031 研修第2週 能力者補トレーニング3

「どういうことですか? さっき亜香里さんは『組織』に従って着替えた方が良い、と言っていたじゃないですか?」優衣が不思議そうな顔で聞いてくる。

「『猿の惑星』のエンディングは知っているよね? 有名だから」丘を下りながら亜香里は、一般常識を確認する様に優衣に聞く。果たして『猿の惑星』は一般常識なのか。

「はい、主人公が馬に乗って海岸沿いを進んで行き、最後に砂に埋もれた『自由の女神像』を見つけて、泣き崩れて終わりですよね? ここは地球だったのかと。あの映画は子どもの時に見ましたけど記憶に残っています。でもなぜそれが、ジャンプスーツに着替えて、猿のところに行くことになるのですか?」

「亜香里は説明を省いたけど、このトレーニングのゴールは優衣が言った『自由の女神像』がゴールなのよ。ゴールに着いてからどうするのかは分からないけど。ラクーン・シティーの時も途中はどうあれ、ゴールはゲームと同じだったでしょう?」

「詩織の言うとおり。ゴールにまで距離が長いから、お猿さんから馬車とかを奪うわけ。奪うには今の格好では危ないから、耐なんとか性がいっぱい付いているジャンプスーツの方が安全でしょう? たぶん猿が撃ってくる鉄砲の弾くらいは平気だと思うの」

 亜香里たちは話をしながらスタート地点の円錐カプセルがあるところまで戻ってきた。カプセルは3人が出てきたときのままである。

「良かったぁ。『組織』のことだから、私たちがカプセルを出たあと砂に沈めているんじゃないかと思ったの」亜香里は心底ホッとした顔をしている。

「私もそう思っていたわ。と言うことは戻ってくることが前提のシナリオだから、ジャンプスーツに着替えてカプセルの中の装備品を確認して、使えるものを持って出発するのが正解ね」詩織は戦闘を意識して急に元気になる。

「亜香里さんの言われることは分かるのですが、そうすると『組織』が指示をした『着替え』を守らないことになるのですが、それで良いのですか?」

「優衣は真面目だねー。これもトレーニングだと思うの。ことわざで言うところの『鵜呑みにするな!』みたいな」

『鵜呑みにする』の慣用句を亜香里流に解釈しているようだ。


 機内に戻り肌色のビキニの上からジャンプスーツを着る3人。機能性の高いジャンプスーツなので、ビキニ姿でいるよりも涼しかった。

 カプセルの中を調べると携行食や水が備えられていた。

 亜香里はさっそく試食という名の食事を始める。

「トレーニング中は時計やスマートフォンがないから、時間が分からないじゃない? トレーニングの前後は必ず寝ているし(眠らされているのでは?と思い始めている)かなり長い時間が経ってると思うのよね。私の腹時計的には2〜3食分を抜いている感じがする」

「時間は経っていると思うけど、亜香里の腹時計は当てにならないなぁ。いつも『ご飯どき』でしょう?」詩織の意見をスルーしながら、亜香里は試食を続ける。

「ここに武器箱みたいなものがあります」優衣が壁際にある大きな箱を開けた。

「何だろ? 形は拳銃だけど銃口はないし、弾を込めるところもないけど、スイッチがある『(stun) 、(kill)』って、威力のモードが変えられるとか?」

「詩織、ちょっと貸して!」亜香里は試食を中断して2人のところへやって来た。

「やったー! ブラスターピストルよ。どれどれ、パワーパックもある。コレで遠慮なく、お猿さんを撃てる。スタンモードで撃てば死なないからね」

 亜香里は在学中にスターウォーズにハマり、学内のオフラインミーティングに参加した時、ディープな男子学生から解説付きでグッズを借りたときの知識が役に立っていた。

「人生、何が役に立つか分からないなぁ」感慨深げに語る亜香里だが、スターウォーズに出てくる武器が日常生活に役に立つことは、まず無い。

「コレは何だろう? もしかしたら前から亜香里が欲しがってたヤツ?」

「オォー!! ライトセイバーだ! これでジェダイマスターになれる!」

 亜香里の興奮を気にせず、詩織はライトセーバーの柄を持ちスイッチを入れて、ブンブン振ってみる。剣道三段の腕前で狭い機内でもきれいな剣さばきを見せている。

「すごく軽い、竹刀よりも軽い。柄以外に物質の重量がないから当たり前? あとで外に出て切れ味を試してみよう。これもブラスターピストルと同じで5つあるから装備しておくべきね」

 カプセル内を一通り調べたあとカプセルの外側を調べてみると、スイッチがあり押してみると、中からトム・クルーズが『オブリビオン』で乗っていたものと同じ形の折畳式電動オフロードバイクが5台出てきた。

