第6場 汝の傍に在わす、汝が下に坐す

 何が自分の心をこれほどまでに熱くするのか。

 彼は、その答えを、よく知っていた。ただ、それをどう進めていくのかに、まだ迷いがある。

 彼女に出逢ったのは、偶然だったのだろうか?

 世紀の悲劇の舞台に現れたのは、ジューリエットか。はたまた、時と国を越えて現れた、オフェリアか、コーデリアか?

 この三人は、皆、愛する者と永遠の幸福を得ることが出来なかった。では、彼女は?

 彼女自身は、どんな愛を掴むのだろう。

 彼が彼女の声を聴いたとき。その頭には懐かしさしか浮かばなかった。けれども、すべての言葉をこの瞬間に凝縮は出来ない。その結果、身の置きざまに困って、逃げようとした。

 彼は困惑したのだ。

 あまりにも深い、懐旧の念に。

 説明の出来ない、感情の発起に。

 ところが、逃げようとした彼は、彼女に完全に捕まってしまったのだった。

 神のす聖域に逃げこもうとした彼の目前に、天使は舞い降りたのだ。風に触発つきうごかされて振り返ると、静止した天使の艶やかな髪が舞い踊っていた。光の扉が開かれ、中から金の矢が射られるのを彼は感じた。そして、矢はあやまたず……。

 そう。

 そこにわすのは、間違いなく、彼の魂のあるじだった。

 運命に引きずられ、二人はあの日、あの場所で、出逢ったのかもしれない。

 しかし、彼には、そんなことはどうでもよかった。

 何故どうやって、出逢えたのかは、重要ではない。

 何故どうして、出逢ったのかが、問題なのだ。

 彼が彼女を愛するためにか。それとも、彼女が彼を愛するためにか。

 二人は愛し合うために、ただ、それだけのために、あの日、あの場所に呼び寄せられたというのか。

 目が合った瞬間に、彼は悟った。

 ──この女性ひとに自分の人生を捧げるのだ。この身に与えられた凡てを、この身に宿る魂を、この身に課せられた──命を。

 運命に導かれて二人が出逢ったのは、天空の恋人たちの庇護を受けている日。地上の恋人たちが守護する場所だった。

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