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コツン、コツンと二人の足音が響いて聞こえる。まるで極度に集中力が高まっているかのように感じさえする。実際は風に靡く木々のざわめきや、季節的に聞こえてもおかしくない、虫や、カエルの鳴き声、麓を走る車やバイクの排気音など一切合切が消え去って居るためだった。

 今さらそんな事を口に出したりはしなかった。お互いに不安を煽っても、もう、どうしようもないところまで来てしまったのだから。

 依然として後ろにはあの真っ暗な闇が大きな口を開けて自分達を飲み込もうとしているように感じている。それから逃げるように一歩ずつ、二人は目の前にある光に向かって進んでいく。

 気持ち悪いと思った自動販売機の灯りに集る虫たちの姿が消えていた。まるで、私たちが彼らの変わりになってしまったように思った。


「ごめんね、奈月、ホントにごめん。」


 その言葉を聞いて、奈月は改めて実感した。自分は大バカ野郎だって事に。

 返事の変わりに自分の頬を思い切り叩いた。パチーンと言うお手本のような美しい音色が辺りに木霊した。

 あまりの音量に奏が驚いて目を見開いている。自分の頬はおそらく、真っ赤に染まっているだろう。口の中に鉄のような味が少し、広がった。


「急にどうしたの!?」


「いや、はは、何だろうね。上手く言えないんだけど、やっておかないと駄目な気がしたんだ。」


 奈月は上手く言葉が見付からず、いや、正直に説明するのが少し恥ずかしく思って、濁すように伝えて誤魔化した。

 よくよく考えてみれば、自分の願い事を叶えるために、合意の上とは言え、無理やり人を付き合わせたのだ。その相手が隣で必死の形相をして、怯えているのだ。誘った方の人がどう思うのか、なんて想像に難くない。

 彼女が勝手に強い存在だと決めつけてしまっていた。行き過ぎた憧れが故に、彼女に負担をかけて当然だとすら思ってしまっていた。そんな訳はないのだ。奈月が彼女が座り込んでしまった際に、自分が確りせねばと気を張ったように、血の気のひいた酷い顔をした奈月を見て、彼女もまた、虚勢を張ったのだ。演技力と言うか、見せ方が上手なのもあるが、身勝手な卑屈さから出た憧れが、奈月の目を一層曇らせていただけであった。このマヌケめ、と己を心の中で何度も何度も罵倒した。

 ちらり、と奏の方を見ると、未だ困惑が抜けないような面持ちだった。


「えーと、んー、元気、出るよ?」


無理やり、そんな言葉をひねり出した。


「いや、やらねーよ。」


 そう返され、ふふっ、とどちらともなく笑い有った。依然として寒さは厳しいものを感じるが、恐怖の方は大分落ち着いてきたように感じた。


「死ぬときは、一緒で。よろしく。」


「奏と一緒なら、死んでも退屈しなさそう。よろしく。」


 奏の手を、握った。小さくて線の細い手だった。走ったり、恐怖したりで彼女の手は汗で湿っていた。それを知って、奈月は奏も緊張状態にあったのだと確信した。


「絶対、離さないからね。」


 つい、そんな言葉が口から漏れた。でも、その言葉に嘘偽りは無かった。例え何が有ろうと、この手は離したくない、奈月はそう思ったのだ。


「ん、ありがと。」


 奏の美しい瞳からキラキラと輝く水滴が一つ零れ落ちた。茶化したりはしなかった。ゆっくりと二人は前を見つめた。目的地はもう、目の前だ。

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