医療魔法士エルンと亜人の謎

春風利央

医療魔法士エルンと亜人の謎

爽やかな風が気持ちいい初夏。

私は朝っぱらから王宮に出向いていた。

プロの医療魔法士として働きだして、約5年。王宮の書庫へ自分から通うことはあっても、王宮に仕事で呼び出されるのは初めてだった。

今回の仕事の依頼者はなんと、この国の国王であるクロウレス陛下だ。

陛下じきじきのお呼び出しということは、それなりの仕事なのだろう。

どんな仕事内容か考えながら歩いていると、あっという間に王宮に着いてしまった。


「医療魔法士エルン・ステッチ、国王陛下の命により、馳せ参じました。」

「うむ、よくぞ参った。到着したばかりのところ悪いが、早速今回の依頼について話させてもらう」

「了解いたしました。」


そう言うと、私はポケットからメモ帳とペンを取り出した。それを見届けた後、陛下は話し始めた。


「今回の依頼はズバリ、亜人たちの身体検査じゃ。彼らが20年前、突然この国に現れたこと、奴隷として扱われていたのは知っておるな?」

「はい、存じております」

「彼らは奴隷だったために病に罹っても医者に診てもらえず、早死にしていた。儂がこの国の王になってから奴隷制度は廃止し、亜人も自由の身となった。しかし、未だに残る偏見に差別で結局医者に診てもらえない者がほとんどじゃ。そこで、誰とでも分け隔てなく接し、治療するというそなたに亜人たちを診てもらいたいのじゃ!」


なるほど、そういうことだったか。

確かに私は患者は患者と思っているので彼らに対する偏見や差別は無いに等しい。むしろ、行き倒れていた亜人の子供を保護・治療し、助手にしているくらいだ。今回の依頼は私にぴったりだろう。


「内容は把握しました。いくつか質問があるのですが、よろしいでしょうか」

「申してみよ」

「合計何人の亜人を診ればよろしいでしょうか」

「現在把握している亜人を全員診てほしい。まだ増える可能性もあるが、現時点では85人だ」

「意外と少ないですね…もっといるかと思ったんですが」

「うむ、それが病で亡くなってしまった者が多くてな」

「そうでしたか…」


それからいくつか質問をし、依頼書を作成して帰ってきた。思いのほか話し込んでしまい、帰ってきたころには昼過ぎになっていた。

身体検査の仕事は今日から始める。この国に住む亜人たちにももうすでに伝達魔法で通達してあるので、これから忙しくなるだろう。

今日は王宮から呼び出しがあって臨時休業なので明日からの営業だ。

普段の診察に加えての亜人たちの診察という明日からの激務に備え、私は買い出しに行くことにした。






「こんにちは。王宮からの通達で来られた方ですか?」

「は、はい。ここでお医者様に診てもらえると聞いて来ました」

「わかりました。では、この紙に名前等のご記入をお願いします。記入が終わったら、これを受付に返したあと、あちらの椅子に座ってお待ちください」

「はい!」

「……はあ」


私は受付で行われた亜人と受付担当看護師の一連の流れを見て、他の人に見えない位置でため息を吐いた。

彼女は診察してもらえるのがよほど嬉しいのか、小さな尻尾をぶんぶんと振りながら待合席まで歩いて行った。

こんなことがもう既に5回ほど繰り返されている。

診察してもらえるだけでここまで喜ぶ彼ら彼女らを見て、亜人たちを取り巻く環境がとても過酷だったことを思い知らされた。ため息を吐きたくもなるものだ。

だが、今彼らの環境を嘆いていても何も始まらない。今私ができることは、できるだけ彼らを不安にさせず、彼らの身体検査をし、それらのデータをもとに亜人の研究を進めることだ。

亜人たちは、私たち人間と体のつくりが違う。さらに、‘‘亜人’’とひとくくりにしているが、彼らの身体的特徴は多岐に渡る。翼があるもの、尻尾があるもの、さらには鱗が生えているものまでいる。身体の構造が似ている者もいるが、ほとんどが微妙に形や大きさも違うのだ。

