第15章 迫り来る恐怖

 日が昇る前に目を覚ます大翔。今日は、夢を見なかったからかリンネに会ってはいない。やはり、そう簡単に会えるものでもないようだ。頭がいつもより冴えていることを感じ憂鬱になる。大翔が起きていつも以上に頭が冴えている時は、良くないことが起きることが多い。その事を自分でも理解している為、今日は常に警戒する必要があると感じた。

「何も無ければそれで良いんだけどな」

 朝の鍛錬も念入りにやった。

「どうかしたの?」

「何が?」

「何だかいつもと雰囲気が違う気がして」

「気のせいじゃ無いか? 別に、いつも通りだぞ」

 飛鳥には、大翔の様子がいつもと違う事が何となく感じ取れていたみたいだが、大翔に言われて気のせいだと思った。

 大翔が飛鳥に何も言わなかったのは、あくまでも嫌な予感でしか無いからだ。確実なことが無い以上、余計な気を回させないようにしていた。

 2人は、昨日言われた通りお昼には着くように城に向かった。何事も無く城まで着き、城の中に入っていった。王の間に着くとすでにアレン王子が部屋の中に入っていた。

「やあ、わざわざ来て貰ってすまないね」

「いえ、私もあの2人が帰るところをしっかりと見届けないといけない気がしますし」

「勇者としてかい?」

「そうですね。彼らと戦ってやっぱり勇者としての力はあったのかなと思いましたし、その2人に勝った分も頑張っていかなければいけませんから」

「あの2人に散々色んな事言われていたのに」

「もう、終わった事だから」

「やはり、空月殿は素晴らしい人だ。そんな貴方に勇者として戦って貰えるならきっとこの世界も救われる」

「精一杯頑張ります」

「気合い入れすぎて空回りするなよ」

「だ、大丈夫よ。多分」

「勇者なんだからもっと自信持ってくれません?」

「こ、これから付けて行くわよ」

「先行きが不安だな」

 2人のやりとりを見ていて、何だか微笑ましく思うアレン王子。

「何、笑ってるんだ?」

「いや、仲が良いなと思ってね」

「そうですか?」

「ああ、見ていて面白いよ」

「それ馬鹿にしてるだろ」

「まさか。それより決闘が終わった後、闘技場からは無事に帰れたのかい?」

「あ、はい、帰れました。でも、疲れていたのか、どうやって帰ったのか記憶が無くて」

「ん? 空月殿は確か、世良殿に――」

 アレン王子が全て話す前に、口を閉じさせて飛鳥から距離を取る大翔。

「おい、何を言おうとした?」

「何って世良殿が空月殿を背負って帰った話しだが」

「それ、誰から聞いた?」

「ジン隊長からだけど」

「ジンさん、何てことを」

 大翔は、膝から崩れ落ちその場に手をついた。あの日のことはまだ言っていない。何となく恥ずかしくて言えていない。飛鳥も聞いて来ないので忘れたことにしようとしていた。

「どうかしたのかい? 世良殿」

「王子、頼むからこの事は飛鳥には言わないでくれ」

「それは、構わないけど。何故?」

「色々とあるんだよ。飛鳥も何を言い出すか分からないしな」

「じゃあ、黙っておく代わりに、僕の頼みを聞いてくれるかな?」

「何だ? その頼みって」

「まあ、いずれ話すよ」

「内容が分からないのは怖すぎるんだが」

「空月殿~、実は~」

「待て、分かった。その頼み聞いてやるから」

「ありがとう。それじゃあ、空月殿のところに戻ろうか」

 この件で、アレン王子のことが更に気にくわなくなった大翔だった。

「2人で何を話してたの?」

「いや、大したことは――」

「世良殿が空月殿への愛を僕に語ってきたんだよ」

「へっ?」

「おい、お前まじで、いい加減にしろよ」

 アレン王子の顔を見てみると、大翔が困っている様子を楽しんでいるようだった。アレン王子に殺意に似た感情を出していたが、先に飛鳥の誤解を解くことにした。

「飛鳥、今のは冗談だからな?」

「う、うん、わ、分かってるよ。大翔はそんなこと言わないって」

 言葉ではそう言っていた飛鳥だったが、顔は真っ赤になり頭からは湯気が出ていた。大翔が呼びかけるが反応が無い。

「おい、飛鳥? おーい」

 両肩を持って飛鳥を揺らすが、中々正気に戻らない。それを見ていたアレン王子は、

「いや~、やっぱり君達を見ていると面白いね」

「(こいつ、いつか覚えてろよ)」

 結局飛鳥が正気を取り戻してちゃんと話しをするのに、王様が来るギリギリまで掛かった。大翔の嫌な予感は別の意味で当たっていた。

 ギアード王が椅子に座り、アレン王子はその隣に立っている。何とか落ち着いた飛鳥もきちんとした表情になっていた。

「では、これより、真田殿、そして宝条殿の元の世界への帰還の儀式を取り行う。2人をこの場所へ」

 ギアード王の命令を受け、騎士達が2人を連れて来た。よく見ると2人の手には枷が付けられていた。もしもの時に備えて付けているのだろうか。2人を部屋の真ん中に立たせた。

「真田殿よ、今から其方を元いた世界に帰す。異論は無いな?」

「・・・はい」

「宝条殿も今から元いた場所に帰すが異論は無いな?」

「・・・・ねぇ」

「宝条殿?」

「俺は、負けてねぇ!」

 暴れようとする宝条を取り押さえる騎士達。怒りに満ちた表情でその場に居る全員を睨む。

「しかし、先の決闘で其方は空月殿に敗れたでは無いか。私自身この目で結果を見ている」

「あれは、何かの間違いだ! 負ける筈がねえ、俺が空月に負ける筈がねぇんだ!」

「もう、止めろよ宝条。俺達は負けたんだ」

「何言ってんだ、真田。あの決闘は無効だ。次やったら必ず俺が勝つ!」

「宝条、いい加減にしなさいよ」

「黙れ! お前は俺弱いんだよ! 隅っこでくるまって大人しくしてれば良いんだよ。1度勝った位で調子に乗るな!」

 飛鳥も最初は宝条の言葉を流していたが、ここまでのことを言われれば誰だって腹が立つ。我慢出来ずに、宝条に言い返そうとすると

「宝条、お前って小さい人間なんだな」

「何?」

 飛鳥よりも先に大翔が言葉を出していた。宝条は、大翔の方を向いてにらみつける。

「そもそもお前はすでに負けていたんだぞ? それを飛鳥を挑発して決闘を申し込み、そこでも負けた」

「だから、次にやれば俺が――」

「勝てねぇよ、お前じゃ。何度やってもな」

「・・・っ!?」

 大翔の気迫は、宝条の怒りを上回り、宝条は怯んでしまった。

「人のことを考えられないお前は、常に国の人の為を思っている飛鳥に心でも負けてることになる。勇者としてお前は完全に負けてるんだよ」

「・・・くっ」

 宝条は、自分でも分かっていたがその事実を受け止められなかった。だから、もう一度決闘をして今度こそ自分の力を見せつけたかった。怒り、暴れていた宝条だったが大翔に現実を教えられ何も言い返せなくなった。

 大翔も宝条の言動に対して我慢出来なくなっていた。大翔の怒っている姿を見たことガ

が無かった飛鳥は、少し信じられないでいた。

 宝条が大人しくなったことを確認したギアード王は、

「宝条殿も元の世界に戻ることに異論はないとし、儀式を取り行う。魔方陣の準備を――」

 儀式を始めようとすると、部屋の扉が勢いよく開いた。

「報告します! この城の中に黒い影のようなものが侵入してきました! まだ、被害は出ていませんが追い出そうとしても魔法も武器も効かない謎の存在です。1度お逃げ下さい!」

 騎士が報告してきた存在について知っている大翔と飛鳥は、急いでここにいる人達を逃がそうとする。

「王様、私はその影を少し知っています。ここから早く逃げて下さい」

「他の奴らもだ! 早くここから逃げろ!」

「空月殿、世良殿、一体何が起きているというんだ?」

「私達も上手く説明出来ないんです。だけど・・・」

「今から来るのは、王様あんたが話してくれた昔話に出て来る影だ」

「何だとっ!?」

 皆逃げ始めたが、すでに遅かった。その黒い影は、部屋の中に入ってきた。少し空中をさまよっていた影は、ある場所に狙いを定めて急降下する。飛鳥が魔法を放ったが当たらない。

 影が降りた先は宝条だった。影は、宝条の体の中に入り込むと宝条の様子がおかしくなった。苦しみ、暴れ出しそうになった宝条を抑えようと騎士達が近づこうとする。

「早く、そいつから離れろ!」

 大翔が声を出したときにはすでに遅く騎士達は全員吹き飛ばされていた。宝条からは黒い影が全身から出ていた。

「何だこれは? 力があふれて来やがる」

 影と同化した宝条は、狂戦士化状態の時よりも身体能力や魔力の量が上がっていた。ギアード王やアレン王子が狙われると思った飛鳥は、2人を守ろうとするが宝条の狙いは飛鳥だった。

 宝条の突進を受けた飛鳥はそのまま外に飛ばされた。すぐに、宝条も後を追う。

「飛鳥!」

 大翔も後を追おうとするが、宝条の攻撃で傷付いた騎士達も多い。ギアード王とアレン王子も気を失っている。飛鳥のことも心配だったが、先に残っている人達の安全の確保と傷の手当てをすることにした。

「飛鳥、無事でいろよ」


 宝条に吹き飛ばされた飛鳥は、城からかなり離れた街まで飛ばされていた。咄嗟に防御をしたが、想像以上の攻撃ですでにボロボロになっていた。

「ここは、・・・まずい早く離れないと、街の人達に被害が」

 飛鳥が落ちてきた時の衝撃音を聞きつけ、街の人達が集まってきていた。

「あれ? 勇者様じゃないか?」

「本当だ。でも、どうして空から?」

「よく見たらボロボロだ。何かあったのか?」

 次々とやってくる人達に飛鳥は伝える。

「皆さん! 早くここから離れて下さい! 危険な存在がここに向かってるんです!」

 必死に伝えるが、街の人達は本気で受け取っていない人の方が多い。せめて、自分がこの場所から離れようとする飛鳥だったが、すでに遅かった。

 空を見ると宝条が、飛鳥の方を見ている。ゆっくりと地上に降りてきて、飛鳥の目の前に立つ。不適な笑みを浮かべながら飛鳥に話しかける。

「悪いな、何だか力の調整が上手く出来なくてよ。思っていたより遠くに吹っ飛ばしたみたいだな」

「場所を変えるわよ宝条」

「場所? 変える必要無いだろ?」

「ふざけないで、こんな人が多い所で戦えないわ」

「ああ、なるほど。人が気になるのか。だったら」

「何をしているの?」

「ん? 人が居ない所にしてやるのさ」

「止めなさい! 宝条!」

 宝条は、右手を街の人々に向けて火の玉を放った。放たれた火の玉は、街の人達に当たるかと思われたが、間一髪飛鳥が防いでいた。今の状況がやばいことだとようやく理解した人達はパニックを起こし、我先にと逃げ出し始めた。

「流石、勇者様だ。よく防いだな」

「・・・何考えてるのよ」

「いや~、人が気になるなら全員殺してしまえばいいかと思ったんだよ。俺なりの気遣いってやつさ」

「あなたがそこまで腐っているなんて思わなかった」

「確かに、空月に比べれば俺なんか腐っていると言われても仕方が無い存在だな。こんなんじゃ勇者になれる筈無い」

「宝条・・・」

「だからさ、見せてくれないか。本当の勇者ってやつをよ!」

 宝条は、逃げ惑う人達にまた魔法を放った。それを、また間一髪で防ぐ飛鳥。

「さあ、まだまだ、行くぜ。楽しませてくれよ? 空月」

 宝条の不適に笑う顔を決して許さないという鋭い目つきで飛鳥は見ていた。


 飛鳥が宝条と対峙している頃、大翔は全員を安全な場所に移し応急処置を終わらせていた。いざ、飛鳥と宝条の場所に向かおうとしたとき

「待ってくれ」

 誰かから呼び止められた。一体誰なのか振り返ると傷を抑えた真田がいた。真田も宝条が黒い影と同化した時に傷を負っていた。

「悪いけど、今、急いでるんだ」

「分かってる。あの変なのに取り憑かれた宝条と戦っている空月の所に行くんだろ?」

「怪我人を一緒に行くことは出来ないぞ」

「ああ、それは自分がよく分かってる。だから、僕の魔法を使ってくれないか?」

「魔法を新しく覚えてる時間がない」

「普通の魔法ならね。でも、僕はこの魔道具を使って出しているんだ」

 真田は、ポケットから銀色の腕輪を取り出し、大翔に見せた。

「これがあれば魔法で弓矢が出せる。君なら使いこなせるんじゃないかい?」

 大翔は、何も言わず腕輪を手に取り自分の腕にはめた。そして、そのまま飛鳥の所に向かった。

「ありがとう」

 大翔はその場にもういなかったが、真田はお礼を言った。


 飛鳥と宝条がいる場所からは、人が居なくなっていた。殺されたわけでは無く、人々が全員逃げるまで飛鳥が守り抜いたからだ。

「いや~、恐れいったぜ。まさか、全員守りきるとはな」

「はあ、はあ・・・」

 飛鳥はすでに満身創痍の状態だった。人々を守りながら戦っていたため、隙を突かれて攻撃を受け続けていた。それでも、飛鳥の心はまだ折れて無かった。体中に痛みが走るが気持ちを強く持って立っていた。

