第29話 強要された別れ

「へっくちんっ!! うぃー…… うむぅ、誰ぞ、わちの噂でもしちょるのかのぉ」


 その日も朝からリタは畑仕事に精を出していた。

 四歳も半ばに差し掛かった彼女は、毎日のように両親の畑仕事を手伝うようになった。

 そして秋も深まりすっかり山の紅葉が見ごろになったここ最近は、これからの長く厳しい冬に向けての食糧の貯蔵に余念がない。


 いまは八月に作付けをした秋ジャガイモを三人で収穫しているところだ。

 これは春ジャガイモに比べると長期保存がきくうえにでんぷん価が高いので、冬の間にスープに入れたりポタージュにしたりと大活躍するのだ。



 そして秋と言えば山菜、秋の山菜と言えばキノコだ。

 もともと山菜採りに目がないリタは、この季節はキノコを採っては乾燥させる作業を繰り返していた。

 なかでも乾燥させると長期保存のきく「しいたけ」は、スープに入れるのに丁度良く、水で戻せばシイタケステーキなども楽しめる。

 これからの長く厳しい冬を乗り越えるための貴重な食材として山から大量に採って来ていた。


 その他にもクルミや栗、山芋など、保存のきく食材は多数あり、リタはユニコーンのユニ夫の背に乗って山に入っては、ピクシーに手助けをしてもらって大量の食材を確保していたのだ。

 もちろん彼女が一人で山に入るのには両親も難色を示したのだが、林道から決して外れないことと、家から見える範囲に限定することによってその許しを得ていた。


 これはそれだけ彼らの食糧事情がひっ迫していることを意味し、多少の無理を通してでも来るべく冬に備えなければいけなかったからだ。


 もっとも両親にはそう約束したが、リタはその言いつけを守る気は毛頭なかった。

 それは山の奥まで行かなければ大した食材が手に入らなければ、その量もたかが知れているからだ。


 だから彼女は両親との約束をしっかりと守っているていで、その実、山の奥まで出張っていたのだった。


 


 午前の秋ジャガイモの収穫も終わり、山の紅葉を眺めながら三人でのんびりと昼食を摂っていると、遠くから何か馬車のようなものが近づいて来るのが見えた。

 そして護衛だろうか、その馬車の前後には馬に乗った二人の騎士が同行している。

 

 リタがそれに興味津々な目を向けていると、それに反して両親の顔は強張り始める。

 何事かと不思議そうな顔でリタが見る前で、彼らは落ち着かなく辺りをきょろきょろと見廻し始めた。


「――エメ、違う、あれはうちの馬車じゃない」


 その時何かに気付いたのか、父親のフェルがぼそりと呟いた。

 そしてその言葉を合図にしたように、エメも近づいて来る馬車に目を凝らす。


「そうね…… あれは私の家の馬車でもないわ――ちょっと待って、あれはここの領主様の紋章じゃないかしら……」


「えっ――オットー家の? でもなんで領主の馬車がうちに……」


 リタの家はこの村の一番端にあり、この先にはもう民家も畑もない。

 それにこの先の隣の村までは山を一つ越えなければならないので、こんな時間にここを走っているということは、あの馬車の目的地は間違いなくリタの家なのだろう。


「もしかして――バレた?」

 

「バレたって……どっちの話だ? 我々か? リタか?」


「きっとリタよ――そ、そんな、リタのことがバレたの?」


 両親の会話を聞いていても、リタには何のことなのかさっぱりわからない。

 それでもあの馬車の目的地が自分の家であることはわかったが、その目的が不明だ。

 もっとも両親にはわかっているようなのだが。



「あの馬車はなんぞ? 何しに来るくりゅのじゃ?」


 ゆっくりとこちらに向かってくる馬車を見つめながら、リタが無邪気な質問を口にする。

 そんな娘の姿を見つめるエメの瞳には涙が浮かんでおり、それを見る限り目の前に迫りくるあの馬車は招かれざる客であることは明白だ。

 しかも父親も同様な顔をしているところを見ると、事は相当深刻なようだ。


 いったいあの馬車と自分とはどんな関係があるのだろうか。

 そんなことをぼんやりとリタが考えていると、遂に目の前に馬車が停車したのだった。





「ここにリタという名の女の子供がいるはずだ。――お前か?」


 馬車から降りてきたのは、見るからに高圧的な顔をした一人の男だった。

 年の頃は三十代中頃、かなり薄くなった髪とでっぷりと太っただらしない身体が特徴の男で、馬車の扉が開かれてもすぐにその姿を現さなかったところを見ると、肥満のために素早く身体を動かせないのだろう。

