第154話 知らぬは本人ばかりなり
「おはようございます。遅れて申し訳ございません」
「おはよう、リタ。いいや、かまわないよ。何やら怖い夢を見たんだって? もう大丈夫なのかい?」
やっと身支度を整えたリタが食堂に入っていくと、既にそこには家族全員が揃っていた。
それは現レンテリア家当主のセレスティノを中心に、妻のイサベル、その次男でありリタの父親でもあるフェルディナンドとその妻、エメラルダ。
そして末席には、朝一番に挨拶を済ませていた弟のフランシスが席に着く。
今話しかけてきたのは、祖父のセレスティノだ。
彼は毎朝の日課通りに手紙や書類に目を通しながら、家族全員が揃うのを待っていた。
ここレンテリア家では、朝と晩の食事の際には可能な限り家族全員が揃うルールになっている。
それはレンテリア家の伝統とも言えるもので、どんなに仕事が忙しくても、セレスティノもイサベルもそれだけは守り続けていた。
伝統的な貴族家では、両親と子供が同じ食卓を囲むことは少ない。
それは忙しい両親が家にあまりいないのも理由の一つだが、そもそも大人と子供の生活領域を完全に分ける考え方が貴族界では当たり前だからだ。
生まれた子供は乳母に任せっぱなしで、奥方自身は子育てをしない。躾も教育も教育係や家庭教師に丸投げだ。
そして両親は、昼間は仕事で夜は夜会や観劇に出掛けて行く。
そんな習慣が
しかしその結果が現在のリタだったりフランシスだったりするわけで、二人ともに非常に優秀且つ情緒面も優れているのを見る限り、そんな家族の在り方があってもおかしくはなかった。
もっともリタは、中身が224歳の老成した大人なので正確には全く違うのだが。
全員が揃ったところで、早速温かい食事が運ばれてくる。
今日の朝食は三種類のパンと甘くないパンケーキ、そしてスコーンにジャムとバターと蜂蜜。
それにオムレツと冷たいハムとコンソメとポタージュのスープだ。
その中から
並べられたものの中から全ての種類を少しづつ取り分けて貰うと、必ず数回お代わりをする。そして毎回全て完食していた。
その食欲は凄まじく、輝くような笑みとともに本当に美味しそうに次々と平らげていく。
その姿は、まるで食うや食われずだった幼少期のトラウマのようにも見え、その事実を知っている両親も祖父母も、彼女の食欲に関しては敢えて何も言わないようにしていた。
確かにその食欲と食べる姿は伯爵令嬢としては凡そ人に見せられるものではなかったが、食事のマナー自体はきちんと守っていたので何も言えなかった。
いや、むしろリタの食事マナーは完璧と言っていい。
11年前に初めてリタがレンテリア家に来た時、辺境の寒村で生まれ育った彼女には不躾なところが目立っていた。
それを気にした祖母イサベルは徹底的に矯正したのだが、五歳の時に侯爵家へ嫁ぐことが決まったことがさらにそれに拍車をかけた。
朝に夕にマナー講師から徹底的に仕込まれるリタ。
その間にも家庭教師による一般教養の勉強に始まり、「魔力持ち」としてのリタの専門分野である魔術学の座学と実践など、まさに彼女は遊ぶ暇もないほどに忙しかった。
普通の子供であればすぐに音を上げたり泣き出したりもしたのだろうが、元が224歳の老婆であり、それこそ寝る暇もないほど忙しかった前世でのアニエス時代に比べれば、それはまだ可愛い方だ。
実際リタはそんな忙しい毎日を屁とも思っていなかった。
そんなわけで、貴族令嬢としてのリタの立ち居振る舞い、口調、マナーはほぼ完ぺきに仕上がっていたのだが、元が224歳の老婆であるリタは、伯爵令嬢然とした
とっくに食事を終えたセレスティノは、今やもう見慣れた黙々と朝食を平らげる孫娘の姿を眺めている。
その顔には何やら楽しそうな笑みが広がっていた。
「リタ。来月の成人の儀なのだが、もちろんパートナーはフレデリク殿なんだろう?」
「はい、お爺様。そのつもりでムルシア家にはお話を通してありますわ。それが如何されましたの?」
「うむ。ちょっと小耳に挟んだのだが、お前の成人の儀と同じ日程でフレデリク殿の遠征が重なったらしいのだ」
「遠征……ですか?」
その言葉を聞いたリタは、食事の手を止めて不思議そうに首を傾げる。
15歳にしては些か童顔の彼女がそんな仕草をすると、少女から女性へと変容しつつあるその年齢特有の透明感が溢れ出す。
そんなリタの姿にセレスティノが目を細めていると、その横のイサベルが口を開いた。
「えぇ。なんでも彼のお父上――ムルシア公が軍の演習に出ることになったらしいわ。それでその跡継ぎであるフレデリク殿も同行するそうよ」
「それじゃあ……」
「そうね。少し気の毒だけれど、貴女には一人で式典に出て貰わないといけないかもしれないわね」
国王主催の「成人の儀」には、今年15歳になる国中の貴族家の子息女が出席する。
そしてその後のパーティでは自身の結婚相手を見定める場を兼ねているのだが、既に婚約者のいる者に限っては、その相手を同伴することが慣習として認められている。
