二
西暦3108年5月8日。
その日、一隻の球状星間船が塔から飛び立ったのを皮切りにして、システム・Edenを多世界収束の混沌が襲った。
揺れ続ける塔の頂上で、二人の復元体は窓越しに船を見送っていた。割れ果てた空の彼方へそれが消えていっても、彼らは目を離さなかった。
「一緒に行かなくてよかったのかい?」
トウマ・シラハナが空を見たまま言った。エヴァ・ロイドはそこで瞼を下ろし、ゆっくりと首を横に振った。
「彼女は私がいると駄目ですから」
呆れているように肩を竦めるその横顔は優しかった。
「トウマさんこそ、ついていくと思いましたよ」
「はは、彼女は僕を必要としていないよ」
「そういうものですかね」
「そういうものだよ」
ぱきり、と振動に耐え切れなくなったガラスに罅が入る。罅の向こうで、何らかの飛翔体が塔の上空を目指して向かってくる様子を視認する。残された猶予は少なかった。
「僕はそろそろ行くけれど、君は?」
「兄が、まだ寝てますから」
「そう」
「待っているわけじゃないですよ。生きるか死ぬかが分かったら逃げます。持っていく記録に不明があるのは気持ちが悪いでしょう」
心なしか早口で捲し立てるエヴァに、トウマは微笑みを隠し切れなかった。
「それじゃあ、今度会ったときには、彼がどちらを選んだのか僕にも教えてくれないか?」
再会の確率を、彼らは十分に把握していた。
エヴァはふっと微笑んで、トウマに向けて頷いてみせた。
「ええ、お任せください」
演算月が損傷しつつあることを、二人は認識していた。
ふと、トウマは顎に手を置いて少しだけ思案してから、これまでのフィクションの中でもとびきりお気に入りの言葉を選んだ。
「君に、どうか幸運を」
その言葉の意味を把握して、エヴァは目を丸くした。
それから、これまでトウマが見たこともないような顔で、返礼の言葉を口にした。
「ええ、どうかシラハナさんにも、素敵な巡り合わせがありますように」
Edenのメインサーバが重力制御機構を失い地上へ落下する頃、都市から二人の復元体が姿を消した。
残留していたアンドロイドも、襲い来る多世界収束に巻き込まれるようにして、その大半が消息を絶った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます