第11話_届けたい想いは

「ゆっくりってどういうことなんだろう、分かんない……」

「アタシら今一体、何を聞かされてんだ?」

「あはは」

 夢か妄想でなければきょうちゃんとお付き合いをさせて頂いて数日が経過した。その中で、幸せを感じながらも私はまだ悶々と悩んでいる。そして例によって例のごとく言う相手が居ないので、一週間ぶりに仕事が一緒になった翼と理沙に問答無用で語り聞かせていた。

 あれから何度も、私はキスをしようとチャレンジを続けているんだけど、まあ三回に一回くらいしか成功しない。そして成功しても追撃は必ず躱される。百パーセント絶対だ。嫌な顔をされているわけじゃないし、響ちゃんは怒ったりもしない。ただもう一歩、あと少し欲しいという私の気持ちは満たされないままに、お預けを食らっていた。

「しかも響ちゃんって何か逃げるのが妙に上手って言うか、突き放したりは絶対にしてこないんだよ、どっちかって言うとむしろ距離を詰めてくる感じで、ぎゅってされて、でもそうしたら何も出来ないしさ、わー可愛い柔らかーいってなるじゃん」

「お前……」

「それで油断したらいつの間にか腕の中に居ないの。イリュージョンっていうかもうファンタジー?」

由枝ゆえの頭の中がな」

 呆れた声でツッコミを入れてくる翼の言葉を聞き流す。あの手この手で距離を詰めるが、響ちゃんは涼しい顔をしたままでふわふわと擦り抜けていた。全く届かないんじゃなくてちょっとは触れさせてくれるから余計に、私は追ってしまうのかな。

「響さんが上手なのは、逃げ方じゃなくて由枝の扱いって感じがするわね」

 理沙がそう言って笑う。え、それってつまり、響ちゃんからぎゅってされたら力が抜ける私を見透かされているということでは? となると、こう、私が『何』に意識を向けているのかもバレているのでは?

「え~~」

「どわ! チャリから手ぇ放すなよ! っつか何でアタシの方に倒すんだ!」

 思わず両手を自転車から放して顔を覆うと、当然のように倒れた自転車が横を歩く翼を襲う。自転車が倒れた音が聞こえなかったので、咄嗟に支えてくれたんだろう。顔から手を離して翼を見たら、やっぱり私の自転車は翼が持ってくれていて無事だった。

「いやー理沙の方に倒すわけないでしょ。理沙が怪我したらどうするの?」

「お前の方に倒せっつってんだよ! あとアタシなら怪我していいみたいな言い方だな!?」

 こういうやり取りって昔から変わらない。自転車とは逆、私の左隣を歩く理沙もあんまり気にしていなくて、くすくすと笑っている。大袈裟な溜息を零しながらも結局私に代わって自転車を押し始めてくれる翼も、相変わらず、甘やかすのが好きなんだから。私はありがとうを後回しにして、手ぶらで歩いた。

「プラトニックな関係を求められてるのかな……プラトニック……?」

 真剣な顔で頭を抱える。もしそうだとしたら、私は耐えられるのだろうか。伝えるつもりが無かった当初は、響ちゃんにその気が無くて、そういう意識が全く無いと思うから引き下がれていたものの、受け入れてくれた事実を前に、我慢をするのは結構辛い。

「本人に聞いてみればいいじゃない、そういう触れ合いが、嫌なのかどうか」

「聞いたんだけどさ」

「あ、もう聞いてたかー」

「どんだけ我慢できなかったんだこいつ……」

 いよいよ理沙の声もちょっと呆れた色をした。聞き流すけど。勿論、翼の言葉も一緒に流す。我慢できなかったっていうのも確かにある。でも本当に嫌だったら私だって引き下がるつもりだった。そこまで自分本位じゃないつもりだし、今後の為にもお互いにとって一番いい距離感を擦り合わせる必要だってあると思ったから。

「だけど、『嫌じゃないよ』って、それだけ。後はもう最初と同じで、『ゆっくりね』って笑うの」

 それが本心であるなら、聞き入れるのもやぶさかじゃない。触りたいしもっと近付きたいと思う気持ちはあれど、少しペースを落として、響ちゃんの言う『ゆっくり』でも構わない。だけどもしその回答が彼女の『大人の対応』であって本心でなかったとしたら、どれだけ待っても駄目なんじゃないかって不安があった。嫌な顔は少しも見せないけど、本心では嫌で、私に気を遣っているだけなのかもしれないって。ぶつぶつとそういうことを呟けば、翼はまるで一緒に悩んでくれるみたいに難しい顔で唸ったけれど、どうしてか理沙が笑った。私はすごく真剣なんだけど……? 不満を込めて隣を見れば、理沙が肩を竦める。

「ごめんね、真剣なのは分かってるんだけど、悩みが前進してるのが嬉しくて」

「まあ、うーん、そう言われると、うん……」

 伝えることなんか出来ないって悩んでいた時と比べれば、確かにその通りだ。本当に嬉しそうに目尻を下げて私を見つめる理沙にちょっと居た堪れなくなって、口を閉ざす。丁度仕事場に到着して、ようやく私は翼にありがとうを言い、自転車を自分で押した。


 私だって、響ちゃんの気遣いを何にも知らないと言うわけじゃない。私の告白に「私も好き」と返してくれたけれど、少しもそんな風に見てなかった響ちゃんが、あんな短い時間で考えて、そういう意味で私を好きと思ってくれたなんてことは流石に無いだろう。あれはきっと、「恋人に」という言葉を、優しい言い方に変えてくれたんだと思う。「なってもいいよ」って、使われる方としては納得できるから良いんだけど、扱う側からすればちょっと偉そうに聞こえて嫌な言葉だもんね。でも、本当のところが、それに近いんだってことは分かってる。だから響ちゃんの方から私を求めてほしいなんて言わない。ただ、本当に許してくれるなら、どの程度、何処までなのか、知りたいのだ。

 それで勿論あわよくば、もうちょっと、私の気持ちを伝えさせてほしくって、受け入れてもらえたらなって。ああ、何だか日に日に、願いが贅沢になっていく。

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