第195話 閑話:三人のアラサー女子2

 もはや奇天烈きてれつとしか言いようのないブリジットの服装に、フィリーネもクラリスもただポカンと口を開けるしかなかった。

 そんな二人に向かって、ブリジットは慍然とした顔をしてしまう。


 直前までのにこやかな顔を見る限り、今日の衣装は彼女の勝負服なのだろう。

 しかしそのあまりに斜め上の感性を二人が理解できずにいると、表情を一変させたブリジットがおずおずと口を開いた。


「……どうしたの、二人とも。そんなに私の衣装はイケてない? 今日のために一ヵ月も前から作ってきたのに……」


「て、手作りかい……」


 衝撃の事実に、思わずフィリーネはツッコんでしまう。


 ブリジットが言うには、今日の衣装は手作りらしい。

 確かに今日の話を振ったのは一ヵ月ほど前だが、もしかしてその時からコツコツと洋服を手縫いしていたのだろうか。


 裏を返せば、それはそれだけ彼女が今日のイベントを楽しみにしていた証拠だった。

 そこに想いが至ったフィリーネは、それ以上ツッコむ気が失せてしまう。

 そして何と言えばいいのかと考えていると、先にクラリスが口を開いた。


「ブリジット……なんだその格好は? なぜ上から下まで黒ずくめなんだ? まるで葬式にでも行くつもり――」


「お前が言うな!!!! 自分も大概たいがいやろ!!!!」


 完全に自分を棚に上げたクラリスの発言に、フィリーネは全力でツッコんだ。



 お前こそ全身黒ずくめではないか。

 確かに少々妙ちくりんではあるが、それでもブリジットからは一生懸命お洒落をしようという気概が感じられる。


 しかしクラリス、テメーはダメだ。

 その服装の何処をとっても、お洒落という言葉は出て来ない。


 私は今日、素敵な殿方を紹介すると言ったよな?

 それなのに何故その格好なんだ? あぁ!?

 お前の勝負服は、その黒ずくめなのか!? あぁん!?



 そう思ったフィリーネではあるが、決して口には出せなかった。


 言いたいことがありながらも、様々なしがらみに邪魔されるフィリーネ。

 若い頃と違って最近守りに入りつつある彼女は、今後の友人たちとの関係を考えると結局なにも言えずにいた。

 余計な波風を立てないように気を遣う彼女は、今や立派なアラサーと言っても過言ではなかったのだ。


 そんなわけで、ツッコミどころ満載のブリジットの衣装にも結局何も言えずに、見て見ぬふりをするのが精一杯だった。

 そうしながらも、尚も何か言いたそうにしているクラリスに「余計なことを言うなよ」オーラを漂わせながら強引に話を打ち切ると、会場に向かってさっさと歩き出した。

 


 完全に衣装負けしている長身アラサー女と帯剣した全身黒づくめの「男装の麗人」、そしてオーバー30サーティ―の巨乳ゴスロリ女子という、なんとも人目を引く一団が町を練り歩く。

 如何にも独身ですと言わんばかりの若い女性三人組が歩いていれば、普通は若い男の一人や二人に声はかけられるのだろうが、今や誰もが避けて歩く始末だ。


 そんな地雷臭漂う三人娘が、小洒落たレストランに到着する。

 約束の時間まで未だ10分あるため店の前で佇んでいると、突然背後から声をかけられた。


「あの……フィリーネさん……ですか?」


「えっ……?」


 その声に三人が振り向くと、店の前に一人の男がいた。

 それはにこやかな明るい笑顔が似合う若い男で、見たところフィリーネ達よりも若そうに見える。

 まるで子犬のように人懐こく笑う顔は何処か中性的で、一言で言えば「可愛らしい」感じだ。


 それを助長しているのが、その背の低さだった。

 身長171センチのフィリーネよりも拳二つ分低いところを見ると、恐らく彼の身長は160センチないのかもしれない。

 男性の平均身長が170センチ後半であるこの国において、それはかなりの低身長と言えた。


 そんな些か残念な男にフィリーネが答える。


「あ、はい。私がフィリーネです。それでは、貴方は――」


「はい。僕はブレソール・レネです。初めまして。お待ちしておりました」


「は、初めまして!! 私はフィリーネ・モランです。今日はよろしくお願いします」


「いえ、こちらこそよろしくお願いします!! さぁ、どうぞこちらへ」


 明るく元気のいい、まるで子犬のようなブレソールに付いて行くフィリーネたち。

 その顔には、何処かホッとしたような表情が浮かんでいた。



 いま自己紹介したブレソールは、レンテリア家のメイド頭の紹介だった。

 彼はメイド頭の親戚筋にあたる男で、一緒に連れてくる男たちはその友人らしい。

 果たしてどんな男が来るのかは完全に運なのだが、どのような男であったとしても、紹介してくれたメイド頭の顔もあるのであまり無下にもできない。


 もちろん男女の仲なので決して無理はできないが、それでも余程でない限りは贅沢も言っていられない。

 正直に言うと彼女たちは、一体どんな男が登場するのかと不安に思っていたのだ。

 しかし蓋を開けてみれば、存外に普通だった。


 そんな彼が連れてくる友人であれば、それほどおかしな男ではないだろう。

 そう思ったフィリーネは、安堵ととも期待とも言える表情を顔に浮かべた。




 レストランの中に入ると、いきなり個室に案内された。

 そこは追加料金を払うと利用できるVIPルームで、今日のためにわざわざ男たちが準備してくれていたのだ。


 初対面の男たちといきなり個室に入ることに少々戸惑いを覚えたフィリーネだったが、これで人目をはばからずに済むと思うと、それ以上の安堵感に包まれてしまう。

 何故なら、友人とは言え「若作り巨乳ゴスロリ女子」と「帯剣した男装の麗人」を他の客からあまり見られたくなかったからだ。



「はい。それではお互いに自己紹介をしましょう。 ――それでは僕から失礼しますね。僕は――」

 

 全員が揃ったところで、順番に自己紹介が始まった。


 一人目は先ほど名を告げたブレソール・レネだ。

 相変わらずにこやかな笑顔が似合う彼の年齢は26歳だった。

 160センチにも満たないほど背が低く、可愛らしい童顔のためにとても若く見えるが、驚いたことにフィリーネとクラリスとは一歳しか違わない。


 役人として王国保健省に勤めるブレソールは、所謂いわゆる公務員だ。

 そんな国の役人である彼は、給料は安くとも安定しているので女性に人気がありそうだが、やはりその背の低さがネックなのだろう。

 

 男の魅力として力強さが好まれるこの時代において、確かに彼の背の低さと華奢な体格は致命的なのかもしれない。

 事実彼はフィリーネやクラリスよりも拳二つ分ほど背が低く、並んで立っていると思わず見下ろしてしまうほどだったからだ。


 女性としては背が高いほうの彼女たちは男性とほぼ同じ目線の高さなのだが、さすがに160センチないであろうブレソールを見ていると些か気の毒に思えてしまう。

 とは言え、まるで子犬のような人懐こさと愛らしい外見はむしろ好ましくも見え、その微妙な残念さはフィリーネもクラリスにして「せめてあと10センチ背が高ければ……」と本気で思ってしまうほどだった。


 しかしそんな彼には、ブリジットが興味を示していた。

 フィリーネ、クラリスと違って彼女の身長は158センチと平均的なので、男性の身長にそれほどこだわりはないのかもしれない。

 そんな彼女と並んでいるとブレソールの方がほんの僅かに背が高かった。



 次に自己紹介したのは、レオ・ドプナーだ。

 彼はブレソールとは全く真逆の男で、まず目を引くのがその身体の大きさだった。

 180センチ半ばはあるだろう長身に、鍛え抜かれた筋肉質の体躯。

 近くに寄られただけで思わず後退りしてしまいそうなほど威圧感に溢れ、その鋭い目つきも相まって思わず恐怖心を抱いてしまうほどだ。


 筋肉フェチ系の女子には人気がありそうな彼なのだが、非常に残念なことに髪がとても薄かった。

 恐らく若ハゲなのだろう。フィリーネ、クラリスと同い年の27歳だと言うのだが、見た目の印象はそれよりもずっと上に見える。


 そんな彼の職業は、とある子爵家の騎士だった。

 趣味は筋トレと剣の稽古であり、その見た目のみならず頭の中まで筋肉でできていそうだ。

 そのため普通の女性とは話が合わず、これまで出会いもなかったらしい。

 そんな彼にはクラリスが興味を示しており、同じ騎士として色々と思うところがありそうだった。


 

 最後の一人は、名をフレディ・ライルという。

 見るからに肉付きの良い彼は、一言で言うと「肥満体」だ。

 だらしなく肉の付いたその身体は全身だるんだるんで、贅肉が付きすぎた丸い顔はお世辞にも男前とは言えない。


 彼はそこそこ有名なケーキ屋のパティシエ見習いなのだが、その見た目だけでは到底そうは思えなかった。

 何故か口角にはいつも泡が付いていて、それを飛ばすような早口で喋りまくる。


 趣味はお気に入りの歌劇女優グループ「NTR48」の追っかけ。

 彼女たちの握手会に参加するために、参加チケットの付いた姿絵の購入に給料の殆どをつぎ込むほどの筋金入りの「歌劇女優オタク」だった。


 そんな彼は出会った直後からフィリーネを気に入ったらしく、彼女の全身を舐めるように眺めては――


「あぁ、フィリーネたん。とてもお美しいですな。背が高くてスタイルも抜群です。まるでNTR48のセンター、ブランディーヌ・モンプーみたいですよ。デュフフフ、コポォ」

 

 などとひとちてはご満悦だった。


 女性三人組は色々な意味で地雷集団なのだが、相手の男たちもなかなかのものだ。

 そこには見事なまでの三重苦「チ〇、ハ〇、デ〇」の三人が集合しており、世の中のモテない男たちの縮図を見せられる思いだ。


 ちなみに、クラリスもブリジットもフレディに対してははっきりと拒絶反応を示したので、彼の相手は必然的にフィリーネの役目になってしまったのだった。




「もしかして、そのステッキは……11代目プリプリですか?」


「ほう……お主わかっておるのぉ。そうじゃ、これは11代目ハピネスチャージ、ピュアラブリーのステッキじゃよ」


「ふふふ……そんなの常識ではないですか。しかし僕的にはピュアハニー一推しですが――」


「ほほう、ますますわかっておるのぉ。 ――もしかしてお主もイケる口か?」


「いえいえ、お代官様ほどでは」


「お主とは、もっと深い話が出来そうじゃ。苦しゅうない、ちこうよれ」


「ははぁ。それでは失礼して……」


 フィリーネがフレディの対応に難儀していると、その横ではブリジットとブレソールが盛り上がっていた。

 しかも謎の声真似とともに聞こえてくる言葉は、フィリーネにはまるで理解ができない。

 話しぶりから想像するに、恐らく巷で話題の児童用演劇「魔法少女プリプリ」の話題なのだろうが、あまりにその内容がディープ過ぎて最早もはや意味不明だ。

 


 そう、実はブレソールは隠れオタクだったのだ。

 子犬のように人懐こく、可愛らしいとさえ言える笑顔を振りまきながらも、その実彼は「魔法少女オタク」だった。

 背が低いとは言え決してルックスは悪くないブレソール。

 その彼がこれまでずっと独り身だったのは、恐らくそれが原因だったのだろう。


 その彼の今日の出会いは、まさに運命だったのかもしれない。

 何故なら、出会った相手――ブリジットも筋金入りのオタクだったからだ。

 しかも彼女の場合は、魔法少女の話題はその一部分と言えるほどに広範囲に及ぶプロオタクだった。


 自分をも凌駕するディープな相手に出会ったブレソールは、まさに運命を感じてしまう。

 その分野に浸かり切っている彼には、ブリジットのゴスロリ衣装などまるで気にならなかったし、むしろ好ましいとさえ思っているようだ。


 確かにブリジットの年齢を聞いた時には些か戸惑ってはいたが、年齢よりも若く見える童顔と、年上の余裕とともにブレソールの正体――オタク趣味をしっかりと受け止めてくれる大きな胸(実際に巨乳なのだが)にすっかり魅入られていたのだった。



 ブリジットはブリジットで、ブレソールの容姿はドストライクだった。

 もともとリタの弟――フランシスに萌えるだけあって年下の可愛い系男子が好みだったのだが、今目の前にいるブレソールがまさにその理想だったのだ。

 

 男に対して強さを求める風潮を考えると、確かに彼は頼りなく見えるのかもしれない。

 しかし可愛らしい童顔とまるで子犬のように人懐こい笑顔は、思わず守ってあげたくなるものだったし、他の者であれば引いてしまうようなディープなオタク話にもしっかりとついてきてくれる。

