03 日中



 山の斜面から望む町の姿は、まだ人が居たころの面影も残る廃屋が散らばっている。それがかえって哀愁を誘う。

 私はスケッチする手を止める。記録紙には斜面から見える大まかな地形が描かれている。まあ、こんなものだろう。息をつき、記録紙の中央部と実際の地形を見比べる。

「よし、あの位置にしよう。ファビオくん、あの開けた場所に天幕を設置して」

 かつての大通りだろうか、調査拠点を置くのに十分な空間だ。そこには屍人ゾンビ骸骨スケルトンの残骸も散らばっているが、彼らにも手伝ってもらえば良いだろう。

 私は揺れることなく安定していたファビオくんの背の椅子から降りる。差し出された骸骨の手を取り、スタっと着地する。私の動きを確認した後、ファビオ君は大地に打ち込んだ己の腕を引き抜き、立ち上がる。

 骸骨にエスコートされ斜面を降り、開けた目的地に着く。ファビオくんは既に天幕のアンカーを撃ち込み始めている。他の者たちにも手伝ってもらおう。

 瘴気と漂う雑霊と私の魔力をブレンドし、式を編む。それを周囲に散らばる焼け焦げた不死者アンデッドの残骸に注いでいく。

「さあ、起きて」

 動かぬはずの残骸が不自然につながり、物理法則を無視して動き出す。なんともいびつな再誕だ。

 彼らの肉体と魂はもはや共通ではないのだ。大抵の魂は既に旅立っている。

 だから、こういった不死者にかつての面影を追い求めるのは無駄なことだ。肉体と魂が一致したものなど、種々の条件を満たした極一部のものだけなのだから。


 聖水の効果で瘴気と遺体の結びつきが弱まった彼らは、私の術式でも自然発生の不死者並みに動きが鈍くなっている。無理につなげた部分も脆くなっているだろう。

 それでも私の骸骨隊の指示に従って健気に働く。細かな残骸を拾い集め整理したり、天幕の設営を手伝ったり。

「それにしても、この辺りは焦げてる子が多いわね。入り口付近は物理的に破壊されているものばかりだった。どちらも聖水は惜しみなく使っていたけど、神官の力は温存しているようね」