もちろんそれは強制ではないので、婚約者持ちであっても一人で出席する者もいる。
しかしその場は本来、己の人脈作りのために婚約者を紹介する場でもあるわけなので、実際に婚約者持ちが一人で出席することは殆どなかった。
もちろんリタは、自身の婚約者であるフレデリクにその同伴を頼んでいた。
快く彼も承諾していたし、楽しみにもしていたのだが、急遽父親の軍の遠征に同行することになったらしい。
「まぁ……それは仕方のないことですわね」
その話を聞いたリタは少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに食事を再開すると再び黙々と食べ始めた。
祖父母も両親も瞬間心配そうな顔をしたが、すぐにいつもと変わらない様子に戻ったリタを見て、その話はそこで終わらせたのだった。
「はい。もう少しお胸を張って頂けますか? はいはい、その調子でお願いいたします」
午後からリタは、祖母のイサベルと母親のエメラルダとともに、成人の儀で着るドレスを作りに来ていた。
伯爵令嬢であるリタがドレスを作るとなると、本来であれば仕立屋の方から屋敷に出向くのが常だ。しかし式典から三ヶ月を切ってくると、次々に仕事が舞い込む仕立屋にはそんな余裕はなくなる。
だからこの時ばかりは貴族の方から店に足を運ぶ。
もっともそれは当たり前に知られていることなので、今更それに文句を言う者もいない。
そして今は仕立屋の小さな部屋で、リタが採寸されているところだった。
薄い部屋着一枚になってリタが台の上に立っていると、その容姿を見た採寸師が溜息を吐いた。
「本当に美しい立ち姿ですねぇ……惚れ惚れするほどですよ」
三十代中頃の女性採寸師が、メジャーでリタの身体を測りながら感心した顔をする。
相手が貴族なのでお世辞でも言っているのかと一瞬思ったが、彼女の顔を見ていると、どうやら本気でそう思っているらしい。
「失礼ながらお嬢様は少々小柄ではございますが、頭の大きさと、胴と手足の長さのバランスはまさに完璧と言っていいでしょう。背筋も真っすぐに伸びていますし、まさに女性として理想の体形ですね」
心から感心したように、採寸師は溜息を吐く。
そしてその視線が一点に集中する。
「そしてこのお胸!! 決して大きすぎず、かと言って小さくもない。垂れるか垂れないかの絶妙なバランス。これもまたいいものをお持ちですね!!」
「……あ、ありがとう」
何やら褒められているような、失礼なような、些か微妙な感じを受けながら、それでもリタは礼を述べる。
何故なら、目の前の採寸師が少なくとも本気で感心しているのがわかるからだ。それに対して腹を立てるほどリタは狭量ではなかった。
するとその言葉に気を良くしたのか、採寸師は更に饒舌になっていく。
「そしてこの
「え……えぇと、これは祖母の好みでして……」
15歳になったリタは、幼い頃と違って髪を長く伸ばしていた。
母親譲りの美しいプラチナブロンドの髪の中頃から下にかけて、くるくるとロール状にしている。
その髪型をわかりやすく言うと、
如何にも貴族令嬢然としたゴージャスなその髪型は、今となっては少々時代遅れではあったが、実は祖母のイサベルの趣味だった。
イサベルは若い頃からその髪型に憧れていた。しかし髪質のせいで上手く決まらずに諦めてしまったらしい。
それがリタの髪だと再現できると知った彼女は、半ば強制的に自分の趣味を押し付けた。
そしてリタのゴージャスな縦ロールプラチナブロンドの髪を見てご満悦だったのだ。
リタとしても、そんな祖母の好みを再現することは
もっともそれらの作業は、全てメイドのフィリーネに丸投げだったのだが。
そしてその大きな胸だ。
母親である低身長童顔ロリむち巨乳人妻のエメラルダに瓜二つの容姿を持つリタは、幼い頃から将来は絶対巨乳になるだろうと言われていた。(一部の者たちからだが)
年齢を重ねてその言葉を証明するような容姿に成長したリタだったが、全体的にややふっくらとした母親に比べると、父親の遺伝子のせいで全体的に骨格が華奢だった。
結果リタは、言わば「細身巨乳」を体現するような体格になったのだ。
細く華奢な胸郭と大きなバスト。
もしも「アンダーとトップの差選手権」なるものがあったとすれば、ぶっちぎりで優勝した挙句に殿堂入りも確実だろう。
そう思えるほどにリタの胸は「張りのある巨乳」だったのだ。
低身長童顔ロリ細身巨乳金髪ドリル縦ロール。
まさに完璧とも言える貴族令嬢としての所作に、美しい言葉遣い。
ゴージャスな縦ロールプラチナブロンドの髪に、美しくも愛らしい小さな顔。
そして少々小柄とは言え、細身巨乳を体現するような我が儘ボディを持つリタは、社交界にデビューした瞬間から話題になるのは目に見えていた。
知らぬは本人ばかりなり。
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