 今やブリジットは、そんなブレソールに夢中になっていたのだった。



 その反対側では、クラリスとレオ・ドプナーが話し込んでいた。

 初対面とは思えないほどその顔は近く、時折ボディタッチを交えるその様子は、まるで旧知の仲のように見える。


「……なるほど。その場合は手首のスナップだけで返すのか」


「そうだ。腕全体を使うと動きが遅くなる。その場合は左手で――こうだ」


 レオがクラリスの左手を持つと、剣を振りかぶるように動かす。


「おぉ、そうなのか。 ――では、この場合は?」


 何やら身振り手振りを交えながら、剣技の話題で盛り上がる二人。

 横で聞いていてもフィリーネには理解できないどころか、その話題の何処が面白いのかさっぱりわからない。

 そんな彼女の怪訝な顔には全く構わず、尚も二人は剣技の話を続ける。



 その容姿からもわかる通り、レオはまさに「脳筋」だった。

 それも幼少時から騎士になるために育てられてきた筋金入りの体育会系だ。


 女性とは淑やかであれ――そんな風潮が蔓延するこの時代において、彼のような男と話が合う女性などそうはおらず、この年齢まで彼が独り身だったのは、それが原因だったのだろう。

 それならレオの方から女性に歩み寄ればいいと思うのだが、極端に不器用な彼は女性が喜ぶような話題など提供できようはずもない。

 

 そんな彼にとって、今日出会った女性――クラリスはまさに理想の相手だった。

 これまで出会った全ての女性が忌避した剣技の話が通じるどころか、むしろノリノリで話に乗ってくるのだ。

 これほど話の合う女性は、レオの人生の中で始めてだった。


 しかも聞けば、彼女の職業も騎士だという。

 世の中に職業騎士は数多くいるが、女性騎士など滅多にいない。

 確かに王宮に務める女性騎士団や上級貴族の奥方や子女の護衛につく女性騎士はいる。しかしその数は極端に少なく、実際彼もこれまで数人しか会ったことはなかった。


 それが気付けば、目の前の女性がその女性騎士だったのだ。

 自分と同業者であることを知ったレオは、それまで張りつめていた力を肩から抜くとじっくりとその容姿に目を走らせる。


 確かに若いとは言えないが、スラリと背が高く鍛え抜かれた均整な体躯と、化粧気はなくとも十分に美しい顔。

 そんなクラリスにレオは夢中になった。

 


 それはクラリスも同じだった。

 確かに彼女の周りには男性騎士は数多くいるし、これまでも全く出会いがなかったわけではない。

 しかし皆淑やかな女性を好む者ばかりで、剣技にしか興味を示さないうえに男のような口調でガサツな所作のクラリスはまるで相手にされていなかったのだ。


 それでも20代前半まではそんな彼女に興味を示す物好きもいたのだが、その頃の彼女は強くなることしか頭になく、およそ色恋には興味を示してこなかった。

 そんなクラリスではあったが、突然勤め先から解雇を言い渡されてしまう。

 

 その理由は、専属で付いていたその家の娘が他家へ嫁いで行ったからであって、決して彼女の能力不足ではなかった。

 しかし勤め先から「要らない」と言われたも同然の彼女はへこんでしまう。

 そして実家に戻ったクラリスは今後の人生を考え直すきっかけになったのだが、気付いた時には遅すぎた。



 10代後半で結婚する者が多いこの時代において、27歳の彼女は立派な行き遅れだ。

 しかも家事能力皆無のうえに剣技と筋トレにしか興味のない彼女のことを貰ってくれる男なんて全くいなかった。


 そんな時にレオに出会った。

 残念ながら、確かに髪は薄い――いや、殆どないと言っても過言ではない。

 しかし男の魅力は顔や髪ではなく筋肉だという持論を持つクラリスにとって、それは全く問題ではなかった。

 むしろ目つきが鋭く無精ひげの似合うその風貌に、髪は不要とさえ思えた。

 

