新たな一員

ねずみ

新たな一員

 皆さんは博物館に行ったことがあるだろうか。特定の分野に対して価値のある資料や美術品などを収集、保存するとともに研究や来訪者への展示を行っている施設である。古文書をはじめ多くの資料にとって光は劣化の一大要因であり、学芸員は見やすくするほど資料が傷むジレンマに苦しめられながら試行錯誤しているのだが、それはさておき。

 アイスランドのレイキャヴィークには、Hið Íslenzka Reðasafnという有名な博物館がある。原語表記なのは直訳するとこの企画のレギュレーション違反になってしまうからだ。これは世界最大のお宝 ――主に有性生殖をおこなう動物のオスが持つ―― を収蔵・公開する博物館なのである。

 世界唯一かと思ったらこの種の博物館では世界最大であるらしい。つまり世界にはこういうネタ(*1)を扱った博物館が幾つも存在するということだ。ぷーぷみゅーじあむを首都に置いて御土産にとぐろを巻いたグミを売る国もある。(*2)いっつくれいじーいいぞもっとやれ

 さてそんな強制ハッピー生産施設だんだんわらいがこみあげてくるたるこのイチモツ博物館にはホモ・サピエンス・サピエンス、つまりヒトのゾウさんも収蔵されている。その過程については映画にもなっており(*3)、どたばたコメディとして人気である。

 本日はこの博物館が世界で最も注目されたとある事件についてお話させていただこう。


 2XXX年、アイスランド上空に未確認飛行物体が襲来した。ロケットに似た形状をしたそれは国土上空をゆったり飛び周り、先端からときおり謎の液体をばらまいた。その液体は付着した植物を枯らし、地面にしみ込んでしばらくした後に白く細い茎のようなものがひょろりと伸びてくるのだった。

 この珍事にアイスランドは大混乱に陥った。もちろん大統領は国家の危機に立ち上がり、在住するアメリカ軍隊もその意志を共にしたが、歯牙にもかけられず撤退した。彼らは自然や人間が生み出す脅威に立ち向かう存在であり、生きているかも定かではない怪奇現象に打ち克つノウハウなど持ち合わせていなかった。


 国内は恐怖に包まれた。神に祈るものがいれば国外へ逃亡するものもおり、小遣い稼ぎバズりを狙って動画サイトに投稿するツワモノもいた。その誰もが、あの飛行物体は人の力及ぶものではないという諦めを抱いていた。ただ一人を除いては。

 そう、我らが珍宝博物館の館長である。

 地面からひょろりと突き出した白いナニカを眺めているうちに現館長はピンときてしまった。これはあれに似ている。1日に3億もの兄弟とともに産まれ、その大多数が無慈悲にも安楽死させられるティッシュに包まれポイされるあわれな命の切れ端に。

 ならば空に浮かび膨大な種を撒くアレは、地球外生命体のナニなのではなかろうか。

 地球上のあらゆる秘宝を収集した当館に相応しい、新たな1本なのでは?

 館長はゆっくりと天を見上げた。太陽光をぬらぬら弾く流線形のボディ、尾部にある2つの膨らみ、くぱくぱと開閉し白いモノを飛ばす噴出孔。世界を脅かす未知の物体は、いまや収集すべき魅力的なシンボルにしか見えなかった。


 哺乳類であれ鳥類であれ、地球の枠組みには収まらない奇種であれ、それが男性性のシンボルならば誰よりも詳しくあらねばならない。

 固い決意とともに立ち上がった館長に対し、周囲の反応は大きく3つに分かれた。世迷言と笑い飛ばしたのが4分の1、ついに狂ったかと憐れんだのが3分の1。およそ半数の人間はいつもの病気オタクの発作かと肩を竦め、それが最も適確だった。

 館長は寝食を惜しんで研究に没頭した。立派な逸物をなるべく損なわず確保および収蔵する方法をおはようからおやすみまで考え続け、夢の中では新しい展示品を活かすありとあらゆるレイアウト案を試した。そうは言っても彼はしょせん民間人、悠々と空を進む飛行体に追いすがる設備は持たなかった。ならばと館長は地面に目を向けた。そこでは竿から放出された分泌物に包まれた白い子種がそよそよと尾を泳がせていた。生長した子種にもぬるぬるした粘液は保持されているし、降ってきたときのままであればころりと太っているだろう先端部はライバルを出し抜いたウニの配偶子のごとき執念で大地に食い込んでいるから風に飛ばされることもない。館長は子種の横にテントを張り、採取ビンと各種試薬を持ち込んだ。黙々と実験を重ね、館長はついに子種を包む粘液が分泌当初は透明であること、周囲のガラス質を吸収して白く濁ることを発見した。粘液が白濁するほど子種の動きは活発になり、白い尾部がするすると伸びた。この粘液は母なる大地に届くまでは子種を守る潤滑剤、頭部が中まで入り込んだ後は生長のための栄養剤として機能するのだ。子種が土中の二酸化ケイ素を吸収する地球を食べているという事実は世界中でちょっとしたパニックを引き起こし、一部の人間は地球外生物に蹂躙される地球という新たな扉を開きプチオンリーを開催した。館長は世界の反応なぞ知らぬ顔で(実際のところ1ミリも興味がなかった)子種を覆う潤滑液ごと保管すべく信頼している理化学用品製造会社に超特大のアクリルボックスと、それにぴったりハマるあるものを発注した。業者は一瞬面食らったがなにせこの博物館とは長い付き合いである、瞬時に気を取り直しピンクなホテル(*4)の浴室よりもスケスケのモノを納品した。


 こうしてガラスを溶かすキワモノを安全に保管する目処は立った。次の課題はどうやって手に入れるかだ。

 館長には秘策があった。小鳥を呼ぶならパンくずを撒き、ネズミならばチーズを置く。ガのオスはメスのフェロモンに集い、ウグイのオスは下半分を赤く塗った模型に求愛し、カエルのオスは自分より小さな個体にしがみつく。生物は食欲と性欲の快楽には抗えないようできている。

 生殖の象徴そのものを最も興奮させる道具。この問いに対して館長の出した答えを、特注の捕獲装置が物語っていた。

 透明なその装置は収蔵用のアクリルボックスにぴっちり内蔵されていた。滑らかな表面はふにふにと柔らかく、それでいて心地よい弾力を返す。柔軟に拡がる入り口の奥には不規則な凹凸と輪状のひだが幾重にも並び、一際せまい輪の奥には、少し固めの行き止まりと小さな穴が空いている。超巨大なイチモツにふさわしい、超巨大なオトナのオモチャだった。

 館長はここ数週間のニュースと天気予報から空を飛ぶモノの進路を割り出し、経路のうち博物館から最も近い地点に捕獲装置兼収蔵容器を設置した。

 その結果がどうだったかは……イチモツ博物館を訪れれば一目瞭然だろう。博物館の入り口、ヤシの実バナナの銅像の横には、唯一にして最大の機能を保ったままの標本が展示されている。銀色のチン像はケースの中でびくびくと脈打ち、ときおり白濁液を噴き出す。それらは日に一度、回収されて貴重な資源として利用されている。

 こうして当博物館は歴史に名を刻んだのだ。



 *1 ネタ感あふれるこの博物館、しかしジャンルは「科学」である。まあまあわかる。

 *2 我らが日本だ。しかも2つある。いっつくれいじー。

 *3 「最後の1本(The Final Member)」 なお同博物館はより状態の良い新規メンバーを募集中らしい。

 *4 ちなみに英語ではブルーなホテルらしい。

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