068 初出社1日目 2

 優衣から自分たちの先輩社員も能力者だと聞いて、驚く亜香里と詩織。

 亜香里は食べている途中のカツが喉につっかえそうになり、詩織は危うくお茶を吹き出すところであった。

「優衣、チョット待って。オフィスで私の席の隣に座っている、本居先輩がジェダイマスターなの? 部屋全体が朝からずっとバタバタしていて話が出来る雰囲気ではないから、まだ何も聞いていないけどマスターと会社で一緒に仕事をして、ミッションでもマスター本居について行動するの? 詩織は香取先輩と一緒に居て何も聞かなかったの?」社員食堂で『組織』のことを大声で話す亜香里。

 話の内容が『ジェダイマスター』なので、周りの社員に気づかれることはないと思うが「電波な新入社員」くらいには思われたのかも知れない。

「最初にザッと部署のことを説明されて、社内の挨拶回りに連れ回されたあと、香取先輩は直ぐに外出したまま。行動予定表を見たら今日はNR(ノーリターン)って書いてあったから私も亜香里と同じで何も聞いてないよ。午後は何をしたら良いのかな?」

「何だか事業部門は大変そうですね。桜井先輩が私を担当するシスターなので、午後はミーティングルームで人事部全般についてレクチャーをしてくれるそうです」

「さすが人事部。(小さな声で)暇なの? 嘘です嘘です。上の人にチクらないようにね。さて、私と詩織は午後、自由時間だから社内探検でもする?」

「亜香里は部署内の挨拶もまだでしょう? 本居先輩が隣に居るんだったら何をするのか聞いてみたら? 私は午前中に一通り挨拶回りをしたから、近くの先輩に何したら良いか聞いてみます。それにしても、うちらの直属の上司が『組織』での上司とはね。3人とも寮に居るのかな?」

「詩織のそれで思い出した。連休中は地下5階に缶詰になっていたからかもだけど、あの寮でまだ私たち以外の社員に会っていないよね? 連休が明けたから、そろそろ誰かに会えるのかな?」

「それは分からないね。『組織』は、あまり能力者同士を会わせないようにしているのかも?」

「詩織さん、どうしてですか?」

「良く分からないけど『組織』だから? うちら3人の上司が同期でみんな能力者とか、そんなことあるのかな?と思うのだけど、実際そうなんだから仕方ないけど。日本で一番大きな保険会社の中で、そんな人事が出来る『組織』の影響力は大きいと思うし、チョット不気味よね」詩織の説明に『うーん』と考え込む2人。

「そろそろ戻りましょう。早めに職場に戻って歯も磨きたいし」

 亜香里の合図で、3人はそれぞれの職場に戻っていった。


 「ふぅー、一日、長かったなぁ」

 亜香里は正面玄関を出て、初出社した本社ビルを振り返って見上げてみる。

 亜香里が所属する部署のバタバタは午後も続き、その間、隣に座っている本居先輩は電話やメールが続く合間に『これ読んでおいて』と資料を渡してきたり、『ちょっといい?』と亜香里を連れて部署の中を速足で連れ回しながら新入社員の亜香里を紹介しながら、物理的な社内メールボックスの位置やフロアの庶務担当を教えてくれた。

 定時を過ぎてもオフィス内の忙しさは収まる様子がなく、どうしたものかと思っていたら、本居先輩から『出勤初日に構ってあげられなくてゴメン、今日は遅くなるから先に帰って良いよ。同期の桜井由貴から聞いたけど、お昼休みにあなたの同期の篠原さんから聞いたんだって? 私たち同期のことを。私たちも最初にあなたたちの配属を聞いたときには驚いたけど、同期3人で『組織』のミッションを遂行したこととか参考になる話も出来ると思うから、このバタバタが落ち着いたら、そっちの方も追々説明しますね』それが本居先輩から今日聞いた中で、一番長い話だった。

 亜香里はまっすぐに駅へ向かい電車に乗り、寮へ直帰する。

 乗車時間十数分という首都圏ではとても短い通勤時間ではあるが、亜香里は吊革を持ったまま寝そうになる。(考えたら、今朝スコットランドから帰ってきたばかりだから、眠たいのは当たり前よ。現地では睡眠をとっていないし)降車駅を立ったまま乗り過ごしそうになり、慌てて電車を駆け降りる。帰りは公園を横切らず、道路の歩道を歩いて寮に帰宅した。


 そのまま1階の食堂へ行き、ディスプレイで和食を選択する。

 食事が出てくる間、お茶を入れて飲みながらうたた寝を始めたところで、料理が出来た音で目を覚まし食事を取りに行く。 トレーには小さな鍋に固形燃料、卵、肉と野菜が載っていた。

