目の中の虫。
千島令法
虫
白い天井を見ていると、黒い虫がよく見える。
僕の目の中には、虫がいる。いつからだったか分からないけど、気が付いたときにはもうすでにいた。何匹いるのかは知らない。普段は気にもならないほど小さくしか見えないから、邪魔にもならない。
虫が悪さをして生活に困るということはないので、きっと僕はこの虫と一緒に生きて育つのだろうと思っていた。
だけど、小学校三年生になりたての時、家の畳に寝そべって茶色い天井を眺めていたら、いつもより濃く虫たちが見えた気がした。「この虫たちは何をしているのだろう」って気になった。
気になった僕は、その日から虫たちの観察を始めた。
今日で四十二日目。ノートに観察日記をつけているから、何日経ったか分かる。
そして、観察を始めてすぐに分かったことがあった。
日記を始めてから五日目。雨が降っている朝に、いつものように学校に向かっている時、道の真ん中にお腹が破れて胃や腸が流れ出たタヌキが寝そべっていた。たぶん車にひかれてしまったんだと思う。
あまりに気持ち悪かったからすぐに手で目を覆ったんだけど、ちょっと興味を惹かれて指の隙間から、そのタヌキを見てみた。その隙間から一度見ると、僕はタヌキの内臓から目が離せなくなった。グロテスクではあるんだけど、雨で血が綺麗に流された臓器がキレイだと思ったから。
目が離せないまましばらくジッと見ていると、サワサワと目の虫たちが集まってきた。普段は邪魔にならないぐらい小さいんだけど、その時はハッキリと集まっているのが分かるほど黒い点にまでなった。そこまで濃く集まっているのを僕は見たことがないし、家の天井を見ていたときとは比べ物にならないほどだった。
見ていれば見ているだけ集まってくる。その虫たちが作る黒い点はどんどん膨らんでいった。最初は小さな丸として広がっていたんだけど、あるところで形が変わった。僕が見ているタヌキからは、はみ出さないように広がっていたんだ。その様子から僕は「虫たちはタヌキに集まっている」って思った。
タヌキを見た時は、それだけしか気が付かなかった。だけど最近になって、新しいことに気付いた。
普通のタヌキには集まってなかったってこと。だいぶ前だけど、お父さんに連れていってもらった動物園で見たタヌキには、虫たちは集まっていなかった。もしかしたら、死に関わるものに集まっているのかもって。当たってるか分からないけど、たぶん間違ってはいないと思う。僕の手に集まる虫の数は日に日に増えているから。
「U君、今日はどう?」
隣の病室に入院しているKさんの声がした。優しくてケラケラとよく笑う人。もうすぐ八十になるってこのまえ言ってた。
僕は視線をKさんに向けると、待っていたかのように勢いよく虫たちが集まっていく。アッと言う間にKさんを虫たちは覆いつくす。
「もうあなたも死ぬんだ」って、僕は思った。
目の中の虫。 千島令法 @RyobuChijima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます