083 詩織の初ミッション1 ハワイ観光?

 金曜日の夜、亜香里は優衣を自宅に送った流れで優衣宅へ泊まり、翌日は初めて優衣の両親に挨拶をして朝食を共にした。

 朝食の話の中で亜香里が乗ってきた『組織』の代替車(親戚に譲ってもらったと説明)に優衣の父親が興味を持ち、食後に庭へ出て見ることとなった。

 外見はGLA220、優衣父が乗車してエンジンをかけ、爆音が出ると『ほほぉー』と言いながら操作系のスイッチをあちこちいじっている。エンジンを止めてエンジンフードを開けると、また『ほほぉー』と唸りながら頭を捻る。

 優衣が『あとで、父に何が『ほほぉー』なのか? 確認しておきます』で、その場は終わり亜香里は篠原家を辞し、クルマで自宅へ戻って行った。


 翌土曜日、亜香里は久々に自宅にいる間も、詩織と優衣とは度々連絡を取り合い、日曜の夜に寮のプールで泳ぐこととなった。

 先週、亜香里の潜水病騒ぎで3人ともプールへ行くことをためらっていたが、亜香里から『せっかく泳げる様になったから、やっぱり練習したい』との申し出に、詩織も『それなら』となり優衣も自宅から今回は自分のバイク(Ninja 400 KRT EDITION)で寮に戻ってきた。

 3人で三十分ほど軽く泳ぎ、亜香里の『大丈夫でした』宣言でプールから上がり、5階の多目的室でお茶をすることにした。

「亜香里からもらったメッセージで、初ミッションの内容はだいたい分かったけど、結局のところトレーニングの延長なわけ?」

「その辺が微妙なの。江島さんから『ミッションです』と納得させられた感が、いっぱいです」

「でも亜香里さんは、初ミッションのお疲れ様会までやってもらったのですから良いじゃないですか? そこの中華屋さんの特別室でのお食事は2回目でしょう? 私は未だ呼ばれた事がありませんけど」

「そっかー『組織』のお使いの時、優衣は居なかったものね。いずれ行くことになると思います。『組織』はあの店をよく使うみたいだから。そう言えば、昨日、優衣のお父さんが言っていた『ほほぉー』は何だったの?」

「亜香里さんが帰ってから父に聞いてみたのですが、父にしては珍しくハッキリと言わないのです。父の友人が同じグレードの車を持っていて、父も運転したことがあるそうですが、エンジンフードの中も何か違う感じがすると言っていました。『組織』のことですからグレードを変更しただけではなくて、何か秘密兵器を装備しているのかも知れません」

「そうなの? 007のボンドカーみたいに機関銃やミサイルが出てくるのかな? でも自爆装置とかついていたら怖いから、今度ビージェイ担当に聞いてみよう。久しぶりに泳いだら、眠くなってきました。そろそろ寝ますか」

 亜香里が眠たい宣言をしたので、詩織と優衣は直ぐに席を立ち(ここで眠られたら世話が大変)3人はそれぞれ部屋へ戻り、翌日の準備をして眠りについた。


 月曜日の朝、亜香里たちの出社2週目が始まる。

 午前6時、カーテンを開けて伸びをする詩織に、会社配布『組織』仕様のスマートフォンから呼び出し音が鳴る。

「はい、藤沢です。ミッションですか? はい、先週実施した小林さんから少し話は聞いています。はい、持ち物を忘れないように持って行きます。8時に先輩の部屋へ伺います」

 香取早苗から『組織』のミッション開始の連絡である。

(週末に亜香里から話を聞いていたから『来るのかな?』とは思っていたけど、なぜ連絡が当日の朝なの? 連絡を受けた能力者が体調不良だったらどうするの? 亜香里は木、金曜日の一泊二日だったけど、私たちは今日からだと金曜日まで? 長いなぁ)詩織はそんなことを考えながら、朝のルーチンをこなしていた。


 詩織は8時ちょうどに、香取早苗の部屋602号室のドアをノックする。

 香取早苗がリラックスした表情で出て来た。

「藤沢さん、おはよー『組織』の3点セットを持ってきましたか?」

「おはようございます、それだけは忘れないように持ってきました」

「では、行きましょう」

 亜香里から聞いていたとおり、2人はエレベーターに乗り9階のミーティングルームへ入って行く。

 壁全面のディスプレイに、ビージェイ担当が現れる。

「香取早苗さん、藤沢詩織さん、おはようございます」

「これからミッションについて説明します。今回は『世界の隙間』にいる、ある人から話を聞き出して下さい」

 ポカンとする、早苗と詩織。

 早苗は、本居里穂から新人との初ミッションは『世界の隙間』かも?とは聞いていたが、その『世界の隙間』にいる人から話を聞き出す、というミッションは今までやったことがなく、どうやってミッションを進めれば良いのだろう?と最初から困惑した表情である。

