Smile While Crying

朝日奈

Smile While Crying

拝啓


 突然こんな手紙を書いてしまってごめんなさい。でも、どうしても伝えたいことがあったのです。

 君は七年前に出会って以来、誰にも振り向いてもらえなかった僕にずっと仲良くしてくれたので本当はこんなこと伝えたくはありません。できればこれからもずっと共に過ごしたいと思っていました。だけどそれはもう無理のようです。君ももう気付いているかもしれない。君はとても頭が良かったから。

 あのときもそうでしたね。僕達が学校でクラスメイトからなくなった給食費の集金泥棒だと言われたとき。僕はすぐに頭に血が上って泥棒呼ばわりした連中に殴りかかりそうになったけど、君は冷静に僕を止めてくれた上に、給食費を盗んだ真犯人を見つけてしまった。それまで君をただの弱虫だと思っていた僕はその手腕におもわず舌を巻いてしまったよ。

 それに、親にいやいや通わされていた塾(君もいたからまだマシだったけど)で講師が僕のことを頭のおかしい奴だと罵ったとき、君はまた僕をかばってくれた。いつも一緒にいる僕がどんな人間かをあの講師に訴えてくれた。よほど迫力があったのかな、それ以来、あいつ何も言わなくなったよ。あの時君が言ってくれた言葉は今でも覚えているよ。ちょっと照れくさいけど。

 でも、僕だって君を助けてあげたことはあるつもりだよ。ほら、七年前、僕らが出会うきっかけになったあの事件。まだ七才だったかな。真冬の寒い夜に君が怒られて家の外に放り出されたとき。君は近くの公園にある池に落ちてしまったのを覚えているかい? 昔のことだし忘れてしまったかな? でも、そのときに君を助け出したのが僕なんだよ。君は気付いていないだろうけどね。君が気を失っている間、僕がずっと話しかけてあげていたんだし、目を覚ましたときにはすでに当たり前のようにいたんだからね。

 僕はドジな君の側に少しの間だけいてあげようと思っていたんだ。君が回復したら、すぐに君の前からいなくなるつもりだった。でも君はちっとも回復しなかった。またすぐに怪我をしたり風邪をひいたり。もし僕が側についていなかったら、君は今頃十回は死んでいたな。でも、そんな縁で僕達は七年間ずっと一緒に過ごしてきた。

 だけど、僕は君の側にいられなくなってしまった。だって僕は君を助けられなかったから。

 突然のことだったから君は何が起こったか覚えていないと思う。でも、僕は君の側で全てを見ていた。

 あの日は七年前と同じ寒い冬の夜だった。塾の帰り道、僕達はほんの些細なことで君と喧嘩をした。いつも通り、頭に血が上った僕は君の側から離れてしまったんだ。でも、それがいけなかった。

 僕の視界から君が一瞬だけ消えた隙をついて、あいつがまたやってきて、君を襲ったんだ。七年前、君の家に勝手に上がりこんでおいて、君のことが気に食わないと池に投げ捨てたあいつが。僕はすぐにそれに気付いてあいつに殴りかかろうとしたけど、少し遅かった。あいつはまた君をあの池に放り込もうとした。だから僕は咄嗟に君に代わって池に投げられた。君は最初に襲われたときに気絶していたから、変わるのは簡単だった。僕の体力なら池から上がることだって訳はない。だけど、僕は忘れていた。殴られていたことに。

 頭を強打していたらしく、身体が思うように動かなかった。あいつが去ったあと、しばらく経ってなんとか池の縁に掴まることはできたが、これ以上体は動きそうになかった。手も足も凍えて僕も意識を飛ばしそうになった。でも、ここで僕が気絶すれば絶対に二人とも死んでしまう。だから、僕は何が何でも目を開けていた。誰かが見つけたときも、救急車で運ばれ、病院で治療されていたときもずっと。

 でも、そんな無理をしたせいかな。病室に移されたときには、僕はほとんど自分がどうしているのか分からなかった。なんていえばいいのかな。存在が掴めないというか、まあそんな感じ。

 僕はもうダメだと思った。もう疲れ果ててしまった。本当は君が目を覚ますのを見届けたかったが、おそらく無理だろう。自分のことは自分が一番よく分かっている。特に僕のような存在は。それに、僕は君を助けてあげられなかった。でなければ、今頃こんなことにはなっていなかっただろう。だから、僕はもうお役御免だ。でも、せめて最後に君にだけは別れの挨拶をしておこうと思ったんだ。君だけが僕のことを認めてくれていたから。

 これからのことは心配しなくていい。君が目を覚ます前に、僕が警察に一部始終を話しておいた。きっと今頃あいつは刑務所の中さ。それに昔と違って中学の連中は皆良い奴ばかりだ。きっと君の力になってくれる。これでも人を見る目は自身があるんだ。

 とにかく、君はこれで何のしがらみもなく普通の学生生活を過ごせるはずだ。だから、僕がいなくなった後も、絶対に僕を探すようなことはしないでくれ。頭のいい君に本気で探されたら、どんなに消えていても見つかってしまいそうだからね。

 僕から言いたいこ  以上だ。じゃあ、君が目を覚ま  ガタガタ文句を言う前に行くことに るよ。

 では、お元気で。


敬具



 最後の方は落ちた涙で所々読めなくなった。

「何が『敬具』だ。柄にもない言葉使って……」

 僕はごしごしと涙を拭った。怒りのあまり、いっそこの手紙で鼻でもかんでやろうかと思ったが、手紙を持つ手が震えてできなかった。

 医者は、頭を打った上に五時間もあの冷たい池に浸かっていて生きているなど信じられないと言っていた。もちろんそれを聞いて僕も不思議に思った。もしかしたら、あいつが知っているかもしれないと呼んでみたが返答がなく、あいつが寝る前にいつも残しておく伝言メモがないかと辺りを探っていたら、枕の下からこの手紙を発見したのだ。

「勝手なことばかり言って。いつから君は僕になんでも指示できるようになったんだ」

 僕は窓に向かって文句を言った。外はすっかり真っ暗で、泣いているのか怒っているのかよく分からないぐちゃぐちゃ顔の僕が写っていた。

「何のしがらみもない訳ないだろう。君が、いなくなってしまったんだから……」

 この世界で唯一人の理解者であり親友であり家族である彼、もう一人の僕はもう僕の言葉に返事をしない。僕は窓に向かってむせび泣いた。僕が泣くといつも彼はからかい半分に僕を慰めてくれた。今だったら彼はなんと言うだろう。


『これで良かったんだよ。これが一番良いんだ。だからそんな汚い顔して泣くなよ。かっこ悪い顔がさらに台無しだぞ』


「汚い顔してるのはどっちだよ」

 それが本当に彼の言った言葉なのか、それとも自分が作り上げた言葉なのかは分からなかったが、僕はぐちゃぐちゃな顔を無理に引き攣らせ、笑顔で手を振った。


 では、お元気で。

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Smile While Crying 朝日奈 @asahina86

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