そんな訳で、少しでも亜人たちの共通点を見つけ、今後の治療に生かすために私は彼らの遺伝子の研究を少しずつ進めていった。


「……これは」


遺伝子の研究を始めて3日目。

彼らの遺伝子の構造を見ていくと、生物としてかなり不自然で、人為的に操作されていたことが分かった。

彼らが20年前に突然現れ、誰一人としてこの国に来る以前の記憶がなかったことをも踏まえて考えると、彼らは非人道的な実験の後、人工的に生み出された可能性がある。

ここまで考えて吐き気がした。


「早く、このことを陛下に伝えなければ…」


私は急いでこのことを報告書にしたため、念のために保護魔法をかけ、極秘書類として陛下宛てに送った。





書類を送り出してから4日後、亜人を人工的に作り出していた非人道的な組織がお縄についた。

彼らの研究内容はそれはもう酷かったらしく、調査隊が確認したところ、ほとんどの隊員が気分が悪くなり、一時調査が中断されたほどだそうな。

このことが国民に知れ渡ってから、偏見や差別は一部は苛烈さを増し他ものの、大半の人は彼らに優しくなった。彼らが非道な実験の被害者と認識したからだろう。

こうして亜人たちの出生の謎は解けたわけだが、私にはまだまだ謎が残っている。

それは、彼らだけが罹る謎の病だ。

うちの病院に来た亜人たちの中には病に侵されている者も多数いた。普通の病に罹っている者たちですら投薬できる薬の量がわからず困っているのに、新しく違う病の研究もしないといけないなんて!

おかげで私たち病院職員のプライベートの時間は無くなった。部下たちには休憩を取らせているが、私は寝る間も惜しんで研究を進め、ありとあらゆる医学書を読み漁った。

今にも衰弱して死んでしまいそうな患者が、全身が痛いと言い、体より先に心が死んでしまいそうな子供がいるのだ。そんな中で休むことができようか!

しかし、それでも成果は出てこない。焦った私はさらに休憩を取らなくなり、ついに私は倒れてしまった。

2日で復活したが、部下に怒られてしまった。曰く、医者が倒れたらだれが患者を診るんですか!とのことだ。耳が痛い。

復活した翌日。どこから話を聞きつけたのか、我が親友兼獣医のカジャック・バルジャックが見舞いに来た。


「お、もう復活してんじゃねーの。相変わらず回復力すげーな」

「女の部屋に入るならノックくらいしろ。で、何の用だ?私は見ての通り忙しいんだが」

「医学部主席様が研究に詰まっていると聞いてね。俺の意見も参考になればと思ってきた」

「獣医学部主席様の意見か。それは興味深いな、ぜひ話してくれ」

「言われずとも。患者の亜人の症状、魔獣の病気の時の症状と似ててな。もしかしたらと思って獣医学の医学書を持ってきた。確認してくれ」


渡された医学書を急いで読んでいく。そこに載っていた魔獣の症状は、亜人たちの謎の病の症状と完全に一致していた。


「……見つけた。やっと治療法を見つけたぞ!ありがとうカジャック!おかげで道が開けた」

「お役に立てたようで何より。で、お前んとこの看護師、獣医学の知識あるやついないだろ?最近俺のところも暇だし、亜人の治療に関する協力提携を結びたいんだが…乗ってくれるか?」

「ああ、もちろんだ!」


こうしてカジャックと協力提携を結んだ我が病院は、今まで詰まっていたのは何だったんだと言いたいほど研究がするする進んだ。飛躍的大前進だ。

薬も魔獣治療のものを治験で試してもらい、色々比率を考え、新たな薬を開発するにまで至った。特許も取得し、治療法をいくつも確立した。

私たちは偉業を成し遂げたのだ!




それから私たちは、亜人の治療方法確立の栄誉を称えられ、勲章をいただくことになった。

しかし、彼らを取り巻く環境は未だ劣悪なままだ。そこで私たちは、亜人達の地位向上のため、今回の褒賞金を使って、亜人たちの職業訓練施設、職業斡旋し援助を作ることにした。

これで少しでも亜人たちが暮らしやすい世の中になることを祈って。

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