 その証拠に、馬車から降りる際には御者によってその身体を支えられなければいけないほどだった。


 リタはこの村に転生してからというもの、太った人間を初めて見た。

 そもそも食糧事情の厳しいこんな辺境の村では、身体に脂肪を蓄えられるほど食事に恵まれてもいなければ、必死に身体を動かして労働しなければ食べてはいけないのだ。

 だから太っているというだけで、その人間は裕福な証拠だ。

 そしてこの村にはそんな裕福な人間などいなかった。


 そんな男が馬車から降りた途端、見た目通り高圧的な口を開く。

 その横には二人の騎士が支えるようにその両脇を固めていた。


「私はオットー子爵領の庶務調査官を務めるクンツ・ゲプハルトだ。この村に『魔力持ち』がいるという噂を聞いて調査しに来た。大人しく協力していただこう」  

 

「魔力持ち……」


 その言葉を聞いたフェルとエメが、立ちふさがるようにして娘の姿を隠そうとする。ともに強張る二人の顔を見る限り、この先の話は決していい話になりようがなく、リタも両親の背後にその小さな身体を隠した。


「ふんっ、そこの子供が『魔力持ち』か? 話によるとそいつがそうなのだろう? 違うのか?」


「はい、この子はリタです……しかし『魔力持ち』では――」


「嘘をつくな。こちらにはすでに情報は入っているのだ。これ以上適当なことを言うのであれば、お前たちを処罰することになるが?」


「しょ、処罰って、いったい我々が何をしたと言うのですか?」


「現にいまも『魔力持ち』をかくまっているではないか。 ――よもや知らぬとは言わせんぞ。身内から『魔力持ち』が現れた場合、速やかに報告しなければならんのだ。それをこれまで隠していた罪は重いぞ」


 ここ「ハサール王国」では、家族から「魔力持ち」が生まれた場合、速やかに役所に報告する義務がある。

 それは王国が法で定めたことなので、全国民がそれに従わなければならない。

 たとえそれがこんな辺境の村であったとしても同様で、リタの両親はリタが「魔力持ち」だとわかった時点で報告すべきだったのだ。

 しかし彼らはそれをしていなかった。


 もちろん彼らがその法律を知らなかったわけではなく、あくまでも素知らぬ振りをしてリタの存在を意図的に隠していたのだ。

 村人全員がリタの魔力を知ったうえで敢えて黙ってくれていたので、フェルもエメもすっかりそれに胡坐をかいていた。

 こんな辺境の村の出来事が、まさか領主の耳にまで入るとは思っていなかったのだ。


 しかし人の口に戸は立てられぬという通り、噂が噂を呼び、最終的に領主の耳に入ってしまった。

 そもそも二人の冒険者――パウラとクルスが、隣町でその噂を聞きつけて来た時点で最早もはや手遅れだと気づくべきだったのだろうが、彼らは何も手を打たなかった。

 それはフェルとエメの怠慢だと言えばその通りだが、正直に報告してしまえばリタが領主のもとへ連れて行かれるのがわかっていたからだ。

 

 

 通常「魔力持ち」はその身柄を国によって保護される。

 それはそれだけ彼らの存在が貴重だからなのだが、一般的に金銭で解決されることが殆どだ。

 つまり「魔力持ち」は、国によって金で買い上げられるのだ。

 そしてその身柄は国の中央の機関に送られて、様々な教育を施された後に国家の重要なポストに就くことになる。


 だからリタが「魔力持ち」であることがわかった時点で、両親は彼女を手放す覚悟をしなければならなかったのだ。

 しかしそれを決心できなかった彼らは、結局なんの解決策もとらぬまま漫然と時間を重ね、最終的に領主に嗅ぎ付けられてしまったというわけだった。




「とは言え、これほど可愛らしい子供なのだ。お前たちが手放したくない気持ちは私にもよくわかる。だから今回の隠蔽については特別に不問に付してやろう。――明日の朝にもう一度来るので、それまでに別れを済ませておくのだな」


