第278話 全力でしばき倒して差し上げる

「さぁ皆さん、剣をお捨てになって。そして降伏するのです」


 突如告げられたリタの言葉。

 それは誰もが耳を疑うものだった。

 

 それもそうだろう。

 優に5倍を超える数のアストゥリア兵を、見事に彼らは全滅させていたのだ。

 しかも味方に一人の怪我人を出すことなく、まさに完勝だった。

 確かにその殆どは巨人たちがやったことではあるが、それでもファルハーレンの一行は勢いに乗っていた。


 まるで人智の及ばない、半ば神話の世界の巨人たち。

 その強さは異次元という他なく、どう逆立ちしても普通の人間が太刀打ちできる相手ではなかった。

 さらにその凄まじい戦いぶりは、最早もはや一国の軍隊すら相手にできそうだ。

 いや、冗談抜きで国そのものを滅ぼすことだってできるかもしれない、などと思わず本気で思ってしまうほどだった。



 さらにそれらを呼び出した、若き女魔術師のリタ。

 巨人たちの陰に隠れていたが、冷静に見れば彼女自身の強さも相当なものだ。

 魔術師特有の冗長な呪文を唱えることなく攻撃魔法を連発し、しかもその威力はかなりのものだった。


 そしてリタの師匠と言われる魔術師も呪文を唱えず魔法を放っていたし、護衛役のラインハルトも達人級の剣技を誇る。

 これだけのメンバーが揃っている以上、今や彼らは負ける気がしなかった。

 たとえ相手がアストゥリア軍本隊だったとしても、間違いなく全滅させられるだろう。


 突如現れて、彼らを取り囲んだ集団。

 恐らく何処かの国の軍隊だと思われるが、その数は100名にも満たない。

 それはたった今屠った相手――アストゥリア兵よりもさらに少ない人数で、そこに負ける要素など全く見当たらなかった。


 にもかかわらず、リタは降伏すると言うのだ。 

 これにはさすがの仲間たちも苦言を呈してしまう。



「何を言っているんだリタ嬢。取り囲まれているとは言え、この人数であれば軽く蹴散らせるはずだ。現にアストゥリア兵だって、あんな簡単に――」


「ルトガー隊長……それ本気で言ってますの? 見てごらんなさい、あの軍服を。彼らが何処の国の者たちなのか、貴方にだっておわかりでしょう?」


「……」


 その沈黙は何を意味しているのだろうか。

 しかし仮にも一国の近衛騎士団副団長を拝命するほどの者が、よもや近隣国の軍服を知らないとは思えなかった。

 そのためリタは、敢えてその名をうそぶいた。 


「貴方もご存じのとおり、あの軍服はブルゴー王国のものですわ。話によればの軍はこちらへ向かってきているとか」


「あ、あぁ、そ、そうだな。あれはブルゴー軍に間違いない。 ――そ、それにしては、随分と到着が早すぎる気もするが……」


 何故か突然汗を拭き始めるルトガー。

 しかしリタは何も見ていないかのように涼しい顔をした。


「恐らく彼らは先遣隊なのでしょう。偵察を兼ねて本隊から先行していたところ、たまたまここでわたくしたちを見つけた。 ――まぁ、そんなところかと思いますわ」


「そ、そうだな。そんなところか……うん……」


 何気にしたり顔のリタがルトガーとコソコソ話していると、その横からラインハルトが口を挟んでくる。

 その顔には盛大に怪訝な表情が浮かんでいた。



「はぁ? たまたま見つけただと? なにふざけたこと言ってんだ、このやろう。 ――さてはお前、端からブルゴーと接触する気だったろ? あのデカブツを呼び出したのも、派手に暴れさせたのも、全て奴らに見つけさせるためだったんじゃねぇのか?」

 

 そう言いながらラインハルトが、今やピクリとも動かなくなったストーンゴーレムを指さす。

 するとリタは、とぼけたような顔をした。


「……さぁ、なんのことやら、さっぱりわかりませんわね」


「そもそもおかしいと思っていたんだ。アストゥリアの奴らを屠るだけなら、もっと簡単な方法だってあっただろうに。それなのに敢えて巨人どもに暴れさせたのは、何か別の目的があったとしか思えん」


「何を仰っているんですの? あまりに買いかぶりが過ぎましてよ」


「ふんっ、何とでも言え。 ――あんなクソでかい兜頭が派手に空に突き出てりゃあ、誰だって気づくだろうよ。そんでもって、あの音と地響きだ。嫌でも様子を見に来るに決まってる。 ――お前、わかっててやったろ?」