 焦げた残骸は、資料のパーティーからすると付与術士エンチャンターの仕事だろう。焦げていない屍人たちも干からびていて、実に燃えやすそうだ。

「調査書にあったような濃霧は発生していないんじゃないかな。天気屋もそう言ってたし」

 しかし、骸骨になっていない屍人が思ったよりも多い。伝染病から八年が経過しているのに。

 大地を蹴ると土が崩れる。この土地は病んでいる。そこに土葬されたせいで腐敗があまり進まず、ミイラ化したものが多いのかもしれない。

 その場を観察している内に天幕は完成したようだ。ファビオ君は机と椅子も並べ終えている。机の上には既に杯と葡萄酒が置かれていた。

「次は死因を知りたいかな。観察しながら遺体を回収しよう。みんな、付いて来なさい」

 調査書にある遺体の位置へと向かう。ここに近いのは盗賊と付与術士。そこから回ろう。

 私を先頭にファビオくんが追従し、骸骨隊が今日創り出された焦げて欠損だらけで一様さの欠片もない不死者たちを誘導する。

 百鬼夜行が始まるが、ここでは人目を気にする必要はない。

 彼らの遺体は他の冒険者とはかなり離れた位置にある。調査書にあるように退路を開こうとしたのか。それとも仲間を見捨てて逃走したのか。


 大地に散らばる彼らの遺体は無惨に引き裂かれていた。広範囲に血痕が飛び散り、バラバラになった遺体は生前の傷と死後の傷の判別も難しい。

 腐敗はあまり進んでいないが、脳も損壊し、魂も既に旅立っている。霊媒を行ったとしても意味のある言葉を受け取ることはできないだろう。

 魔力と瘴気の残滓ざんしから、精神への浸食、汚染の痕跡が感じられる。狂気に侵され錯乱状態で逃亡したか。毒による影響や呪いを受けた可能性は低そうだ。

 不死者たちが運ぶ遺体、その顔を覗き込む。部分的だが恐怖に歪む表情が張り付いている。

 認識票ドッグタグはすでに回収されていたため確実とはいえないが、調査書によればこちらが付与術士のようだ。

 よく見ると引き裂かれた荒い傷だけでなく、鋭利な傷もあることが分かる。錯乱状態で幻覚を見て同士討ちになってしまったのかもしれない。

「君たちはどうしてそんな姿になってしまったのだろうね」

 物言わぬ瞳は死の瞬間の像を映してはいない。

 死と隣り合わせの冒険者の生活。その中で彼らは納得のいく人生を送れただろうか。

「君たちの次の旅路に祝福のあらんことを」

 彼らのまぶたは残っていたので目を閉じさせる。拠点に安置し、次の遺体の場所へと向かう。

 残りの四人はそこまで離れているわけではない。戦士と荷運び、リーダーと女神官がそれぞれより近い場所にあるようだ。どちらも斜面から望むことのできた井戸の近くで最期を遂げた。

 ここから向かえば戦士と荷運びの遺体が先に見つかるだろう。


「ここは流石に酷いなあ……」

 バラバラになった過去に人であったもの。それが至る所に飛び散っている。激戦の果て、積み重なる遺骸。薄茶色の大地がここでは赤黒く染まっている。濃厚な死の匂い。歴戦の冒険者でも気分が悪くなるだろう。

 五体満足な遺体など無い。認識票の無い遺体の判別がつくだろうか。

 ここの残骸たちを不死者にしたら得体のしれない物体になりそうだ。魔力の消費も無駄にかさむだろう。

 千切れて転がる屍人の頭。拾い上げ、私はその口が含んでいる指をつまむ。顎を掴み、引っ張ると、指に突き刺さった歯も一緒についてきた。

「これはどちらの指かしらね。大きな指だけど、戦士も荷運びもどちらも大柄だからなあ」

 私は付き従う不死者たちに残骸の回収を命じる。

 重いものはファビオくん、二人のものと思しき遺体の残骸は器用な骸骨隊。残りの残骸は現地調達の不死者たちに。

 廃屋の壁に張り付いた肉片を引きはがし、回収する不死者の姿は悪趣味なコメディ。健全な青少年にはとても見せられない地獄絵図も徐々に片付いていく。


 散らばる残骸を踏み越え、私は一足先に井戸へと向かう。リーダーと女神官が眠っているはず、安らかな状態ではなさそうだが。

 冷たい風が悲しげに鳴いている。頂点を越え傾き始めた太陽は、かすように私の影を伸ばしていく。

 石造りの井戸のそばには女神官の遺体。血塗ちまみれではあるが、今までの四遺体とは異なり比較的欠損が少なく、原形を留めた綺麗な状態で横たわっている。

 彼女の瞳の上に置かれた銀貨を持ち上げる。そこに浮かんでいるのは不思議そうな表情。理解できないまま死んでいったのか。幻覚を見たまま死んでいったのか。

 討伐隊はこの状態の彼女も回収せずに認識票だけ持って行った。私たちの調査が入るから。それが冒険者の習わしとはいえ、心に引っかかるものもあっただろう。ゆえに私たちの責任は重い。

「私が君たちの無念を晴らしてあげないとね。二度と君たちのような犠牲者を出さないためにも」

 井戸の周囲には焼け焦げた不死者の残骸ばかり。リーダーの遺体が見当たらない。しかし血痕は井戸のふちにまで、べっとりと続いている。誘導されるように井戸の中を覗き込むが、奥ははっきりとは見えない。

 私は魔法光の式を編み、小石へとまとわせる。それを井戸の中に放る。カツンと内側の縁に当たりながら落ちていく。光の軌跡に映る血痕。

 ポチャリと水を打つ、しかし沈んだのではなく何かに当たった音。波紋の広がりとそこにある遺骸。揺らぐ光と白膨れした皮膚。

 調査書から想像したように、二人の愛は永遠に、とはいかなかったか。



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