 言葉だけを聞くと何やら慈悲のある対応に聞こえるが、何のことはない、明日の朝にはリタを連れて行くと彼は言っているのだ。


 リタの両親にとってこれほど絶望的な言葉はなかった。

 庶務調査官の男は、これまでリタの存在を隠し続けてきたことを罰しないと言っているが、彼らにとっては娘を取り上げられることに違いはなく、それ自体が罰のようなものなのだ。


 生まれてからずっと寝たきりだった幼い娘の病気も奇跡的に治り、貧しいながらもやっと家族三人で幸せに暮らし始めたのだ。

 その矢先にこの男は可愛い盛りの娘を連れて行くという。

 リタの両親にとって、こんな理不尽なことはなかった。


 

「お役人様、この子を手放すなんて私にはできません!! 何とかこの子を手元に置く方法はないものでしょうか?」


「そうです!! やっと病気も治って人並みに生きていけるようになったというのに…… なんとかならないのでしょうか?」


 フェルとエメが、日に焼けて疲れた顔に必死な表情を浮かべて言い募る。

 肥満のせいで常に汗を拭いているゲプハルトに向かって、リタの両親は身体を前のめりにしながら懇願した。

 しかし彼はそんな両親をあざ笑うかのように鼻から短く息を吐いた。


「ふんっ、何を言っている? この子供を手放すだけで国から報奨金が貰えるのだぞ? それもお前たちのような貧乏人であれば十年は食べていける大金だ」


「か、金だと!? 金でリタを売れというのか!?」


「そうだ。この子供を手放すだけで金が貰えるのだ。しかも貧しいお前たちにとっては口減らしにもなる。――子供などまた作ればいいではないか。次に生まれる子供には、その金でもう少しマシな暮らしをさせてやれるぞ?」


「そ、そんな酷い…… そんなお金なんていらない……」


 あまりにも無慈悲なゲプハルトの言葉に顔を覆ってエメが泣き崩れると、その姿を横目に見たフェルは激しい剣幕でゲプハルトに掴みかかる。

 しかしその身体は、ゲプハルトの両脇に立つ騎士によってあっさりと制止されてしまった。

 それでも激高したフェルの口が閉じることはなかった。



「なんて酷いことを!! 幼い子供を無理やり親から引き離すなど、よくも平気でできるものだな。あんたそれでも人間か!?」


「なんだと? 私に逆らうのか? せっかくお前たちの隠蔽を不問に付そうという領主様の慈悲がわからんのか!? それともお前たちは捕縛されたいのか?」


 あらかじめ二人の態度を予想していたのだろう。

 まるで見下すような表情でゲプハルトが二人を見つめている。

 その顔には意地の悪い薄笑いが浮かんでおり、彼がこの状況を楽しんでいることは明白だ。

 決して逆らうことのできない貧しい村人を追い詰めて、己の嗜虐心を満たしているようにも見えた。


 しかしこの状況を覆す方法など持ち得ないリタの両親は、固く唇を噛み締めながら必死に耐えることしかできなかったのだ。


「くっ――」


「それでだ…… 大金を受け取って子供を手放すか、子供を奪われてお前たちも処罰されるか――どちらがいい? 今すぐ選べ」


「うっ…… お、おのれ……」


 ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべているゲプハルトを睨みつけながら、両手をきつく握り締めたフェルが唸り声を上げる。

 その姿には普段の品の良さなど微塵も感じられず、ただひたすらに己の怒りの感情に身を任せていた。


 

「取り込み中失礼すしちゅれいしゅるが、わちの意向はどうなるのかのぉ?」


 そんな緊張した現場に、突然甲高い声が響き渡る。

 その声はこの場にはいささか不似合いなほどに可愛らしく、のんびりとした声だった。

 

「おい、ハゲ。わちが行くんイヤ言うたら、どないしゅる?」


 突然聞こえて来た声の主を全員が振り返ると、そこには不敵な薄ら笑いを浮かべる四歳児の姿があった。

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