自分、みいつけた
大田康湖
1.河原の青年
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1985年2月14日
チヨー、聞いてよ、私の涙の物語……。
私、
3年越しの片思い、『リッチ』特製のチョコクレープ持っていったのに、
「これ、受け取れないんだ、ごめんね」
だって。
そりゃ私だって史人君と
悔しいから自分でクレープ食べちゃった。
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翌日の夕方。二人のセーラー服姿の女子高生が自転車を漕いでいる。一人は長身のボブ、一人は小柄でロングの二つ結びだ。
「ダッコ、だから史人君はやめた方が良いって、あれほど言ったのに」
自転車のペダルを踏みながら、ボブの少女、
「チヨは良いじゃない、
「ダッコなら他にもいい人、いくらでも見つかるわよ」
「嫌よ、史人君以上に素晴らしい人がいるなんて思えない」
「それなら史人君一筋に生きれば良いでしょ」
「何よその言い方。もう『リッチ』の割引させてあげないから」
定子はペダルに力を入れてやちよの前に出た。
「あ、待ってよ、ダッコー! 」
ここは河原の見通しのいいサイクリングコースなので、スピードを出してもぶつかる可能性は少ない。ところが定子が急ブレーキをかけたので、追いかけるやちよは、危うく定子の自転車にぶつかるところだった。
「どうしたの? 」
やちよの問いには答えず、定子は自転車を止めると、土手を一目散に駆け下りていった。それを目で追ったやちよは、定子が目指しているものが何であるかを知ると、自分も自転車をほっぽり出して土手に飛び出した。
やちよが河原に出た時には、すでに定子は、目指していたもののそばに座っていた。
それは、20歳くらいの青年だった。気を失ってるらしい。濡れてないので川で溺れたのではないようだ。スーツを着ているが、ネクタイは締めていない。身長は170㎝のやちよと同じくらいに見える。
一方、定子の方は、なんとかして青年の目を覚まさせようとしていた。何度も体を揺さぶった後、青年はようやくうっすらと目を開けた。その目を見た瞬間、定子の心にその目は焼き付いた。それは、長めのまつげによく似合っていた。
「あなたですか。僕の目を覚ましてくれたのは」
「ええ」
定子は、頭の芯からぽおっとなってしまい、一言こう答えただけだった。
「そうですか。それにしても、一体僕はどうしてこんな所に……」
青年は二人の顔から目を離すと、辺りを見回す。
「一体ここは、どこですか」
青年の問いに答えようとするやちよの口を押しとどめて、定子が言った。
「
「聞いたこともありません」
青年はそうつぶやくと身を起こし、遠くを眺めるような目つきをした。
「そんなことよりも……僕はどこに住んでるんだろう……名前は、何というのだろう……」
青年のつぶやきを聞くと、二人はほとんど同時に声をかけた。
「もしかして、記憶喪失じゃ」
青年は頭を抱え込んだ。
「そうかもしれません……でも、そんなまさか……これから僕はどうすれば……」
「私、定子といいます。こちらは友達のやちよ。私たちにできることがあるなら遠慮なくおっしゃってください」
定子はもう無我夢中だった。
(この人のためなら、どんな事でもしてあげたい)
そんな気持ちの中で、史人のことは頭の片隅に追いやられていた。
「私の家、喫茶店なんです。そこでゆっくり考えましょう」
「賛成。もうすぐ日も暮れるしね」
やちよも同意し、自転車の所へ歩き出した。
喫茶店『リッチ』。「
「『リッチ』特製チョコクレープ。おいしいですよ」
青年は、定子の言葉にうなずきながらコーヒーカップに手を伸ばしたが、一口飲むと慌ててカップを置いた。苦かったようだ。
「お砂糖とクリーム入れますか」
やちよの問いかけに、青年は答えた。
「やちよさんにお任せします」
青年は定子がクレープを食べるのを見て、ぎこちなくクレープを手に取った。やちよが定子に尋ねる。
「でも、これからどうするの」
「さあ……。警察に捜索願が出てないか聞いてみるとか」
「ちょっと、ダッコ! そんなの無責任よ」
やちよの声に驚いた青年は、クレープのチョコクリームを盛大に口に付けてしまった。
「ごめんなさい」
やちよはあわてて紙ナプキンを差し出す。定子は席を立つと、カウンターで働く両親の所に向かった。しばらく話し合っていたが、やがて戻ってきた。
青年は定子の姿を見ると席を立とうとしたが、定子がそれを押しとどめた。
「待ってください。両親が、話があるそうです」
-定子とやちよの交換ノートから-
ダッコ、今日はまるで史人君のことなんかどっかへ行っちゃったみたいじゃない。
それにしても、うまくやったわね。でも、あまり熱を上げすぎないことよ。記憶が戻ったら、ちゃんと恋人がいたって泣きついてきても、私もう知らないからね。
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