117 『世界の隙間』の旅行7

 優衣のバイクライディングと同じように急発進したマジックカーペットの上で、カーペットの端まで転がった亜香里と詩織はシールドのおかげで、なんとかカーペットの上に留まり、身体の体勢を立て直してから優衣に散々文句を言うが、優衣はどこ吹く風。

 マジックカーペットの上にしがみつく亜香里たちに、強い風圧を与えながら優衣は操縦を続けている。亜香里と詩織がいくら文句を言っても、風切り音が大きくて何を言っているのか、聞き取りにくい状況でもあったわけだが。

 優衣は『操縦に集中しているので、今は話しかけないでください』と言い、亜香里と詩織の方には目もくれず、マジックカーペットの飛行航路を見定めている。

 亜香里と詩織は風圧に耐えながら『やっぱり優衣はハンドルを握ると(今はスマートフォンでの操縦だけど)性格が変わっちゃうタイプなんだ』と風に煽られながら『次に優衣がマジックカーペットを操縦する時は、(1)敵と戦う、(2)敵から逃げる、(3)他に操縦する人がいない、の緊急時だけ』と決めたのであった。

 しばらくすると『お店みたいなところが見えて来ましたよ』と優衣がナビゲーションをして、マジックカーペットを急降下させる。今度は転がらないよう必死にカーペットにしがみつく亜香里と詩織である。

 地面にそのまま激突しそうなスピードで急降下して行き、平地にギリギリのところで急ブレーキがかかり、フンワリと着地した。

 優衣は「チョット時間がかかりましたが、着きました」とアナウンスをする。

 亜香里と詩織は、顔面蒼白のまま肩で息をする。

「優衣ぃぃ! 何なの? 今の操縦は」亜香里は激怒モード。

「先ほどは、亜香里さんたちが話しかけているのを無視してすみませんでした。風の音が強くて流れる景色が速かったので、そちらの方まで注意が行きませんでした」

「イヤイヤ、そう言う問題じゃないからね。今のカーペットの操縦のことを言っているの」

「操縦ですか? スマートフォンでのコントロールは操作性があまり良くないですね。タッチパネルよりも専用のコントローラーがあった方が、しっかりした操縦が出来ると思います」

「だからぁー、優衣の普通じゃない操縦の文句を言っているの」

「私の操縦ですかぁ? この『組織』のツールは出来たばかりですからねー。どういう操縦が良いのか、未だ分かりませんねー」

「亜香里、今、優衣に何を言っても無駄よ。バイクで走っているとたまにこういうライダーがいるから。自分の中だけで出発から到着まで完璧に完了している人が。公道だと周りに迷惑がかかるからいろいろと問題有りだけど、マジックカーペットだと道路は無いし、他の人にも迷惑はかからないし…、ウーン…、それより優衣さぁ、ここは何のお店なの?」詩織は優衣に操縦の注意をしようとして、注意する理由が見つからず言い淀んでいた。

「空から見た時、小さな煙突から煙が出ていて、お店の裏側を従業員みたいな人が行き来していましたから、何かやっているお店だと思ったんです。あそこに暖簾も見えますし」

「なるほど、見た感じは峠の茶屋かな? ん? 何か、匂ってくる、入ろうよ。 お腹空いたぁ」

 亜香里は詩織と優衣が返事をする前に、マジックカーペットを出て峠の茶屋へ向かっていた。

「チョット、チョット。まだここがいつの時代だか分からないのに。亜香里は食事の事になったら、見境がつかないんだから。峠で急に巫女さんが現れたら、ビックリするでしょう?」

 詩織が亜香里の後ろ姿に声をかけるが、聞こえているのか、いないのか亜香里はそのままお店の暖簾をくぐろうとしていた。

「亜香里さんは食べることと寝ることが、人生の最優先事項ですから仕方ありませんよ。今回、私たちは『組織』のツールをフル装備していますから、相手が戦車とかでなければ大丈夫です。私もお腹が空いてきました。詩織さん、私たちもお店に入りましょう」

 優衣もマジックカーペットから出て、表に姿を現し、峠の茶屋へ入って行く。

「まったく、優衣も亜香里も大丈夫かなぁ? 今の状況は、わりと非常事態だと思うんだけど。まあ、考えても仕方ないか? でも準備と片付けは社会人の基本だと思うのだけど」

 詩織はスマートフォンでマジックカーペットの機能を全てオフにしてから、カーペットを折り畳み、専用の袋に入れて肩に掛け、峠の茶屋へ入って行った。

 詩織が茶屋に入ると、入ってすぐのスペースは土間になっており、亜香里と優衣は時代劇の茶屋に出て来そうな長椅子に座って、お茶を飲んでいた。

「詩織、お先しています。久々に懐かしい味のお茶を飲んだ気がする。ねぇ聞いて、聞いて。 いま何時代だと思う? 『明治』になったばかりだって! 江戸時代は終わったみたいだけど、目指していた時代に近いから、長崎に行けば南蛮料理が食べられるよ」

