確率
突飛な行動と、独特な言葉運びが原因で宇宙人と呼ばれてるこの少年は、確かによくわからないところがあった。
放課後。
一緒に帰ろうとあちらから声を掛けてきたくせに、いつまで経っても姿を現さないことにしびれを切らし、校内を探し回った結果、最終的に行き着いた先は屋上。
うちの学校は、一応屋上へは立ち入り禁止という体裁になってはいるが、施錠などは特にされていない。
なので、入ろうと思えば誰でも入れてしまう。
だからと言って、本当に入れば反省文ものなのだ。
放課後とはいえ、ここまでくるとあいつは究極的に警戒心が薄すぎなんじゃないか、とすら思えてくる。
「一緒に帰るって言ったくせに何してんだよ」
柵に寄りかかりぼーっと空を眺めてた少年に声を掛けると、声に反応してピクリと肩が揺れる。
「……あのね、今日はすぐに帰ろうっていう気分だったんだけど、ちょっと気になることができちゃって」
こっちを向くこともなく、そう言う視線は、固定されたように動かない。
だったら、俺になんか一言言ってからにしろ、ともう何回目かわからない忠告をしようかとも思ったが、今までの経験則上、それが叶ったのは全体の二割にも満たないので、まあ今回も言ったって無駄だろう、ということで。
「そこ、角度が悪かったら職員室から見えるぞ。ぼーっとするなら場所移せ」
忠告を諦め、一応、善意からそう言ってやるが、果たして聞こえてるのか聞こえてないのか。
動こうともしないし、何かを考えこんでいるかのように、視線はずっと動かない。
まあいい。俺が今いる扉の前は、職員室からは見えない位置だ。運が悪くない限り、俺だけは逃げられるだろう。
……多分、こいつのことだから、自分がバレたときはあっさりと俺も一緒にいたと言うだろうけど、まあその時の面倒事はその時に考えればいいことだ。
「それで?俺はこのままお前を待ってたほうがいいのか?それとも今すぐ帰ってもいいのか?」
待てって言われれば適当に校内で時間を潰すし、帰っていいって言われれば今すぐ帰る。
というか、帰っていいと言ってほしい。今日は早く帰って課題を済ませないと、明日の提出期限に間に合わなくなる。
「うーんと……どうしようか」
「どうしようかってなんだよ」
「一緒にいてほしい気もするし、いてほしくない気もする」
「どっちつかずだな」
視線を斜め上に向けたまま、何を考えてるんだかわからないテンションで不思議なことを言ってくる。
そういえば、こんなどっちつかずな発言はこいつにしては珍しいほうかもしれない。
「あのさぁ」
なんか嫌な予感がするな、という漠然とした不安感を抱き始めると同時に、一瞬だけ、あいつの視線がこっちに向く。
「僕ってさ、宇宙人って呼ばれてるじゃん?」
「そうだな」
「宇宙人ってさ、飛べたりするじゃん?」
「種類にもよると思うけどな」
突然何を言い出すんだか、と思うが、別に今に始まったことじゃないな、とツッコミを放棄しつつ、淡々と相槌を打っていく。
「だからさあ」
僕も、飛べないかなぁって。そら。とべないかなあって。
「………は?」
かしゃんっと、柵に手を掛ける音が、やけに大きく聞こえた。
残念ながら、ここの柵は腰の位置くらいまでしかない低いものだ。
だから、飛ぼうと思えば、いくらでも飛べてしまう。
ただ、飛んだあとは重力に逆らわずに落ちていくだけで。
「やってみてもいいと思う?」
なんて聞いてみてしまうあいつの今の心境は、一体どういう感情で構成されているのか。
宇宙人なんて呼ばれているあいつは、他の友人たちよりも、輪をかけて考えていることを読みにくい。
というか、他人の心境は俺には全く理解できない。
前々から勘はいいほうだと思っていたが、嫌な予感をこんな形にして突きつけないでほしい。
この後、駄目に決まってるだろ、という俺の制止が、あいつに真っ直ぐに届く確率は、一体どのくらいだろうか。
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