第13章 夢

 闘技場から飛鳥を背負って帰って来た大翔は、飛鳥を部屋に連れて行き、大翔も自分の部屋に戻りそのまま眠りについた。

 眠りについた筈の大翔の意識は何故か、はっきりとしていた。目を開けると知らない場所にいた。正確には、1度来てはいるが名前やどういった場所なのかを知らない。そう、大翔が異世界で目を覚ます前に来た不思議な場所である。

 どうしてこの場所にいるのか考えていると、後ろから声が聞こえてきた。大翔は、後ろを向き声の正体が誰なのかを確かめた。すると、そこにはあの少女がいた。笑いながら大翔の方を見ている。

「久しぶりって言えば良いのか? ここって俺の夢なのか?」

 少女は、首を横に振る。

「そう言えば、声が聞こえなかったんだっけ?」

 大翔の声はやはり届いているようで、少女の顔は寂しそうな表情だった。

「えっと、一応何か話してくれないか? もしかしたら、聞こえるかもしれない」

 少女は、頷くと口を開いた。

「私の声聞こえる? 君とお話がしたいな」

「あれ? き、聞こえる」

「本当?」

「ああ、本当だ。しっかり聞こえてる」

「やったーー!!」

 少女は嬉しさのあまり大翔に抱きついて来た。不意に抱きつかれた大翔は少しの間、固まっていた。正気を取り戻し、1度少女に離れて貰う。

「そ、それで、君は一体何者なんだ? どうして俺をここに?」

「えっと、君を・・・じゃなくて、えっと・・・」

「ん? もしかして俺の名前を知りたいのか?」

「名前? そう、名前を教えて!」

 随分な食いつきに驚く大翔。少女が、また近づいて来たので離しておく。

「俺の名前は、大翔。世良大翔だ」

「ひ・ろ・と、大翔。うん、覚えた」

「それで君の名前は?」

「私の名前?」

「分からないのか?」

「う~ん・・・」

 どうやら本当に分からないらしい。自分の名前を必死に思い出そうとする少女。そんな少女を見ていたら、ふと、ある名前が頭の中に浮かんできた。

「りん・・・ね?」

 少女は、はっとした表情で大翔を見て

「そう、リンネ。私の名前はリンネ!」

「待て、待て。今のは俺が勝手にだした言葉だろ? それが、君の名前と一緒だったなんてそんな偶然・・・」

「ううん、私の名前はリンネ。きっとそうなんだよ」

 大翔自身、不思議だった。どうして急にこの名前が出て来たのか。当の本人は、自分がリンネという名前だということを疑っていない。これ以上悩んでも仕方ない事だと思い、少女のことをリンネと呼ぶことにした。

「それじゃあ、リンネ。話しを元に戻すけど君は一体何者なんだ?」

「大翔は、もう知っている筈だよ」

「世界の中心、始まりの樹?」

「うん、正解」

「それじゃあ、ここは何処なんだ? 俺、別の場所で眠ってた筈なんだけど。まさか、俺の夢の中って訳じゃないよな?」

「えっと、半分正解かな。ここは、大翔の意識と私の意識を繋げた場所で、大翔が夢を見る時はこの場所に来ることが増えると思う」

「そうなのか」

「迷惑かな?」

 リンネは、大翔の様子を恐る恐る見ながら聞いてくる。

「いや? むしろ、俺の方こそそんなにここに来ても良いのかって感じだけれど」

「全然! 全然良いよ! いつでも来て!」

「あ、ああ。そんなしょっちゅう夢を見る訳じゃないから、いつ来れるかは分からないけど」

「それでも良いよ。私、ずっと1人だったから・・・」

「過去に誰か来たりしなかったのか?」

「来たことある人はいるよ? でもね、私のこと上手く認識出来ない人が多くて怖がる人もいたの」

「俺にはそんな風に見えなかったけどな」

「うん。だから、君が、大翔が私のことをちゃんと見てくれた時は、それだけで嬉しかったんだ。話すことも出来たら良いなとは思ってたんだけど」

 始まりの樹は、世界の中心だと聞いていたから勝手に大きな存在だと思っていた。しかし、実際は意思を持ちながらも誰とも話せず、自分を認識して貰えないでいる存在だった。大翔は、自分が思っていた始まりの樹、リンネの存在を認識し直した。

「リンネ、何かやりたいことはないか?」

「やりたいこと?」

「そうだ。ずっと1人だったんだろう? 1人じゃ出来ないこと一緒にやろうぜ?」

「でも、大翔は私に聞きたいことがあるんじゃないの? この世界のこととか」

「ああ、この世界のことを知りたい。だから、リンネと話したり遊んだりして世界の事を知っていくさ」

 リンネの中に知らない感情が芽生えていた。ずっと1人だったリンネに楽しいや嬉しいという感情があふれ出していた。リンネの目には、嬉しさから涙が溜まり一粒頬を伝って下に落ちていった。

「あれ? ごめん、何か変なこと言ったか俺?」

「ううん、違うの。嬉しくて、こんなにも嬉しいことがあったのは初めてだったから・・・」

「そっか。それじゃあ、リンネの期待に応えられるように頑張るとしますか」

「無理したらダメだよ?」

「これからするのは、楽しいことだ。無理してやることじゃないよ。だから、ほら」

 大翔は、リンネに手を差し出す。リンネも少し戸惑ったが差し出されたてを握った。それから、大翔とリンネは遊び尽くした。夢の世界ということもあり、想像すれば大体のものは具現化された。散々遊んで休憩をしていた。

「いや~、夢の中でも疲れるんだな。知らなかった」

「正確には、半分が夢だからね」

「難しそうだから考えるのは止めておこう」

「ふふふっ」

「遊びに夢中で気が付かなかったけど、現実の俺ってどれだけ寝てることになってるんだ?」

「心配しなくても、現実では丁度太陽が昇り始めるころだよ」

「そうか、それは良かった」

「ありがとう大翔。今日の思い出大切にするね」

「何だか、悲しい言い方だな。俺もうここに来たらいけないのか?」

「そんなことない! ・・・でも、また会えるかなんて分からないから」

「会えるさ。だから、今度は何をして遊ぶのか考えとけよ」

 大翔は、リンネの頭を優しく撫でた。大翔の優しさを感じた、リンネの表情は嬉しさで自然と笑みがこぼれていた。

「そろそろ、時間みたいだね」

「ん? うおっ!? 体が消え始めてるぞ。どうなってるんだ?」

 大翔の体は、足先から徐々に消え始めていた。

「大丈夫、落ち着いて。大翔の意識が自分の体に戻ろうとしているだけだから」

「そ、そうか。なら良いけど」

「あのね、大翔」

「どうした?」

「私もね、この世界で何か起きてるのか、詳しくは知らないの。だから、大翔の知りたいことは教えられな――」

「そういえば、リンネにはそういう話しを聞くつもりだったんだな。すっかり忘れてた」

「えっ?」

「別に、そんな話し無くても遊びに来るからそんな不安な顔するなよ」

「うん、分かった」

 大翔の体が半分ほど消えて、あと少しでこの世界から離れそうになった時

「大翔、何か嫌な予感がする。気を付けて」

 大翔は返事をしようとしたが、口が消えていたため言葉で返せなかった。言葉で返せなかったが手が残っていたので親指を立てて『大丈夫』という意思を伝えた。大翔の体は、半分夢の世界から完全に消えた。

「大翔、どうか無事でいて」

 大翔が消えた場所をリンネは見ながら、無事を祈っていた。

 大翔が目を覚ますと、見慣れた天井があった。本当に、夢の中でリンネに会っていたことを思い出す。何があったのかハッキリと覚えている。

「はしゃぎすぎだろ、俺」

 リンネと遊んでいたことを思い出し、自分の行動を反省した。

「でも、リンネが楽しそうだったから良しとするか」

 リンネと出会ったことで、認識を改めることになったが、新しい謎も出て来た。そして、最後に聞いたリンネの言葉

「嫌な予感がする・・・か。一体何が起きるっていうんだ?」

 多くの予想を立てて頭を悩ます大翔をよそに、太陽はゆっくりと昇っていき一日の始まりを告げていた。

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