「横で見ていても何でかな? と思うくらい亜香里さんが、お店の方とうまく話をして元号を聞き出しました。お昼ご飯もオーダー出来ました。ここのお店では鶏飯が食べられるそうです。『組織』が用意してくれた当時のお金も使えるみたいです」

「(『組織』が用意したお金って偽造だよね? まあ『世界の隙間』だから関係ないか)そうなの? 飛ばされた『世界の隙間』はズレたけど、私たちが行こうとした慰労兼合宿の時代的には、当たらずしも遠からずというところかな」

 亜香里と優衣に緊張感が無いため、詩織も『最悪でも太宰府まで行けば元の世界に戻れるから、まあいいか?』と思い『ゆったりしよう』と構えたが、香取先輩達のことが気になった。

「でもさー、私たちが急に居なくなって先輩たちが心配しているんじゃない?」

「そう言われてみれば、そうですね。先週の上海では桜井先輩に心配をかけましたし、また迷惑をかけているのかなぁ?」

「先輩たちが心配しているかも知れないけど、私たちも好きでここに来たわけじゃないし、入った『世界の隙間』が違って連絡の取りようもないから気にしても仕方がないよ。自分たちが元の世界に戻ることだけを考えて動けば何とかなります」

「亜香里らしい考え方だけど、まあそれしかありませんね。香取先輩は私とオアフ島で今回のように違う『世界の隙間』に入っているから、私たちが取る行動を考えて桜井先輩や本居先輩に説明していると思うの。だから私たちは自分たちが元の世界に戻れることだけを考える様にしましょう」

 詩織の言葉に、亜香里が『詩織も肩の力が少し抜けて、いい感じじゃない?』と言うと『亜香里は力を抜き過ぎ』と言い返し、それに優衣も加わって賑やかになっていると、昼食の鶏飯と汁物が出てきた。

「美味しそう。まず食事を頂いて、この時代を堪能しましょう。いただきます」

 亜香里は言い終わる前に、鶏飯を箸で口に運んでいた。

 詩織と優衣も『鶏肉の味が何だか違うねー。自然の味がするよ』とか言いながら箸を進めた。

 あっと言う間に3人とも食べ終わり、亜香里がお勘定をするときに白いカステラの様なものも買って店を出てきた。

「亜香里さん、そのお菓子はもしかしたら『かるかん』ですか?」

「たぶん、かるかんだと思う」

 亜香里が優衣と詩織に一切れずつ渡す。

 優衣が一口食べて、頷きながら食レポをする。

「ホントにかるかんですね、私たちが鹿児島のお土産でいただくものほど甘くないし、あんこが入ったお饅頭ではありませんが、山芋の風味もあるし、こんな時代からあったんですね」

 一説によると軽羹は西暦一七〇〇年前後に薩摩藩で誕生したとのこと、原料の山芋と砂糖の入手が比較的容易だったらしい。

「さて、昼食も食べたし、マジックカーペットに乗って太宰府を目指しますか?」

「そうするしかないけど、ここって霧島神宮からまだそんなに離れていないところでしょう? ここから太宰府までは結構距離があるんじゃない? マジックカーペットがあるから移動自体は楽だけど、ズッと風に煽られながら行くのは大変よ」

「えっとー、GPSは使えませんが『組織』から事前に送られてきたデータにあるマップ機能によれば、霧島から太宰府までは二五〇キロぐらいですね。車で3時間くらいです」

「優衣の操縦だとそうなるけど、それって時速八十キロでしょう?」

「それは絶対に無理。風除けもないのに八十キロの風にどうやって3時間も耐えられるわけ? カーペットの上に乗って耐えられるのは、せいぜい二十〜三十キロくらいじゃないの?」

「時速三十キロ、原付の法定速度並みかぁ。これは亜香里の見立てが正しいね。それくらいだったら進行風を背にしていれば、なんとか耐えられるかも? それでも休みなしで8時間かぁ」

「亜香里さん、詩織さん、一つ提案しても良いですか? 『組織』配布の事前データには、太宰府の他にも九州にある『世界の隙間』の入口がいくつか掲載されていて、どれも太宰府よりも近そうです。少し寄り道になりますが、途中で寄ってみませんか?」

「それは良いアイデアじゃない? 今回はミッションじゃなくて慰安旅行だからそれもありね。じゃあ近場の『世界の隙間』の入口を探索しながら、近くの温泉に浸かって、ゆっくりと行きますか?」

 亜香里の頭の中では『慰労兼合宿』がいつの間にか『慰安旅行』になっていた。

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