「……さぁ?」


 視線鋭いラインハルトの追求を、ひたすらとぼけ続けるリタ。

 決して視線を合わせようとせず、下手くそな口笛を吹き続ける。

 するとそんな彼らに向かって、再び警告が発せられた。


 

「な、何をコソコソと話している!! い、いいから、早く武器を捨てろ!! 従わなければ……み、皆殺しに……するぞ!! ほ、本気だからな!!」


 何故か盛大に噛みまくる、ブルゴー軍の隊長。

 口では勇ましいことを吠えながら、そのじつ彼は完全に腰が引けていた。

 いや、それどころか周囲を取り囲むブルゴー兵たちも、一人の例外なく恐怖に顔を染めていたのだ。


 もっともそれは無理もなかった。

 3倍を超える人数で取り囲むこの状況は、普通であれば絶対的に有利だろう。

 にもかかわらず彼らが震えていたのは、傍らに佇む三体の巨人のせいだった。


 実のところブルゴー軍は、暴れまわるファルハーレン一行を発見したものの、声をかけるのを躊躇ためらっていた。

 何故なら、その様子があまりに異様だったからだ。


 兵士と思しき者たちを、無慈悲にミンチに変えていく謎の巨人たち。

 逃げ惑う兵たちを、斬り裂き、吹き飛ばし、踏み潰していくその様は、思わず足が竦むものだった。


 その光景を見たブルゴー兵たちは「こいつら絶対ヤバいやつじゃん!! かかわっちゃダメ、絶対!!」などと思ったのだが、屠られているのがアストゥリア兵だとわかると考えを改めた。



 敵の敵は味方。

 それは一概に正しくないのかもしれないが、それでも宿敵アストゥリア兵を襲っているのだから、少なくとも敵ではないはずだ。

 とは言うものの、相手の正体が全くわからない以上、ここは高圧的に出るべきか。

 恐らく彼らは従わないだろうが、その場合は一度退却して本隊の到着を待つのも手だろう。

 

 などと思ったブルゴー軍は、まさに決死の覚悟で声をかけたのだ。

 震える口で、必死に降伏勧告を叫ぶブルゴー軍先遣隊隊長。

 その彼に向かって、リタは答えた。


「承知いたしました。そのげんに従いまして、我々は投降いたします」

 

「へっ?」


 自分から降伏勧告をしておきながら、まるで意味が分からないと言わんばかりのブルゴーの隊長。

 今やその口をポカンと開けたまま動きを止めていた。

 すると尚もリタが告げる。


「聞こえませんでした? ですからわたくしたちは投降すると申し上げているのです。 ――それとも抵抗をお望み? もしそうなら、容赦なく暴れまわるのもやぶさかではありませんわ。きっと無事では済みませんけれど、それでもよろしくて?」


「えぇ!?」



 まるで脅しのような言葉に、ふと隊長は我に返る。

 そして降伏勧告しているはずが何故か逆に脅されていたという、少々理解しがたい状態に軽く眩暈を覚えてしまうのだった。


 そんな中、リタの合図によってファルハーレン一行が次々に武器を捨てていくと、健気にも隊長は場を仕切ろうとした。


「よ、よし、いいぞ!! そのまま武器を蹴って遠ざけろ……な、何をしている? お前たちもだ、は、早く捨てろ!!」


 次々に武器を捨てていく一行を尻目に、いつまでも剣を握りしめたままのブリュンヒルデとヘカトンケイル。そして5メートルを超える高みからジッと見下ろすストーンゴーレム。

 彼らにも武器を捨てるように隊長が促すと、彼らはそれぞれ無言のまま答えを返した。


 ブリュンヒルデは剣を振り上げたままニッコリと微笑み、ヘカトンケイルは10本の腕に持つ獲物をこれ見よがしに見せつける。

 ストーンゴーレムは崩れかけの物見砦を派手にぶち壊して、己の存在をアピールする始末だ。

 そして威圧するかのように彼らが動き始めると、慌てて隊長が叫んだ。


「い、いやいい!! お、お前たちは捨てなくていい!! そのままそこに立っていろ!!」




 結局ファルハーレン一行は全員武器を捨てて投降した。

 しかし終始ビクビクと怯え続けるブルゴー軍に対して、一体どちらが投降した側なのかよくわからない状況だった。


 そして正体を明かしたリタたちが、公妃アビゲイルと公子ユーリウスの保護を要請すると、所詮は先遣隊の隊長でしかない彼には判断ができないとして、こちらへ向かいつつあるブルゴー軍の本隊に合流することになったのだ。


