このたくさんのお侍さんの中で、どうやって『世界の隙間』の入口を探すわけ?』

『地道な努力?』

『詩織は何で、こういうところで微妙なボケをかますのかなぁ? まあいいや、確かに地道な努力しかありませんね。詩織は右端から探してくれる? 私は左端から探してみるから』

『了解、一つ気がついたの。『組織』が作成した『世界の隙間』の入口マップに神社一覧が掲載されていたけど、入口自体が境内にあるとは限らないじゃない?』

『アーッ! そうよ。考えてみたら太宰府天満宮も境内に入口があったかというと微妙な位置だったし、霧島神宮に出たきたときは最初に焦って歩いたから良く分からなかったし、京都御所の時は紫宸殿の高御座の直ぐ後ろとか、超レアな場所が『世界の隙間』の入口だったからね。ハァー、ここで入口を探す自信が急に無くなりました』

『自信を無くすのはちょっと待って。優衣聞こえる? さっきマジックカーペットの上でこの神社のことを調べたじゃない? この神社の中で昔から変わっていないところって、どこよ?』

『聞こえますよー。ちょっと待って下さい。えっとー、国宝指定を受けた本殿、廊、幣殿、拝殿、楼門の建造物が一六一〇年からあるみたいです』

『そうなの?ありがとう。5つもあるのは手間が掛かるけど、そのうちのどれかに『世界の隙間』の入口があると思うから順番に探していこうよ。私は本殿から廊、幣殿に行ってみるから、亜香里は拝殿と楼門を探してみてくれる?』

『拝殿は正面の大きな建物よね? 分かった。門は上の方が部屋みたいになっているけど登れるのかな? まあいいや、行ってから考える』

 亜香里と詩織の国宝建造物調査が始まった。

 建物の中は境内のように侍はおらず、歩きやすく、幸いなことに神社関係者の姿も見当たらなかった。

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