118 『世界の隙間』の旅行8

 峠の茶屋から少し離れた街道脇でマジックカーペットを敷き、光学迷彩モードにして、スマートフォンにあるデータを改めて確認する3人。

「今、霧島神宮の近くでしょう。ここから一番近い『世界の隙間』の入口はどこだろう? これって神社一覧?『世界の隙間』の入口は全部神社なの?」亜香里が素朴な疑問を出す。

「この一覧は『組織』が見つけた『世界の隙間』の入口だからじゃないの? 他にもあるのかも知れないけれど、他の入口は時代が変わって別の建物になってしまったり、何かの理由で入れなくなって、入口を見つけられなくなったとか」

「詩織さんの言われる通りだと思います。日本で昔からその建造物の位置や利用方法が変わらないのは神社くらいでしょう?『組織』は重点的に神社巡りをやって『世界の隙間』の入口を探したのではないでしょうか」

「そうなると私たちもこれから九州の神社巡りをするわけね。御朱印帳を持ってくれば、いろいろレアなものが集められたかも。この時代に御朱印があればだけど。まず何処へ行く? 今いる鹿児島県の『世界の隙間』の入口がある神社は、今いるところから南下する場所ばかりで、太宰府から遠くなるから、ほかの県かな?」亜香里がスマートフォンに送信済みの『組織』データを見ながらコメントし、詩織と優衣も同じように『組織』のデータを読み取っていた。

 マジックカーペットの光学迷彩で、3人の姿が外部から隠されているから良いものの、第三者的に見ると明治の初めに巫女装束の女性が集まって、それぞれ自分のスマートフォンのディスプレイを見入っているという、シュールな光景である。江戸時代から神社仏閣で朱印を押す習慣はあったようだが、巫女装束で神社に入って『御朱印をお願いします』と言えば、社務所の人が怪訝に思うはずである。

「ここから北上して、太宰府天満宮へ行く途中の『世界の隙間』の入口ですと『青井阿蘇神社』というところがあります。ここから六十キロの距離ですから、マジックカーペットで1時間もかからないと思います」

「優衣の操縦だとそうかも知れないけど、乗っている人のことを考えると2時間かかるね。それからマジックカーペットの操縦はしばらく、私か亜香里がするから」

「えっ! 私ではダメなんですか? 詩織さんと亜香里さんで何か密約を結んだのですか?」

「違う、違う、優衣さぁ、さっき霧島神宮から、ここの茶屋に来るまでマジックカーペットで猛烈に飛ばしたじゃない? お陰でカーペットのパフォーマンスは理解したけど、同乗者の疲労も大きいことが分かったの。だから次に優衣がこれを操縦するのは非常時、例えば敵と戦う時とかに活躍してもらおうと思って、通常の操縦は私か詩織がやろうって、さっき話をしたの」

「そういうことですか? 分かりました(優衣は今ひとつ納得していない表情をしている)それで行き先は青井阿蘇神社でよろしいですか? そこでもダメだったら、そのまま同じくらいの距離を北上したら、甲佐神社というところがあります」

「優衣のルートで良いと思うけど阿蘇って、そんなに近いの?」

「亜香里さんもスマートフォンをよく見て下さいよー。青井阿蘇神社は熊本県人吉市にある神社です。阿蘇神社と名の付く神社は全部で450くらいあって、この神社は阿蘇神社から阿蘇三社の分霊を祀ってある由緒ある神社だそうです」

「ハイハイ、見てみますよ。人吉市ですか? おおっ! ここは球磨川があって、美味しい鮎が捕れるみたい。明治の初めでも鮎の塩焼きはあるはずだから、次の食事は鮎の塩焼きね」

「ウチらは今『世界の隙間』に入っていることを忘れない様にね。ずーっと九州の神社巡りで、一生終わっちゃうかも知れないんだから」

「怖いこと言わないでくださいよー。知らない時代の上海を一人で歩いている時のことを、また思い出すじゃないですかー」半分涙目の優衣。

「今、変な『世界の隙間』にいることは、ちゃんと心得ております(頭の隅っこの方にね)でも変なところから戻って来られた経験者が2人もいるから大丈夫。ちゃんと元の世界に戻れます。この珍しい『世界の隙間』にいる間は、この世界を楽しもうよ。人吉市までは詩織がマジックカーペットを操縦してくれる?」