「夕食はすき焼きですか? ちゃっちゃと食べてすぐに寝よう、眠たすぎる」

 ご飯をよそい、固形燃料に火をつけて食べ始める。

 食欲より眠たさが上回っているのか、珍しくお代わりもせず食事を終え、エレベーターホールへ向かう。

 エレベーターが開くと詩織が乗っていた。地下駐車場からエレベーターに乗ってきたのか、大きな荷物とヘルメットを持ったバイクウエア姿である。亜香里はエレベーターに乗り込んだ。

「詩織、家に帰ったの?」

「今日は定時退社だったから家に寄って、足りないものをバイクで持って来たの。これでいつでも出掛けられる」

「考えたら私たち2週間、家に帰っていないよね。ゴールデンウィーク中は寮で缶詰め研修だったし。私も家の小さい方の車を取りに行こうかな。妹の由香里が文句を言いそうだけど。一人で動き回るのならバイクが便利よね? そうだ免許取ろう! 実技は『組織』のトレーニングでたくさん乗ったから大丈夫でしょう?」

 エレベーターが5階に着き、多目的室でお茶をすることにした。

「優衣は、まだ帰って来てないのかな?」

「会社を出たところで会ったよ。両親が車でお迎えに来ていて家族で食事をして、今日は家に泊まるみたい。研修中に篠原家に泊まりに行ったじゃない? あの週も前の週末も優衣はお家に一人だったから、家族が揃うのは1ヶ月振りだとか」

「優衣は久々にご両親とご対面ですか。優衣はここより自分家(じぶんち)の方が会社に近いから良いよね。詩織は家に戻ったとき家族には会わなかったの?」

「前に話したと思うけど、兄は中東のどっかに駐在中、父はどっかに出張中、母はどっかに遠征中」

「遠征中って何? どこかのスポーツ団体に入っているの?」

「お花の先生をやっていて、今週は地方で開催される展覧会に行かなきゃとか、言っていたような気がする」

「詩織のお母さんがお花の先生とは意外。てっきり格闘系の師範をやってるのかと思ったよ」

「亜香里、それ、私のことを何か勘違いしていない?」

「滅相もありません、詩織さんは大和魂を持つ日本女性です。詩織と話してたら目が覚めてきた。ご相談ですがバイクで私の家まで連れて行ってもらえませんか? さっきググったらここから20分くらいで着きそうだけど」

「良いけど、今から自宅に戻ってどうするの? 」

「詩織と同じで、いろいろと足りないものがあることに気がついたから。スーツの替えも無いし、コンタクトのストックが残り僅かなの。送ってくれれば、帰りは家の車を運転して戻れるから」

「じゃあ、すぐに行こう。亜香里はその上にコートを羽織れば寒さは凌(しの)げるでしょう?」

 2人は持っている手荷物を自分の部屋に放り込んで、直ぐに寮を出発した。

 ちょうど20分で、亜香里宅へ到着する。

 詩織は自分家に忘れ物を思い出したとのことで、亜香里の家と寮の中間にある自宅に寄ってから寮へ戻るとのこと。

「自分の部屋に入って、安心してベッドで寝てしまわないようにね」詩織は亜香里に友人として忠告する。

「大丈夫です。荷物を取って速攻で寮に戻ります。プールでひと泳ぎしてから寝ます」亜香里が余裕の発言をすると『じゃあ、あとで』と言いながら詩織はバイクを発進させた。


 亜香里は久しぶりの帰宅で、家の様子に変わりがないなと思いながら脇門を抜け玄関を開け「ただいまぁー」と元気よく声を上げる。

 母親と妹がリビングにいて「おかえりなさい」の返事が返ってくる。

「元気にやってるよ。会社にも行っています」 とだけ告げ、自部屋で足りない物をゴッソリと紙袋に詰め「荷物が多いから、小さい車を借りて行きます」 と言いながら車のキーを取って玄関を出て行った。

 妹の『大きい方の車だと買い物に行きにくい』 と言う声が聞こえたが、気にしない。車庫のシャッターと門をスイッチで開けGLA220 に乗り込み、荷物を後部座席に投げ込んで車をスタートさせる。門を出てから、車庫と門を閉めるリモコンスイッチは忘れない。

 一度、門を閉め忘れて庭にあるセンサーが不審者?に反応してSECOMが来て大騒ぎになったことがある。不審者は住宅街のどこかで飼われている大型犬が、迷い込んだだけだったのだが。

 寮に戻るのには近道となる通行量の少ない川沿いの道を、亜香里は一人で走っていた。

「この道は、詩織のバイクの後ろに乗って、変なのに遭遇して以来ね」と思いながら運転をしていると、前方の上空に変なものが現れてきた。

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