「『組織』は、ここで装備をして出発するシナリオを用意していたのね。ジェダイならスピーダーバイクが欲しいところだけど『組織』も、それは作れないだろうから、これで十分ね。トム・クルーズがこのバイクで砂地を気持ち良さそうに飛ばしていたから」

 今回スピーダーバイクが準備されていないのは格納場所の都合によるもの。

 亜香里たちは知らないが『組織』的に技術的な問題はないらしい。

「亜香里さぁ、気持ちよさそうに誰が運転するの? 見たところ1人乗りみたいだけど」

「先週末、詩織の後ろに乗って横浜を往復したから、運転する感じはだいたい分かりました。このバイクは変速とか難しい操作は無いのでしょう? 信号機も一時停止もないから、運転はたぶん大丈夫。私より優衣はどうするの? 詩織におぶってもらう?」

「私、一応、二輪免許を持っていますけど」

「「 エエッー!! 」」

「幼女が免許を取れるの!?」

「亜香里さん、幼女、幼女って、言わないでくださいよぉ。ちゃんと自動車学校に通って普通自動車免許を取ってから、二輪の免許も取りました。実技の一時停止は苦労しましたけど」

「優衣は見かけによらずだね。今、何に乗ってるの?」詩織は身近に女性のバイク仲間がいたので、うれしいそう。

「KAWASAKI の Ninja 400 KRT EDITION です。あのグリーンが大好きで」

「グリーンモンスターの系譜を継ぐモデルかな。お父さんか誰かの影響?」

「父は、Ninja H2に乗っています。母からは『もう歳なんだから降りるように』ってよく言われていますけど」

「バイク父娘だ、いいねぇ。ではバイクは問題なし、ということで」

「3人で『自由の女神』を目指しますか? でも、そうすると今回のトレーニングはすぐに終わっちゃいそうだけど、それでいいのかな?」勇者を目指す亜香里としては物足りない顔をしている。

「男子2人は、どうするのですか? もしかしたらお猿さんに捕まっているのかも知れません?」優衣はいなくなった男子二人を気にしている。

「さっき、丘から見た時、どこにも居なそうだったからね。そんなに早く出かけていないだろうから、遠くには行っていないはずだけど。やっぱり猿軍団に捕まって、今頃『言葉を話す人間がいる』って、猿たちに騒がれて拷問を受けているか、ロボトミー手術を受けているのかも」

「詩織さん、そんな怖いこと言わないでくださいよぉ。助けに行った方がいいんじゃないですか?」

「可能性としては詩織の言った通り、猿軍団に捕まっている可能性が高いのだけど、では、どうしたものかな?」

 亜香里は何かシナリオを考えているように見える。

「トレーニングの一環だから、猿のところに男子を探しに行きますか? ブラスターとライトセイバーを5人分持って、バイクは2人の分を持って行けないから、そこから『自由の女神像』まで、どうやって行くかはあとで考えるとして」

 詩織が先に『行けばなんとかなる』という大雑把な提案をする。

 亜香里と優衣は、詩織がまとめた話の方向に了解し、三人は出発の準備を始める。

 途中で亜香里は『もしかしたら能力が使えるのでは?』と考え、準備を手早く済ませてから砂地に座り、瞑想の様な格好を始めた。

「亜香里さん、何を…」

「(小声で)優衣、静かに」

 詩織のジェスチャーで、亜香里がフォース(の様なもの)を集中させているらしいと納得する優衣。

「(小声で)萩原さん達を探しているのですよね? 私たちもやってみますか?」

「(小声で)学内の就活セミナーで、座禅や瞑想をやる講座があったけど、私には向かなかったから止めとく。亜香里はその講座で『目覚めた!』とか言ってたから元々、向いていたんじゃないの。私からは亜香里がいつもの居眠りから目が覚めただけのように見えたけど」

 声を潜めながら詩織と優衣は、武器や装備品のチェックをしてバイクに積み込む。

 しばらくして亜香里がスクッと立ち上がる。

「ぼんやりだけど少し見えた気がする。籠のような吊り下げられたオリに捕まっていて、下の方にゴリラの警備兵が何匹かいる」

「亜香里さんはジェダイになったのですか? 萩原さんや加藤さんと通信ができたのですか?」

「2人のどちらかが見ているものが、ボーッと見えた気がするの。あとで会って確かめないと分からないけど。ただ肝心の場所が分からないの」

「場所は大丈夫。バイクにGPSナビが付いていて、マップで周辺をスクロールしてみたら近くに街があるのは1ヶ所だけだから、迷わずに行けると思う」

「冴さえてるね(詩織「ライダーだったら当然やります」)、では遅くならないうちに出発しましょう」

 3人は電動オフロードバイクに跨またがり、猿の街に向けて発進した。

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