第194話 閑話:三人のアラサー女子1

 ハサール王国レンテリア伯爵家令嬢、リタ・レンテリア。

 花も恥じらう美貌を誇る15歳の少女は、その美しさゆえに多くの人々の注目を集めていた。

 母親に似て背が低く、小柄で華奢(しかし巨乳)な体格ではあるが、顔が小さく等身の高いスタイルは、何処か妖精のように見える。


 そんなリタが、まさしく貴族令嬢然としたすまし顔で供回りのみを連れていると、必ずと言っていいほど声をかけられてしまう。

 とは言え、平民風情が伯爵家令嬢に声をかけられるわけもなく、その殆どが上流階級に属する者たちなのだが。


 しかもその9割以上が男性だった。

 それは貴族の子息だったり、裕福な商家の跡取りだったりと様々なのだが、彼らに共通するのは皆若い男だということだ。


 しかも国内ではそれなりの地位を持つ者ばかりなので、如何にリタであれども無下にはできない。

 しかしいくら興味が無くても、話しかけられれば義理で二言三言は会話をしなければならないし、中には勘違いをして無駄に話を盛り上げようとしてくる者までいた。


 もちろん彼らは、すでにリタには婚約者がいることを知っている。

 それでも若い男というものは綺麗な女性とお近づきになりたいらしく、あわよくばと近づいてくるのだ。


 ある日など、美味しいと評判のカフェでリタが茶を楽しんでいると、強引に同席しようとする者まで現れた。

 初めのうちは彼女も丁寧に対応していたが、あまりの空気の読まなさに遂にキレてしまった。


 最近では、声をかけてくる男性に「あ゛!? なんぞ!?」などと言葉を吐いては不機嫌さを隠そうともせず、それどころか右手にパリパリと電気を光らせるに至っては、慌てたフィリーネに止められる始末だ。

