第130話 夜明けの救出部隊

「よし、全員揃ったな。装備の確認は済んだか? 作戦内容は理解してるな? ――問題なければ出発するぞ」


 真夜中の十二時過ぎ。

 月明かりが地面を照らす薄闇の中に、囁くような隊長の声が聞こえる。

 その声に全員が無言で頷くと、彼を先頭にして歩き出した。


 今回の作戦に参加するのは、各部隊の中から選抜された実戦経験と戦闘能力に優れる者たちだ。

 歩兵十名の中でも特に指揮能力に優れるベテラン兵、ハーマンを隊長として、その他にも陽動や偵察任務に優れるスカウト二名と、首都からの応援魔術師三名を加えた総勢十五名からなる即製部隊だった。



 今回選抜された兵士たちは、皆階級が低い者たちばかりだ。

 決して失敗できない今回の任務には、各部隊の中から腕利きの者たちを揃えていたが、得てしてそういう者たちは叩き上げの荒くれ者が多かった。 

 実際にハーマン自身も長らく戦場を駆けずり回って来た現場上がりの叩き上げだし、同行するスカウト二名も実戦経験豊富な者たちだ。


 しかしその中でも、ロレンツォたちは少々浮いていた。

 長年背中を合わせて戦ってきた兵士たちは互いを信頼していたが、首都からやって来た魔術師三名に対してはそうではないようだ。

 

 ムルシア侯爵軍として長く戦ってきた彼らは、突然やって来た魔術師たちに胡乱な顔を隠さなかった。

 その顔を見る限り、彼らはロレンツォたちを信用していないらしく、その態度も何処か余所余所よそよそしいものだ。

 

 もとより自軍にも本職の従軍魔術師がいるというのに、何故わざわざ首都から呼び寄せたのか。

 しかもこんな実戦経験に乏しい若造たちを。


 決して彼らは口に出さなかったが、その顔には明らかにそう書いてあった。

 そんな些かアウェーのような雰囲気の中を、ロレンツォたち魔術師組は緊張を隠すことなく歩兵たちの後をついて行ったのだった。




 夜の闇も薄くなり、そろそろ日の出かという時刻に彼らは目指す砦の背後に着いた。

 今は目的地から一キロほど離れた高台で、偵察に向かったスカウトの帰りを待っているところだ。


「よし、ここで暫く待機だ。スカウトが戻ってくるまで全員休息。いいか、大きな木の陰に寄って身体は低くしろ。音は立てるな」

  

 隊長のハーマンがそんな指示を出したが、それは明らかに実戦経験に乏しい魔術師三名に向けて言っているのは間違いなかった。

 その証拠に、他の兵たちは皆その言葉に失笑していたからだ。

 そしてその様子には魔術師たちも気付いていたが、彼らは敢えて見て見ない振りをしていた。



 それから約二十分後、偵察に出ていたスカウトたちが戻ってくる。

 彼らは往復で二キロ以上山道を走ったはずだが、二人とも軽く肩を上下させているだけで、全く疲れているようには見えなかった。

 その姿には、ロレンツォたちも素直に感心してしまう。

 

「砦の周囲には百から百五十の兵がいて、ぐるりと包囲した形で陣を組んでいる。もう少し街道沿いまで行けば敵の本体が見えると思うが、そこまでは確認できなかった」


「堀も埋められていなかったし、橋も上げられたままだった。見たところまだ砦には手出しできていないんだろう。籠城に徹していれば、あの砦ならあと一月は持つだろうな。恐らく中の連中は無事だ」


 スカウトの報告に満足そうにハーマンが頷くと、無言のまま兵士たちもお互いに目配せをした。

 その様子を見たロレンツォは、何処か羨ましそうな顔をする。


 本来は派遣魔導士でもあるロレンツォは、これまでも様々な依頼をこなしてきたが、基本的に派遣先では魔術師は彼一人だった。

 だから互いに信頼し合う兵士たちの姿を見ていると、単純に羨ましかったのだ。


 しかし今回は、自分にも同じ魔術師の仲間がいる。

 それを思い出した彼は、横で佇むハンネスとブリジットを無意識に見つめていた。



「よし。それでは予定通り、日の出ととも移動開始だ。前線の本隊が動き出せば、奴らもそちらへ応援に行くはずだ。上手くいけば砦の周りは一個中隊以下まで減るはずだから、その時は頼むぞ、おい、魔術師」


「あぁ。まずは俺たちが奴らを後退させるから、隊長たちはその隙に砦に向かってくれ。予定通りにな」


「ふん、誰にものを言っている…… まぁ、いい。思い切り暴れ回れよ。この作戦はお前たちの魔法攻撃にかかっているんだからな。それを忘れるな」


「りょ、了解です」


 緊張に顔を強張らせるブリジットの頭に、ぽんと軽く手を乗せるハーマン。

 その顔からは普段の厳しい表情は消え失せ、まるで自分の娘を見る父親のような表情になっている。

 そんな隊長に小さく頷いたブリジットが緊張をほぐすように大きく深呼吸をすると、徐にハーマンは全員の顔を見廻した。


「よしっ、楽しいパーティーの時間だ。派手に暴れ回れよ!!」




 ――――




「ヴァルネファー将軍、敵の本隊が動き始めたようです」


「やはりな。 ――もうそろそろかと思っていたが、予想よりも少し早かったな。もっとも想定の範囲内ではあるが。よし、ジークムント、予定通り頼む」


「はい、承知いたしました。それでは奴らに目に物を見せて差し上げましょう」



 夜も明け、山筋の向こうから日が昇り始めたその時、カルデイア軍の本陣に二人の男の声が響いた。


 ここはカルデイア大公国とハサール王国の国境から東へ三十キロ進んだ場所で、包囲している西の三番の砦から五キロ進んだところだ。

 いまはこの場所にカルデイア大公国軍が本隊を展開していた。


 彼らは十日前からムルシア侯爵領内の砦の一つを包囲して、その中に逃げ込んだ五十名の兵士を人質に取っていた。

 そして領都カラモルテまでの道を空けるように要求したのだが、未だムルシア侯爵軍から返事は返ってきていない。

 

 その後の彼らはムルシア側からの返事を悠然と待っているように見えていたが、実はその裏で時間稼ぎをしていたのだ。



 カルデイア大公国とハサール王国の間には、百メートルを超える川幅のザクセン川が流れている。

 そしてそこには一本の橋が架かっていた。

 しかし元々大軍を渡すことを考慮していないその橋は、とても細いうえに造りも脆く、一度に渡れる兵の数に制限があった。


 そのため、国境から三十キロ進んだカルデイア軍本体は未だ人数が揃いきっておらず、現在も続々と到着しているところだったのだ。

 まさかそんな現状を知られるわけにもいかなかった彼らは、砦を人質にとってムルシア侯爵軍に選択を迫りつつ、その実裏では時間をかせいでいたのだ。

  

 そんな折、返事を返す前にムルシア侯爵軍が動き始めた。

 彼らは前線で膠着させていた本隊を動かしたかと思えば、夜明けとともに一斉にこちらへ向かって進軍して来たのだ。


 

 しかしそんな状況にも、カルデイア大公国軍の将軍――ダーヴィト・ヴァルネファーには焦りは微塵も見られなかった。

 まるで初めから読んでいたかの如く、その顔には余裕が浮かんでいる。

 そしてその横に立つ参謀ジークムント・ツァイラーも同様だった。


「皮肉なものだな。人質をどうするか、奴らが悩めば悩むほどこちらの兵員が増えていくのだ。現に今も続々と到着しているのだからな」


「はい。既に彼らは勝機を逃したのです。我々が攻め込んですぐに動けば良かったものを…… 仲間の命を無駄に大切にしようとするから、このような事態になるのです。時には非情に徹するのも必要でしょう」  