「了解、それじゃあ、青井阿蘇神社に向けて出発します。GPSが使えないから紙の地図とスマートフォンの方位磁石で確認して、北に進めば良いはずだし、少しずれても何とかなるでしょう」

 詩織の慎重な操縦でマジックカーペットは浮上し、地表から数十メートルの高さを保ちながら北へ向かった。

     *     *

「江島さんから待機命令が出てから、どれくらい経つ?」

「もう夕方だから、3時間くらい?」

「いつまで、エアクラフトの中でジッとしていれば良いの? 参拝客も減ってきたよ」

 本居里穂、香取早苗、桜井由貴の世話人たちは『世界の隙間』でサポートするはずの亜香里たちが最初から消えてしまったため、現代の太宰府天満宮の境内で江島氏からの『待機』命令が出たままである。

「このまま、じっとしていても埒があかないから、江島さんに私たちも動くことを提案しようよ」

「どういう提案をするの?」

「私たちがもう一度『世界の隙間』に行って、小林さんたちを探しに行くとか?」

「でも、ここから『世界の隙間』に入っても彼女達はそこには居ないでしょう?」

「『組織』から事前に配布されたデータに、九州にある『世界の隙間』の入口一覧があったよね? あれで他の入口に行ってみたらどうかな? 小林さんたちが、どこの『世界の隙間』に行ったのか分らないけど、九州圏内だとすれば『組織』から送られてきたデータを見て、他の入口を探すと思うの。もしかするとそこでバッタリ会えるかもしれない」

「そんな偶然は、ゼロに近いと思うけど」

「それはそうだけど、ここにいても彼女たちが急に現れる感じはしません」

「それについては同感」

「私も」

「じゃあ、江島さんを呼び出してみますね」

 本居里穂がエアクラフトの通信機で『組織』江島氏にコールをかける。

 しばらくすると応答があった。

『江島です、どうされました?』

『本居です、先ほどしばらく待機する様に言われてから、かなり時間が経ち夕方になりましたが、まだ待機を続けなければならないのでしょうか』

『そんなに時間が経ちましたか? 待たせて悪かったのですが『組織』の方で、対応策をいろいろ検討していたものですから』

『香取です、『組織』で何か対応策が決まりましたか? 未だ検討中であれば、私たちから提案があるのですが』

『『組織』としてまだ具体的な対応策は決まっておりません。彼女たちの世話人である、みなさんからの提案であれば、聞きたいと思います』

『では、まず前提から説明します。私は藤沢さんとオアフ島で同じ様な目に遭っているので、今回起こったことは感覚的に分かりますし、そのあとの行動も予想できます。今回『組織』が九州圏内にある『世界の隙間』入口の一覧を事前情報として配布しています。小林さんたちがどこの『世界の隙間』へ行ったとしても、自分たちの近くにある入口を目指すはずです。ですから私たちもここ、太宰府天満宮以外の『世界の隙間』の入口へ行き、彼女たちを探してみようと思います』

『なるほど、小林さんたちの帰りを待たずにこちらから探すとなれば、その方法もありだと思います。ただ場所だけであればその方法で探せると思いますが、行った先の時代が不明なので、その方法で会えるかどうかは何とも言えません』

『それは承知しています。ただ、ここでずっと待機していても彼女たちが戻って来る感じがしないんです』

『分かりました。それでは世話人3人が小林さんたちの捜索を開始することに同意します。『組織』の上にはあとで報告しておきます。ところでみなさんはまず、どこの『世界の隙間』の入口を目指すのですか? どこか思いつくところがあるのですか?』

『そこはまだ、あまり詰めていなくて、とりあえず太宰府天満宮の近隣から行ってみようかなと思っています』

『そうですか、では『組織』から未確認情報として連絡します。小林さんたちが太宰府天満宮にある入口から『世界の隙間』に入った同時刻に、鹿児島県にある『霧島神宮』に設置されているセンサーに、3名の能力者が通過したデータが報告されています。通過した能力者個々人の情報は特定されておりませんが…』

『霧島神宮ですか? 今の説明ですと、そこを通過したのは小林さんたちだと思いますが、何故そんな遠くまで飛んでしまったのですか?』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る