 さすがにそんなことを続けていると、レンテリア家の評判に傷がついてしまう。

 それをフィリーネが相談すると、祖母のイサベルが専属の護衛騎士を雇ってくれたのだった。



 常に近くに控える以上、やはり護衛騎士はリタと同性の方がいいだろう。

 そう思ったイサベルは、なるべく若くて腕が立つ女性騎士を探した。

 しかし男性騎士が掃いて捨てるほどいる中で、女騎士などそうはいない。しかも若くて腕が立つなどと条件を付ければ尚の事だ。

 それでも根気強く探し続けること一ヵ月。遂に適任者を探し当てたのだった。


 それがクラリス・テシエだった。


 クラリスはイサベルの実家――ライネス伯爵家の傘下の末端、テシエ男爵家の次女なのだが、その家は領地を持たない所謂いわゆる「一代男爵家」でしかない。

 その爵位は、若い頃に剣闘試合で一旗揚げた父親が叙勲として賜ったものだからだ。

 だから爵位としては確かに男爵家ではあるのだが、「一代男爵家」でしかないテシエ家の実態は平民と何も変わらなかった。


 そんな家で生まれ育ったクラリスは、腕一つで食べていけるようにと、女ながらに幼い頃から父親に剣技を叩きこまれた。

 そして騎士として頭角を現し始めた彼女は、16歳の時に上位の伯爵家に雇われたのだった。


 しかし20代も後半に差し掛かったクラリスは、突然伯爵家から解雇されてしまう。

 とっくに行き遅れていたうえに特技が剣技しかない彼女は、転職先を探そうにもなかなか見つからない。

 結局実家に戻って途方に暮れていると、ちょうどそこにイサベルが声をかけてきたのだ。



 レンテリア家にやって来たクラリスは、これから守るべき主人としてリタを紹介された。そして、これほどまでに愛らしい少女がいるのかと本気で目を疑ってしまう。

 しかも話によれば、弱冠15歳にして二級の免状を持つ現役の魔術師であるうえに、得意分野が攻撃魔法だと言うのだ。


 そんな主人に護衛など不要なのではないかと、本気でクラリスは思った。

 しかし出掛ける先々で男に声をかけられ続ける主人を見ているうちに、自分が雇われた意味を知ることになる。

 それ以来クラリスはリタの背後に寄り添いながら、寄ってくる男どもを鋭い目つきで牽制する毎日になったのだ。


 そんなわけで、今日も今日とて男どもにメンチを切りまくるクラリスに素敵な異性との出会いなどあるわけもなく、たまの休みの日でも酒を飲んでは寮で管を巻く毎日だった。




 そんなクラリスが、今日は朝から浮足立っていた。

 いつも沈着冷静な彼女であるのに、なぜか落ち着きなくそわそわとしており、朝食を食べる時も心ここにあらずといった様子だ。

 すると一人の中年メイドが声をかけてくる。


「クラリスさん、今日はお休みだったよね? フィリーネも休みだって言っていたけれど――リタ様お付きの二人が同時に休みだなんて、珍しいこともあるもんだ」


「あぁ。お嬢様が気を遣ってくださってな。今日はフィリーネと一緒に出掛ける予定なんだ。昼食を食べに行く」


「あら、いいわね。二人きりでかい?」


「あ、あぁ……いや、もう一人いる。この屋敷の者ではないのだが……」


 些か歯切れの悪い返事を返すクラリスに対して特に何も思わなかったらしく、「楽しんでおいで」と短く告げると、そのメイドは足早に仕事に出て行った。



 メイドに答えた通り、今日一日クラリスは休みだった。

 それは月に二日ある定期休暇のうちの一日だったのだが、気を利かせたリタが専属メイドのフィリーネも同時に休みにした。


 クラリスがレンテリア家にやって来てから半年が経つが、こんなことは初めてだった。

 二人が同時にいなければもちろんその代わりの者が来るのだが、いつもと勝手が違うために少なからず影響が出てしまう。

 しかしリタは、今日一日屋敷から出ないと宣言していたので、どうやら問題はなさそうだ。

 もっともその理由を出しにして、今日一日ごろごろするつもりなのは間違いなかったのだが。


 


 その後屋敷の外でフィリーネと合流したクラリス。

 しかしその姿を見た途端、フィリーネに思い切り突っ込まれてしまう。


「クラリス……その格好はなに? 何故なぜパンツスタイルなの? しかも上から下まで黒ずくめとか……もう、あり得ないんだけど」

 

 その言葉に、思わずクラリスは自分の服装を見下ろしてしまう。


 今日の服装は、濃いグレーのシャツの上から黒色のジャケットを纏い、下も黒色の細身のパンツとヒールの低いパンプスを履いていた。

 その格好は動きやすさを重視したもので、そこからはお洒落といった感性は完全に抜け落ちている。


 一応はフォーマルな服装なので、余所よそ行きの格好としては特に問題はない。

 それでも女性の服装がスカートなのが一般的なこの時代において、その格好は珍しかった

 さらに短く切り揃えられたブロンドヘアーも相まって、まさにそれは「男装の麗人」として些か人目を引くものだったのだ。


 対してフィリーネの服装は、典型的なデートスタイルだ。

 スラリとした長身とスリムながらも女性的な魅力に溢れた肢体を包む衣装は、見る者が見れば最近流行りのデザイナーのものだとすぐにわかるし、気合いを入れてセットされた髪は一房の乱れもない。 

 美しいピアスを飾り付け、首元にお洒落なネックレスをあしらうその姿は、行き遅れのアラサー女子とは言え十分に美しいものだった。

 


 女性ながらも騎士になっただけはあり、170センチの長身と細身ながらも鍛え抜かれた肢体のクラリスは抜群のスタイルを誇る。

 化粧気がないためにあまり目立たないが、よく見るとその顔も端正でなかなかに美しい。


 しかしながら非常に残念なところが幾つかあった。


 それは胸の大きさと、まるで男のような口調と雑な所作だ。

 確かに胸の盛り上がりは服の上からでもわかるのだが、残念なことにその殆どが鍛え抜かれた大胸筋でしかなく、同じ高身長でありながらも普通サイズの胸を持つフィリーネと並ぶと余計にそれは際立ってしまう。 