 大きく強く、趣味も話題も共通の初めての男。

 そんなレオに、クラリスは夢中になっていった。




 気付けばそんな二人に左右を挟まれていたフィリーネ。

 しかもそれぞれが相手との会話に夢中になるあまり、まるで自分のことなど構ってくれない。

 そんなフィリーネが何気に顔を上げてみると、そこには舐めるように自分を見つめるフレディがいた。


「デュフフフ……コポォ。フィリーネたん、どうしました?」


「い、いえ……」


 正面に座るフレディと目が合ってしまった彼女は、慌てて目を逸らす。

 それでも彼と何か話をしなければいけないと思ったフィリーネは、健気にも必死に話題を探し続けた。


 そんなことが小一時間も続いた頃にそろそろお開きとなったのだが、結局ブリジットはブレソールとオタク談義に花を咲かせたままだったし、クラリスもレオと剣技の話に夢中になったままだった。

 そしてフィリーネは、まるで興味のないフレディの話を聞くのに疲れ切っていた。


 そんな時、ブレソールが締めの挨拶をする。


「そろそろお時間となりましたので、ここで一旦締めさせていただきたいと思います。 ――本日は本当にありがとうございました。このような素敵な女性と出会えたことは、これからの人生において、大きな宝物になることでしょう。本当に良かったと思います。この後は特に予定は組んでおりませんの、それぞれにおまかせいたします」

 

「こ、こちらこそありがとうございました。す、素敵な男性と出会えて、私達こそ感謝を申し上げます」


 ブレソールの言葉に、女性代表としてフィリーネが答える。

 その言葉を合図にしてその場はお開きになったのだが、その彼女に向かってブリジットとクラリスが話しかけてくる。


「ごめん、フィリーネ。私はこの後ブレソール君と一緒に魔法少女ショップ巡りをする約束をしちゃって――」


「フィリーネ、すまん。私もレオと一緒に飲みに行く約束をしてしまったんだ。悪いが一人で帰ってくれないか?」


「えぇ……!?」


 突然予期しない話を告げられたフィリーネは、思わずマジマジと二人の顔を見てしまう。

 どうやら彼女たちは、この後相手の男性ともう少し親交を深めるつもりらしい。

 この短い時間でそこまで仲良くなった二人が羨ましくなったフィリーネ。

 そんな彼女が意図せず残りの一人に視線を走らせてしまう。


「デュフフフフ……コポォ。フィリーネたん。それじゃあ僕たちは何処に行きましょうか?」(ニチャア)


「い、い、い……いやぁーーーーーー!!!!!」


 遂に我慢の限界を超えたフィリーネは、その場で空を見上げると思い切り叫んだのだった。





 翌日の朝。

 いつもの時間にリタの部屋にやって来たクラリスからは、濃い酒の匂いがした。

 しかも彼女には珍しく、頭を押さえて具合悪そうにしている。

 そんなクラリスにフィリーネが話しかけた。


「昨日はお疲れ様。 ――どうしたの? なんだか具合悪そうだけど」


「あぁ、いや……ちょっと飲み過ぎてな。完全に二日酔いだ……吐きそう」


「えぇ!! ちょっと大丈夫なの?」


「正直に言う。全然大丈夫じゃない……このままでは粗相をしてしまいそうだ。 ――くっそう、レオの奴、あんなに酒が強いとは……」


「ねぇ……もしかしてあの後、朝まで飲んでたの?」


「あぁ……ちょっとな」


「どこで?」


「どこって……初めは居酒屋だったな。しかし飲み足りなくて……飲み直そうとヤツの部屋に移動したんだが――」


 そこまで言った途端、ハッとした表情を浮かべたクラリス。直後に顔を真っ赤に染めてしまう。

 それが何を意味しているのかを察したフィリーネは、早朝の未だ薄暗い廊下で思い切り叫んだ。


「あ、あんたなんて今日一日苦しんでいればいいのよ。こ、こ、こ……この裏切り者ぉ!!!!」



 ちなみにフランシスの家庭教師を務めるブリジットは、午前の授業に遅れて来た。

 理由は寝坊とのことだが、これまで一度も遅刻したことのない彼女にしては珍しい。

 何気に理由を聞かれた彼女は、昨夜はあまり寝ていないと答えたのだが、その詳細に関しては決して語ろうとはしなかった。


 しかしその理由わけを何となく察したフィリーネは、やはり嫉妬に駆られて叫んでしまうのだった。


「キーッ!!!! どいつもこいつも色気づきやがって!! 全然羨ましくなんてないんだから!! ――うわぁぁぁぁん!! 裏切り者ぉー!!!!」

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