「まぁな。もっとも俺としては奴らの思いも理解できるがな。人質を取るなど、本音を言えばやりたくはなかったのだが」


 まるで吐き捨てるようなヴァルネファー。

 盛大に眉間にシワが寄るその顔には、彼の不本意な思いが透けていた。

 しかしそんな顔を見る参謀のツァイラーは、まるで気にする素振りも見せずに平然とうそぶく。



「昔から将軍は卑怯なこと、曲がったことが大嫌いでしたね。子供の時からそこだけは変わっていないようで……結構なことだと思っていますよ」


「……それは嫌味か? 非情に徹しきれない俺は、将軍として甘いと?」


「いえいえ、誰もそこまでは申していませんよ。――将軍としての正道な仕事以外は、全て私がやりますので。これまでも、これからも」


「ふんっ。まぁ、そんなお前だからこそ、俺は信頼しているんだがな。綺麗ごとだけで戦ができると思うほど、俺は理想主義者ではないからな」


「いいんじゃないですか? 理想を追い求めても。そんなあなただからこそ、私は隣にいるんですよ」


「……その言い方はやめろ、気色が悪い。――さて、そろそろ出ようか。さすがに敵に後れをとるわけにもいかんだろう。もっとも奴らはすぐに退くのだろうがな」


 まるで吐き捨てるようなヴァルネファーの顔には、何処か皮肉そうな笑みが浮かんでいた。




 ――――




 目指す砦の近くにロレンツォ達一行が潜んでいると、それまで陣を組んでいた敵の兵士たちが慌ただしく動き始める。

 そして暫く様子を見ていると、彼らは隊列を作って何処かへ移動していってしまった。

 その様子に満足そうに頷くと、ハーマンが小さく囁いた。


「よし、奴ら、前線の応援のために移動し始めたぞ。もう少し待てば、ここは手薄になる」


 後ろに潜む部下たちに合図を送りながら、隊長が続けて様子を見る。

 そして敵の動きが一段落した頃合いを見計らうと、ハーマンは指示を出した。


「敵の数が四十名前後まで減ったぞ……よしっ、魔術師ども出番だ、行けっ!!」



 その合図とともに、ハンネスを先頭にして魔術師三名が進み出る。

 そして相変わらず砦の周りに陣を組む敵の居残り組に向かって、攻撃魔法を放ち始めたのだった。


 草むらの中に姿を隠しながら呪文を唱えると、ロレンツォは攻撃魔法の基本中の基本である魔法矢マジックアローを放った。

 それも狙いを定めずに、広範囲に渡って光の矢の乱れ撃ちだ。


 範囲攻撃を優先するために精度よりも連射性を優先したそれは、通常のものに比べると一発の威力は低かったが、それでも指先ほどの太さの光の矢が次々と兵士の身体を貫いていく。


 その横ではハンネスも基本の攻撃魔法、電撃ライトニング・ボルトで広範囲に渡って敵を感電させていた。

 突然数万ボルトにも及ぶ電撃を受けた敵兵は、即座に死亡せずとも暫く身体が動かなくなる。


 最後にブリジットは、「えいやっ」と気合いの声とともに|火炎爆発《ファイヤー

・エクスプロード》を放ち始める。

 突然一千度を超える炎の爆発に晒された兵士たちは、着衣に炎を燃え移らせながら、悲鳴を上げて逃げ惑い始めたのだった。


 

 広範囲に渡る突然の魔法攻撃にパニックを起こした敵の兵士たちは、逃げる間もなくその場にバタバタと倒れていく。

 そして無事な者たちも、その間を縫うようにして逃げ惑い始めた。

 するとハーマンを先頭にした歩兵たちが回り込むと、生き残った者たちを斬りつけ始めたのだった。


 そして砦に向かって大声で叫ぶ。


「ムルシア侯爵軍の者だ!! お前たちを助けに来たぞ!! 全員砦から出てこい!! 今のうちに脱出するぞ!!」



 一瞬にして砦の周りに殺戮の嵐が吹き荒れた。

 その原因が味方の兵たちだと気づいた砦の中の者たちは、加勢をするために外に飛び出してくる。


「ありがたい!! 助けに来てくれたのか!!」


「俺たちは見捨てられたわけじゃなかったんだな!!」


「当たり前だ!! ムルシア将軍がそんなことするわけないだろ!! さぁ、今のうちに逃げるぞ!!」


「わかった!! いま怪我人を運んでくるから、少しだけ待ってくれ!!」


「できるだけ早くしてくれ!! この騒ぎを聞きつけられたら、奴らも戻ってくるかもしれん!!」


 突然の救出部隊の出現に、砦に籠城していた兵士たちはまるで踊り出さんばかりに喜んだ。

 そして自分たちを見捨てなかった将軍に向かって、次々に感謝の言葉を口にする。

 そんな彼らの姿を眺めていたロレンツォ達は、何とも誇らしい気分になるのだった。



 砦の中に籠城していた者たちは、その数およそ五十名。

 その彼らを加えると、出発した時には十五名だった救出部隊は、気付けばあっという間に六十名を超える立派な中隊規模の人数になっていた。


 さすがにこれだけの人数が揃えば、多少の敵が現れてもなんとかなると思ったし、奇襲攻撃では誰一人として怪我人も出なかった。

 だから彼らは油断していたのかもしれない。



「全員おとなしくしろ!! そこまでだ!!」


 突然の叫び声に気付いたハーマン達が振り向くと、すでに周りを百名を超える敵兵に囲まれた後だった。

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