 さらにおよそ女性に似つかわしくない乱暴な口調とぶっきらぼうな態度は、お世辞にも男性受けがいいとは言えなかった。



 しかし、そんなことなどお構いなしのクラリスは、フィリーネの非難に胡乱な顔を返してしまう。


「これではいけないのか? 自分としてはこの方が動きやすくていいのだが。それにこの色の方が雑踏に紛れやすいだろう?」


「動きやすいとか……この際どうでもいいでしょう? しかも目立ってなんぼの席なのに、雑踏に紛れるとか……あなたねぇ……」


「な、なんだよ? この格好じゃだめなのか? ――というか、私が持っている私服なんて、全部こんなのばかりだぞ?」


「いえ……もういいわよ…… まぁ、百歩譲ってそれはいいとするけど、それはなんなのよ!! 説明してもらおうかしら!!」


 そう言うと、フィリーネはクラリスの腰を指差す。

 するとそこには――なんと一本の剣がぶら下げられていた。


 そう、クラリスはフォーマルな余所よそ行きの格好にもかかわらず、使い慣れた両刃の剣を腰にぶら下げていたのだ。

 その姿は何処からどう見ても人目を引くものでしかなかったが、不思議とその格好はよく似合っていた。


 そんな彼女に目を剝くと、唾を飛ばす勢いでフィリーネが怒鳴りつける。


「あなたねぇ!! いくらなんでもそれはないわ!! これから殿方と食事をしようっていうのに、一体何処の世界に帯剣する女がいるのよ!? いい加減にしてよね!!」


「いや、お前はそう言うが、こいつがいないと落ち着かなくてな。まるで下着を履かずにいるみたいで、何だか居心地が悪いんだ」


 そう言うとクラリスは、左腰に下がる愛剣を優しくぽんぽんと叩いた。

 そんな同僚の様子に、フィリーネは溜息を吐いてしまう。


「……もう知らない。好きにすればいいのよ。もしも相手に突っ込まれても、私は助けないから」


「助けてくれなくて結構。これだけは絶対に譲れん、誰に何と言われようともな」




 この会話からもわかる通り、実はこれから二人は、とある男性たちと食事をする約束だった。

 それは二人が同じ日に休暇になるようにリタが手配した結果であって、そんな主人に対してフィリーネもクラリスもとても感謝していた。


 そんな優しい主人とまだ見ぬ男性に想いを馳せていると、途中でもう一人の女性が合流してくる。

 それは魔術師協会所の二級魔術師にして、リタの弟――フランシスの家庭教師を務めるブリジットだった。

 その彼女が声をかけてきた。


「やぁ、二人とも!! 誘ってくれてありがとう!! 今日は気合いを入れておめかししてきたから任せて。久しぶりにお化粧もしたしね、むふぅー!!」


 鼻息も荒く言い募るブリジット。

 しかしその姿を見た途端、フィリーネもクラリスもポカンと口を開けてしまう。

 何故なら、ブリジットの格好があまりに斜め上だったからだ。



 その姿は凄まじすぎた。

 黒や紺などの暗めの色を基調としたレース、フリル、リボンを幾つもあしらったドレスを身に纏い、スカートはまるで鳥かごのように膨らんでいる。

 底の厚い編み上げブーツを足に履き、縦ロールにして流した長い髪は、これもまた黒いリボンとヘッドドレスで飾られていた。


 そして所々にコウモリやスカルなどをモチーフとしたデザインのアクセサリーをあしらい、何処か悪魔的で且つ神秘的な雰囲気を漂わせる。


 そう、その格好は現代的に言うならば、所謂いわゆる「ゴシックロリータファッション」だったのだ。

 そんな少々――いや、かなり少女趣味の服装に身を包んだオーバー30サーティーの女。

 そんなブリジットが平然と佇んでいたのだ。


 その姿にフィリーネもクラリスも思わず仰け反りそうになったのだが、同時に意外な事実を発見してしまう。

 それはブリジットの顔が意外と可愛らしかったということだ。


 普段から全く化粧をせずに地味な素顔を晒しているブリジットだが、決して素顔は不美人ではない。

 それどころか、少々童顔な顔つきは実際の年齢よりも若く見えるうえに、全体的にかなり整っている。

 そんな彼女が些かやり過ぎとも言えるほどに本気で化粧をした姿は、かなりのものだったのだ。


 そのままでも十分に可愛らしいのだが、身に纏うゴシックロリータファッションも相まって、その顔はとても映えていた。

 もちろん入念な化粧によるプラス補正はあるのだろうが、ここに来て彼女のもつ元来の素材の良さが存分に現れていたのだ。



 その姿が余計にフィリーネを苛立たせる。

 自分よりも5歳も年増のくせに、まるで十代の少女のような可愛らしさを演出しているのだ。

 これほど目に痛い姿はなかった。


 せっかく人に紹介してもらった男たちなのだ。

 その彼らと初めて会うというのに、同行する仲間は片や帯剣する男装の麗人で、片や目に痛いアラサーゴスロリ女子だった。

 そんな二人を連れて行ったところで、相手が引いてしまうのは目に見えている。



 思わず空を見上げて叫び出したくなるフィリーネ。

 その彼女を前にして、妙に不機嫌そうなクラリスと終始にこやかなブリジットだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る