 気づけばいつの間にか巨人たちは消え失せていた。

 そのためやっと心に余裕ができたブルゴー兵たちは、公妃アビゲイルと公子ユーリウスに対してそれなりに丁寧な扱いをしてくれた。

 それでも騎士たちは未だ武器を取り上げられたままだし、丁重ではあるものの、公妃と公子の待遇も捕虜に準じたものでしかなかったのだが。


 そんな中、緩々ゆるゆると西へ向かって護送されながら、ラインハルトがリタに話しかけた。



「なぁ、リタ。お前は大丈夫だと思うか?」


「大丈夫って……何がですの?」


「お前はブルゴーの奴らに殿下たちを保護させようとしているが、それで大丈夫なのかと訊いているんだ。 ――隣国同士とは言え、これまでブルゴーとファルハーレンの間に目立った交流はない。それは何故なら、ファルハーレンはハサールを経由してアストゥリアと親戚関係にあるからだ」


「……そんなこと、いまさら言われなくてもわかっていますわ。そしてブルゴーとアストゥリアがまさに犬猿の仲であることも。 ――それはこのわたくしが一番よく理解しているもの……」


「あぁ? なんだそれは?」


「ううん、なんでもないわ。 ――それで、貴方は何が心配だと? はっきり仰って下さいませ」


「あぁ……今でこそファルハーレンはアストゥリアとたもとを分かっているが、それでもブルゴーから見れば何も変わっていないのかもしれん。奴らにしてみれば、ファルハーレンは未だ憎き宿敵の仲間のままなんだろう」


「……貴方にしては随分はっきりとしませんわね。言いたいことがあるのなら、はっきり申してくださればよろしいのに」


 まるで奥歯に物が挟まったように、判然としないラインハルトの言葉。

 それにいささかイラっとしたリタが思わず語気を強めてしまうと、ラインハルトは思い切って告げた。


 

「公妃殿下と公子殿下をこのままブルゴーに引き渡したとして、果たしてどうなんだ? まさかハサールに対する人質にされたりしねぇだろうな?」


「……」


「聞けば今のブルゴー軍を率いているのは、あの・・勇者ケビンだそうじゃねぇか。俺はその御仁と会ったことがないからわからんが、噂では相当なやり手だそうだ。 ――であるなら、あの二人の身柄を外交カードとして使われてしまうかもしれん。それでいいのか?」


「外交カード……まぁ、確かにその可能性も無きにしも非ず、といったところでしょうか。 ――でもね、そんなことは絶対にさせませんわ」


「させないって……なんだそりゃ。なにか秘策でもあるのか? それに俺たちの待遇だって、どうなるかわからんぞ。 ――ブルゴーにしてみれば、ハサールだって過去に因縁のある相手なんだ。戦後に少しでも優位に立つために、俺たちだって人質にされかねん」


「大丈夫。絶対にそんなことにはなりませんから」


「ならないって……なぜ断言できる? なにか確信でもあるのか? ――いざとなったら戦えばいいと思っているかもしれねぇが、なにせ相手はブルゴーの王配なんだからな。そんな奴に喧嘩を売ってみろ。それこそハサールとも全面戦争になっちまうぞ?」


「……」


「しかも相手はあの・・魔王殺しサタンキラー』なんだ。如何にお前でも、果たして敵う相手かどうかわからんぞ?」



 破天荒が服を着ているようなラインハルトには珍しく、その言葉と態度はかなり慎重だった。

 いつもの軽薄な笑みを封印し、ひたすら眉間にしわを寄せるその顔は滅多に見られるものではなく、もしもこの場に若い女がいたならば、皆一様に黄色い声を上げていただろう。


 しかしリタは全く心を動かすことなく、平然と告げる。


「もしもブルゴー王国王配殿下――勇者ケビンがそんなふざけた真似をしようとするなら、このわたくしが全力でしばき倒して差し上げますわ」


「し、しばき倒す?」


「えぇ。その言葉のとおり、しばき倒しますのよ。そして再教育して差し上げる。 ――ふふふ……彼と相見あいまみえるのが楽しみですわね」



 そう言いながら、何処か遠くを見つめるリタ。

 勇ましい言葉とは裏腹に、その顔には優しげな笑みが浮かんでいた。

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