宇宙的ていねいな暮らし

難波優輝

夏を知らない宇宙人と花火を見に行った話

宇宙人が花火を見たことがないと言うから、連れて行くことにした。


「なんかもう爆発する音が遠くから聞こえるんやけど」

「聞こえない。もうちょっと待って。帯を結んどる」


宇宙人の姿はデビュー当時の山口百恵である。宇宙人には数百ほどのジェンダーがあり、それらは流動的であったり何らかのサイクルがあったりするらしい。色々と教えてもらったが、いまだに理解できていない。


地球で言う「女性」のジェンダーがこのくらいの時期にはまあまだ近いということで、百恵ちゃんの姿になった。じぶんは百恵ちゃんの歌う『さよならの向う側』がたいへん気にいった、とモモ(以下「モモ」は山口百恵そっくりの宇宙人)は言っている。


わたしはじぶんの見繕いもそこそこに、モモに紫陽花の浴衣を着せていた。お母さんがモモのために引っ張り出してきたやつだ。深い藍色に染まった生地に、より深い紫や淡い青の花がそこここに鮮やかに咲いている。


「きつくない?」と膝立ちから見上げると、縁側の向こうに目を細めている。「何見とん」

「花火。移動しとるかもしれん」


いや、花火そういうやつではないんだけど。


「いいからはよして! 終わってまう!」

「はいはい」


背伸びをしたり、今にも駆け出そうとするモモを抑えながらついに完成した。


「はいできた。かわいい。ぴったり。わたし才能あるわ」


鏡の前でモモが回転する。ふわふわした肩までの髪が揺れる。後ろに仁王立ちのちょっとデカい(180cm弱)わたしが映る。似てない姉妹みたい。


「おお……」

「行こか」



お母さんにせしめたお小遣いを巾着に入れて、下駄を鳴らしながら神社へ向かう。


「夏すごい」

「何が?」

「こう……感じがある。皮膚にひっつくみたいな湿気とか、浴衣の匂いとか、お昼に入るシャワーの後の涼しい感じとか」

「蝉の抜け殻とか」

「そういうんやない」

「やったら縁側で昼寝した後の張り付く前髪とか」

「それ」

「ラムネ瓶の冷たさとか」

「どうやろ?」えくぼができる。


いっしょに夏の〈感じ〉を数えていくモモの手を引いて、階段を登る。安っぽいスピーカーから流れる音割れ祭囃子が聞こえてきて、最後の一段を登り終える頃には、特定できないいい匂いに鼻がひくひくし出す。


「なんか食べよか」

「いや、花火みたい」

「まだよ。あと三十分はある」

「えっ」


まずは焼きそばを食べる。このプラスチックのペラペラの箱、感じがあるわとモモがもごもごしながら言っている。はよ食べえ。

見回すと、それほどデカくないこの地域でもかなりの盛況だった。浴衣姿の若いひとびとの姿に、なんとなく明るさを感じた。



出店を冷やかしていると、わたあめをなめているモモが立ち止まった。髪飾りやブレスレットやががちゃがちゃと並べられた出店。わたしはその目線の先のものに手を伸ばした。


「このバレッタかわいない?」

「かわいい……んか?」首を傾げるモモ。

「ほら」つけてあげると、安っぽいビーズでできた紫陽花のバレッタも、モモのちょっと癖っ毛の黒い髪に留めると真正な宝石のように光った。

モモはなんだかくすぐったいような顔で、首をすくめて小さな店先の小さな鏡を覗き込んでいる。その後ろ姿にキュートさを覚えた一瞬、なぜか悲しくなった。



のんびりしていたから、いい場所はみんなブルーシート持参のガチ勢が持っていってしまっている。すこし疲れたモモを木陰に座らせて時計を見た。ちょっと遅れてるみたい。前の方のひとはみんな座ってたのしげに会話をしていたり、家族やカップルは静かに時間と空間を共有している。ぼーっと眺めていると、どこからか歌が聴こえてきた。


「何億光年……」

「ふふ、モモは百恵ちゃんの曲好きやね」


『さよならの向う側』。わたしも好きだった。その歌詞の意味もよくわからない頃から。なんだか切なくて、でもほのかに明るいような。素敵な歌だ。


「輝く星にも……」

モモが来たのはついこないだだった。お母さんは宇宙人だときいて「あらそう!」と言っただけだったが、もちろん、この世界は宇宙人がごろごろいるような世界ではない。モモじしん、なぜここ地球で目覚めたのか、そもそもじぶんの名前がなんなのかも分からないと言った。宇宙人にもやっぱり親も子もいるだろうし、生まれ故郷もあるだろう。


「あなたのぬくもり……」

モモが夏を知っていくたび、わたしはとてもたいせつなものをひとつひとつ手渡しているような、すこし誇らしい気持ちになる。次はどんな風景やどんな夏の〈感じ〉を伝えようか。それから、夏の向こうも。その先も。

だけど、モモはいつまでここにいてくれるんだろう。



町内放送のしゃがれたスピーカーからアナウンスが聞こえた。そろそろ時間だ。

しゃがんでモモの手を握った。

「ほら、モモ、上がるよ」

覗き込んだモモの眼の中の群青の空に、一輪の花が咲いた。

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