見上げた空は薄曇り

古田地老

見上げた空は薄曇り

「ちょっといいですか。上を見てみてください」


夏休みに子供を連れて地元の科学館を出たところで、目の前の青年に声を掛けられた。右手で太陽の方向を指し、私と娘に空を眺めるよう促している。


「太陽はまぶしいので直接見ないで、その周りを」


何なんだこの青年は、と私は彼が示す空よりも彼自身の方が気になった。私服姿の彼はさっきまで館内の説明をしてくれた科学館の人ではなさそうだ。


「虹色の輪っかが見えませんか?ハロっていうんですけど、上空の氷の粒が太陽光を屈折させることで出来る現象で、太陽を中心に22度だけ離れたところに――。あと、さらに上の方に逆への字の――。それに、太陽の両脇にもう1つずつ太陽があるように見えませんか。あれは――」


説明をし始める青年の声を軽く受け流し、太陽を手で覆いながら空を見てみると、確かに彼の言う通り鮮やかな虹色の曲線が空に描かれていた。

本当だ、綺麗な虹が見えますね、と言うと


「虹みたいですけど違うものなんですよ。虹は水滴、ハロは氷によって見えるようになるんです」


と訂正してくれた。

ありがとうございます、教えてくださって、と伝えると


「こんなに綺麗なものを人に知られずにいるのがいられなくて、つい声を掛けてしましました。突然すみませんでした」


と言い、そそくさと地下鉄駅の方へ向かってしまった。


私は実は知っていた。科学館から出る前に、この優しい青年がエントランスの外でそわそわと誰かに話し掛けようとしていたところを。美しい光の輪、サイエンティフィックな説明、偶然の出会いと多様な知識がこの世界をもっと面白いものにしていくのだろうと、ふと感じた。


「あのお兄さんはね、めったに見られない虹色の現象を特別に教えてくれたんだよ」


娘にそう伝え、しばらく太陽と氷の天空のショーを眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見上げた空は薄曇り 古田地老 @momou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る