公爵家の茶会 その4

 翌日の十四時。マウアー公爵夫人、ノエラが主催する茶会は予定通りに開催された。

 

 朝も早くから続々と招待客が到着し、昼を過ぎた頃にはすでに客間は人で溢れていた。

 本日開かれるのは、あくまで茶会である。というわりには人数が多すぎた。すでに前日入りしていた者たちを合わせると、ざっと50名を下らない人数が詰め掛けていたのだから。


 風光明媚な観光都市として有名な領都ヴァレット。その中心に佇む自然あふれるマウアー邸の庭園は噂にたがわぬほどに美しい。

 そこへ膨大な手間と時間、そして金をかけて整えられた、よもやパーティー会場かと見紛うような茶会の場。そこへ定刻の10分前にリタが姿を現した。


 前をルイーズに先導されて、後ろにミュリエルを従えてリタが会場へ入っていく。その途端に周囲の視線が集まってきた。

 「ムルシアの魔女」とあだ名されるように、今では魔術の才能ばかりが注目されるリタではあるが、周囲の反応からもわかるとおり未だその美貌は健在だった。


 とはいえ、現在妊娠三か月。ここ最近はお腹のふくらみが目立ち始めてきたリタである。そのため今日の装いは、庭園の緑に映える鮮やかな薄青色のややゆったりとしたドレスだった。

 腹部に負担がかからぬよう、胸の直下、高い位置でウエストを絞り込んだデザインは意図せず自慢の胸を強調し、経産婦でありながら未だ十代半ばと思しき童顔とあわせて、まさに「ロリ巨乳」を具現化していた。


 それに男たちは好色そうな視線を注ぎ、女たちは嫉妬交じりの顔を向ける。それらへリタが素知らぬ顔で挨拶を返した。


「ごきげんよう、皆様」


 告げながらゆっくりと周囲を見渡す。

 背に定規を入れたようなまっすぐに伸びた背筋と微動だにしない頭。その姿はまさに完璧な淑女だった。


 派閥が異なるリタにとって、この場は完全にアウェーである。

 けれどまったく動揺を見せることなく、顔に満面の笑みを張り付けたまま再びしゃなりしゃなりと歩を進めると、用意された席へとゆっくり腰を下ろしたのだった。



「あらリタ様! ごきげんよう、お久しぶりですわね!」


 隣の席から唐突に声がかけられる。見ればそれはコロー侯爵家夫人のヴェロニクだった。

 面長で馬に似た顔の彼女は決して美人とは言えないが、朗らかで嫌味のない性格は誰からも好かれるものである。


 それはリタも例外ではない。類稀なる美しい容姿と魔法の才。そして恵まれた嫁ぎ先のためにリタへ嫉妬する女は多かった。けれどヴェロニクだけは普通に接してくれた。派閥の違いすらも気にせずに。

 他の者のように居丈高に振舞うでもなく、家の力を恐れてへりくだったりもしない。裏も表もなく、ひたすら一人の人間として親交を温めてくれたのだ。

 

 そのヴェロニクも、リタ同様に格下の伯爵家から嫁いできた苦労人だった。それでも自身のことは横へ置き、妊娠中のリタをあれこれと気遣ってくれた、言うなれば「理解のある先輩ママ友」といったところか。

 そんな友人に対して、リタは心からの笑みを返した。


「ごきげんよう、ヴェロニク様。ご無沙汰しております」


「本当にご無沙汰ですわよねぇ。これまでもお手紙はやりとりしてましたけれど、実際にお会いしたのは……」


「娘が生まれる前でしたから……一年と少し前でしょうか」


「あら、いやだ。もうそんなになりますのね。時が経つのは早いものですわ」


「同感です。特に子供が生まれてからは顕著ですわ。そういえばお子様――マルタン様は今年で3歳になられたのでしたわね。随分と大きくなられたことでしょう」


「えぇ、それはもう! 暴れん坊で、付いて回るのが本当に大変なの。それに比べてリタ様はいいですわねぇ。お淑やかな女の子で」


「うふふ。そうでもございませんわよ。誰に似たのか、うちのミーナも落ち着きがなくって。間違いなく将来はお転婆娘になりますわ。先日だって――」


 古今東西、今来古往。いつの世も子を持つ母が集まれば、我が子の話で盛り上がる。これは古代から脈々と続くことわりであって、いまさら変わることはなかった。

 そんな二人が子供の話題で盛り上がっていると、本日のホスト――マウアー公爵夫人の開会の宣言が会場内に響き渡った。


「本日はご出席いただきまして、誠にありがとうございます。皆様方には――」




 会場の装飾から客の人数に至るまで、どうしたってなにかしらのパーティーにしか見えない。けれどこの場はやはりカジュアルな茶会以外の何物でもなかった。

 ホストからのお決まりの口上が終わった途端に、その場は飾らない雰囲気に満たされたのだった。

 

 とはいえ、やはり通常の茶会とは大きく異なっていた。

 普通は人数が少ないために、ゲストとホストの挨拶は一瞬で終わる。というよりも、この両者が同じテーブルに着くのが当たり前なので、改めて挨拶する必要がなかった。


 しかし今日の茶会は人数が多過ぎるがゆえに、招待客たちは順にホストが回ってくるまで席を立つことができない。

 会場へ着いた際に入り口でノエラとは二言三言交わしている。しかしそれを以って挨拶に代えることができずに、改めて挨拶を交わさなければならないのだ。


 なんとも無駄で面倒な決まり事だと誰もが思う。しかしこれが貴族社会のしきたりである以上は守らなければならなかった。

 もちろんリタも同じである。ノエラとは昨日から幾度となく顔を合わせているにもかかわらず。

 

 見たところ順番はかなり後になりそうだった。なのでリタが再びヴェロニクと雑談を交わしていると、同じテーブルの他の婦人たちが話しかけてくる。


「お初にお目にかかります。わたくしはレッツェル伯爵家の――」


「あなたがリタ夫人ですのね。お噂はかねがね――」


 顔に笑みを張り付けて話しかけてきた二人であるが、リタにとっては初対面である。もちろんその逆も同じだ。けれどリタは、まるで旧知の仲であるかのように満面の笑みで受け答えする。

 そうして毒にも薬にもならない会話を続けること暫し。ようやくノエラが挨拶に回ってきた。


「ようこそおいでくださいました。今日は時間が許す限りお楽しみいただければと存じます」


「改めまして、この度のご招待に謝意を述べさせていただきます。夫人におかれましては――」


 限られた時間の中で全員に声をかけなければならない。そのためノエラはリタにも判で押したような言葉を告げる。

 もっともリタは昨夜の食事会で夫人と十分に話をしていたので、今さら新たに告げることなどなにもなかったのだが。



 そうこうしているうちにノエラの挨拶も終わり、やっと自由な時間になった。

 他のテーブルに移動して知り合いと話し始めたり、夫婦でゆったりと茶を飲んだりと、それぞれが思い思いに茶会を楽しむ。

 

 けれど相変わらずアウェーなリタは今一つ楽しめない。

 唯一の知り合いであるヴェロニクは、同じ派閥の仲間たちに捉まってしまった。そのためリタは、ぽつりと一人で壁の花と化さざるを得ない。 

 どこか気の抜けた顔でリタが遠くを見つめる。その背へ専属メイドのミュリエルが声をかけてきた。


「あの、リタ様。一つお訊きしてもよろしいですか?」


「なにかしら?」


「今日ここにいる方々は、すべてマウアー公爵閥の方たちなのですよね?」


「見たところそのようね。そうでないのは私だけかも」


「そもそもなのですが、どうしてリタ様はここへ呼ばれたのでしょうか? 他の方々と親交を深めさせようとか、紹介したい方がいるだとか、そんな目的でもなさそうですし……」


 怪訝な顔でミュリエルが疑問を口にする。

 それへリタが唇を尖らせながら答えた。


「やっぱり貴女もそう思うわよねぇ? 実は私もそう思っていたのよ。派閥の違う私なんかをわざわざヴァレットくんだりまで呼び出しておきながら、いざ茶会が始まってもなにもなし。私がここにいる意味ってなにかしら?」


「そうですよね。私にも意味がわかりません」


 リタとミュリエルが揃って首を傾げてしまう。 

 リタを招待したのはノエラ自身である。にもかかわらず、知り合いのいないリタが退屈そうにしていてもまったくフォローをしようとしないのだ。

 普通ならば一人でいる者に声を掛けたり、話題を振ったり、別のグループへ紹介したりとホストが気を配るところだろう。しかしリタは完全に放置プレイをされていた。

 

 もっとも客の中にはリタへ近づきたい者もいた。

 それは主にリタの容姿に心奪われた若い男だったのだが、夫人同伴の彼らにはさすがに近づきたくても近づけない事情があった。

 

 そんなわけで、遠路遥々やって来ながら暇を持て余したリタが仕方なく茶をがぶ飲みしていると、突如「パンパン」と手を叩く音が聞こえてくる。

 そして直後に朗々と声が響き渡った。



「盛り上がっているところを恐縮ですが、ここでちょっとした余興を披露したく存じます。少々お時間をいただけますと幸いです」


 会話をやめた客たちが一斉に声の主へ視線を向ける。

 そこにはノエラがいた。その彼女が周囲の注目に満足そうな笑みを浮かべながら再び口を開いた。


「皆様もご存知の通り、本日はムルシア侯爵家よりリタ様にお越しいただいております。リタ様と言えば、今や『ムルシアの魔女』とあだ名される、国を代表する魔術師なのはあまりに有名」


 変わらず朗々と響く声。それを聞くや否や、周囲の視線がリタに集まる。

 唐突な名指しと突き刺さる視線に思わずリタがポカンとしていると、さらにダメ押しとばかりにノエラが告げた。


「これから披露する余興は、そのリタ様にご協力をお願いしたく存じます。内容は『魔術の模擬戦』。模擬戦ゆえにもちろん一人ではできませんので、そのお相手を当家の魔術師が務めさせていただきます」


 聞くなり客たちがざわめき始める

 それまで静かに、そして興味深げにノエラの言葉を聞いていた彼らだが、内容を聞いた途端に興奮が会場を包み込んだ。


「おぉ! 魔術など見たことがないぞ! これは面白そうだ!」


「まぁまぁまぁ! とても興味深いですわね!」


「なんだか面白そう。わくわくするわ」


 などと客たちが好き勝手に発言する中、ただ一人だけが大きく口を開けたままだった。


 もちろんそれはリタである。

 言葉は理解できるが意味が理解できない。降って湧いた現実に、どう答えたらいいのかわからぬまま、彼女はたった一言こう告げた。


「はぁ?」


 これまでも類まれなる美貌を散々褒め称えられてきた彼女だが、このときばかりはどこからどう見ても、まるでアホのような間の抜けた顔にしか見えなかった。



―――――――――――――――――



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全国の主要書店、またはネット通販にてお買い求めいただけます。


また11月17日より電子書籍版も発売になりました。

こちらも主要電子書籍サイトにてお読みいただくことができます。


おまけとして、懐かしい幼女時代のリタの書き下ろし短編小説も付いていますので、この機会にお手に取っていただけますと幸いです。


詳しくは近況ノートをご覧ください。

https://kakuyomu.jp/users/chikuwa660/news/16817330667153633639


よろしくお願いいたします。


黒井ちくわ

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