 詩織は、亜香里から新撰組との立ち回りを聞いていたので、それは面白そうだと思っていたのに、聞き取り調査?それって能力が必要なの?と思い、少し気が抜けた様子である。

 2人の微妙な表情を知ってか知らずか、ディスプレイの中のビージェイ担当は話を続ける。

「それでは、物理的な行先と、時間的な行先、その他状況について説明します」

「行先はアメリカ合衆国ハワイ州オアフ島、場所はよくご存じだと思います。時間的な行先は四十年前、一九八〇年です、時代的には現代ですね」

「今回のミッションでは、『世界の隙間』の入口があるホノルルのダイヤモンドヘッドのクレーターから『世界の隙間』へ行き、オアフ島に住むナッシュ家を訪問して必要な話を聞き出してきて下さい。概略の説明は以上です。詳しい内容は、スマートフォンへ送信済みです」

 香取早苗は、何を質問したものかと思いながら、取りあえず聞く。

「概略了解です。おそらく無いとは思いますが、リスクの程度を教えて下さい。それからミッションの期間と行き先への移動方法も説明して下さい」

「よほどのことが無い限り、リスクはゼロと思って頂いて結構です。『組織』のエアクラフトでダイヤモンドヘッドのクレーターまで行き『世界の隙間』に入ってからは、なるべく現地で調達したものを利用してミッションを遂行して下さい。その世界で有効なパスポートと国際運転免許証を準備しています。『組織』のIDカード・クレジットカードもその世界で使えるように変更されてますが、念のためトラベラーズチェック(T/C)と米ドルも用意しています。『世界の隙間』に入って、ダイヤモンドヘッドからダウンタウンまでの移動手段がありませんが、そこは何とかして下さい。レンタカーとホテルは地元にあるトラベルエージェンシーに駆け込めば、何とかなると思います。当時のハワイは日本人が上顧客ですので。他に必要と思われる持ち物はエアクラフトへ積み込み済みです。質問がなければ、ミッションを開始して下さい」ビージェイ担当を映していたディスプレイが消えた。

「出発しましょう、藤沢さんも思うところがいろいろあるとは思いますが、エアクラフトに乗って装備を確認しながら、ミッションの作戦を練りましょう。スマートフォンにミッションの詳細情報が来ていると思いますので」

 2人はミーティングルームを出て、通路からエアクラフトが駐機している駐機場へ入る。

「これが、亜香里が言っていたエアクラフトですか? 初めて見ましたが聞いていた通りかなり小さいのですね」

「藤沢さんはエアクラフトを見るのも乗るのも初めてですか? この大きさだけど乗り心地は良いし高機能なので心配は無用です。ミッション中はこの機内が一番安心できるところです。乗り込みましょう」

 2人がエアクラフトに乗りこむと上部の透明フードが自動で閉じ、光学迷彩とステルス機能が稼働し、機内の2人からは外が見えなくなった。

「なるほど、亜香里はこのことを言っていたのね『外の景色が見えないのが不満だ』って」

「光学迷彩中は外が見られませんけど、小林さんはそんなこと言っていたのですか? 彼女は大学時代に写真部だったからなのか、普通は見られない景色を見たい気持ちが人一倍強いみたい。先週、小林さんが潜水病になった時に付き添ったチャンバーの中で話を聞いたら『水深十メートルから見上げるプールの水面越しに見える照明がきれいで、それを見ていたら意識を失った』と言ってましたから」

 エアクラフトはグングン上昇し、座っている椅子に張り付けられる重力Gが強くなり、それが止むと続いて強烈な横への加速Gが始まり、しばらくしてそれが収まると、機内は静かでゆったりした雰囲気になった。

「今、日本時間で9時、ハワイは日曜日の午後2時で3時間後に到着する予定ですから現地時間で午後5時、日曜日の夕方5時とは… 到着地がダイヤモンドヘッドだからダウンタウンまで歩いたら1時間以上かかるし、トラベルエージェンシーは閉まっているから、自力でレンタカーとホテルを捜すしかないのかな? 藤沢さんは、英語は得意?」

「得意というほどではありませんが、学生時代夏休みにカナダでホームステイした事があるので、日常会話くらいは何とか」

「それくらい出来れば充分。ホノルルは日本語OKのところが多いから。最近は他のアジアの国からの観光客が多いみたいだけど、今から行く時代はアジア人=日本人ですから気が楽です。『組織』は国際免許証を準備してくれたけど、当時も今もハワイでレンタカーを借りるのは日本の自動車免許証で良いはずなのに… そうかー、国際運転免許証の方が『組織』が作りやすいからこれにしたのかな? 厚紙の印刷物に写真を貼っただけのもの。えっとー、パスポートはこれかな? 随分大きいなぁ。これ藤沢さんの分、はいどうぞ」

「わざわざ作ったのですね、ICチップも入っていないし、エエッ! 生まれた年が1958年になってます。私の親よりも年上なんですけど? そっかー、1980年に22才だから、差し引くとそうなりますね。それで日本の出国スタンプと米国の入国スタンプも1980年5月の押印が済んでいます、って! この前のスコットランド行きもそうだったのですが、パスポートのスタンプを見ると、この活動をやっていて大丈夫なのかな?と思います。不法滞在じゃないですか?」

「それはいずれ慣れます(詩織「慣れて良いのですか?」)詩織さんもトレーニングで色々危ないことを経験済みでしょう? 銃とか剣とか。それよりも今回のミッションは藤沢さんの初ミッションだけど不思議なのですよ」

「何が不思議なんですか?」

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