「これで、ようやくあなたに集中して戦えるわ」

「随分と威勢がいいが、体はふらついているぞ? もう立っているのもやっとなんじゃ無いのか?」

「あなたと違って毎日鍛えてるの。このくらいどうってこと無いわ」

「そうか。だったら、遠慮無く行くぜ!」

 飛鳥が構えるよりも早く攻撃を仕掛ける宝条。溝に1発入れた後、そのまま蹴り飛ばす。飛鳥は、蹴り飛ばされた勢いで建物の壁を突き破って中で倒れる。

「がはっ!」

「おーい、まだ生きてるか? まだ、大丈夫だよな?」

 建物の外から宝条が呼びかける。飛鳥は、何とか立ち上がり刀を手に取って構える。まだ、建物を壊した影響で土煙が巻き上がっている。相手から見えない状況を利用して斬撃を放った。

「夏空・<<一陣の雨>>」

 水の斬撃は、宝条に直撃し飛鳥も手応えを感じていた。しかし、

「やっぱり、生きてたか。返事くらいしたらどうなんだ?」

 宝条には、かすり傷1つすらついていなかった。

「くっ、全然効いてない」

「何だ? 何かしたのか? 悪いな気付かなかったよ」

 宝条は、飛鳥にゆっくりと近づいていく。逃げようとするが足の痛みが酷く動けない。

「どうした? 動けないのか? それじゃあ、俺が手伝ってやるよ」

 宝条は、飛鳥の腕を掴むとそのまま建物の外に放り投げた。飛鳥は、上手く受け身が取れずに地面に叩き付けられた。あまりの痛みに声も出せない。

「どうだ、やっぱり外の方が気持ち良いだろ? 残念ながら今日は曇りみたいだけどな」

 飛鳥は諦めずに体制を立て直そうとするが力が上手く入らない。

「あれだけ威勢の良いことを言っていたのにもう終わりか? 情けない勇者だな」

 意思の折れていない飛鳥は鋭い目つきで睨むが、宝条は少しも気にする事無く近づいていく。

「分かったか? お前は俺より弱いってことが。まあ、十分頑張ったんじゃないか? 褒めてやるよ、ここまでやれたこと。だから、もう死ね」

 宝条を覆っていた影から斧が形作られて、宝条の手に渡る。その斧を高く振り上げて飛鳥に狙いを付ける。

「あばよ」

 斧を振り下ろそうとした瞬間、何かが飛んできたのに気付き、斧を防御に回した。辺りを見回すが誰もいない。

「誰だ! 出て来やがれ!」

 宝条が大声を出すが返事は帰ってこない、代わりに来たのは魔法の矢だった。タイミングをずらしながらやってくる矢を斧を使って落としていく。

「この魔法は、真田か。どういうつもりか知らないが邪魔するなら殺してやる」

 次々と放たれていた矢が急に息を潜めた。宝条は、警戒を強めて後ろから来てると感じ

「後ろか!」

 と振り返り斧を振る。しかし、魔法の矢こそ飛んで来ていたが、後ろには誰もいなかった。

「残念、前だよ」

 気が付くと宝条の懐に大翔が潜り混んでいた。慌てて防御を取ろうとするが

「遅いな、<<空弾くうだん>>」

 大翔の攻撃の方が早く、拳から出された衝撃波で遠くの方に吹っ飛んだ。

 飛鳥は、自分が勇者だからと色んな人を守ってきたが誰かに守ってもらったことは無かった。そんな飛鳥の目の前に現れた大翔は、とても大きな存在に見えた。

「悪いな、来るの遅くなって。1人であいつと戦ってたんだろう? しかも、街の人達を守りながら」

「ひ・・・ろ・・と?」

「おう。頑張ったな飛鳥、後は任せろ」

 飛鳥は、宝条がどれほど強くなっているのか身に染みて感じていた。だが、目の前にいる大翔は不思議と負ける気がしないと感じていた。この戦いで飛鳥は、大翔の訪問者としての力を知ることになる。


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