残り42日


「では皆さん、二人組を作ってください」


 目の前の教師から、この世の者から発せられた思えない恐怖の言葉を聞いた。このボッチにとって苦でしかない選択に、俺は戸惑っていた。お前は健人がいるじゃないかと声が聞こえるが、人気者の健人はクラスメイトから取り合いになっている。ほとんどは女子からだが。


「健人くん、私と組みましょう」

「なによあんた、うちが健人くんと組むのよ」

「ちょっと、勝手に決めないでちょうだい!」


 困り顔の健人のことは無視して、怖い怖い争いが繰り広げられていた。それでは本末転倒じゃないかと思うのだが、当の本人たちは周りが見えないくらい白熱していた。


 現在、二時間目の美術の授業中だ。お互いの顔をスケッチし合うという悪魔のような時間が訪れていたので、二人組が強制だったのだ。このボッチにとって苦でしかない選択に、俺はは戸惑っていた。


「あぁ……サボればよかった」


 大きなため息と共に苦言をこぼす。

 なにせこのクラスに、健人以外に仲の良い友達なんていないからだ。……あ、いるにはいるが、彼女は俺と組みたいとは思わないだろう。なにせクラス内で俺と話すことを何故か避けて――


「ほんとよね。保健室にでも仮病で逃げればよかったわ」


「か、花蓮……。どうしたんだ?」


 隣にはいつの間にか花蓮が座っていた。なんだかいつもよりソワソワしている気がするが……たぶん皆がいる前で俺と一緒にいるから迫害されないか危惧でもしているのだろう。


「べ、別にどうもしてないわよ。それより、健人くんと組まないの?」


「見てのとおり、女の子から引っ張りだこだ」


 健人君の周りには未だにクラスの女子がたかって囲っていた。その光景を見て「あぁ……そういうこと」と全てを察してくれた。話が早くて助かる。


「ふーん、なら仕方なく貴方と組んであげるわ」


「え? いいのか?」


「いいから貴方は素直に首を縦に振ればいいのよ!!」


「へいへい、ありがとうございますっと」


 「仕方なくなんだからね!!」と念を押されながらも花蓮は目の前にある椅子に腰掛けた。そのままでは書きにくいと思ったのか、長い髪を後ろに束ね、カバンから取り出して口に咥えていたゴムで髪を綺麗に結び直す。

 その見慣れない女性らしい仕草にドキッとさせられてしまう。


「ん? どうしたのよ。早く書いて終わらせるわよ」


「あ、ああ。任せとけ、最高に上手く書いてやる」


「下手くそだったら承知しないから」


 それからは、お互い静かにスケッチしていった。顔をまじまじと見つめられながら描くので……少し、いや、かなり恥ずかしかった。


 ちなみに結果は、俺が上手いというより花蓮が下手くそすぎて、どこかの芸術家のような個性が溢れる絵になった。


「俺には理解できない芸術がそこにはあるんだな」

「う、うるさいわね!! 絵が下手でも生きていけるからいいわよ!!!」


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