草壁荘同窓会①


 「……もう二十年は経つのか」


 田舎で医師をしている穂積はたまたま東京に出てくる用事があったので、久しぶりに大学時代を過ごしたアパートの仲間に連絡をとってみた。忙しい日々を過ごし、遠く離れた彼等との付き合いは途絶えていたので、もう連絡はとれなくなっているかもと駄目元で携帯に電話をかけてみたのだが、相手も番号を変更していなかったようなので上手く連絡がとれて、お互いの近況を話しているうちに若い頃の気持ちがよみがえり


 「久しぶりに集まって飲みたいな」


 そんなことを言ったのを受けて相手も


 「それじゃ、他の皆にも連絡とってみます。穂積さんがちょうどこっちに来るときに集まって飲みましょう」


 ということになった。上京して降り立った駅前は本当に久しぶりに来た場所だったので昔と様子が変わってしまったことに寂しさを覚えながら駅の改札を出てすぐの待ち合わせの約束の場所で待っていたら


 「……や、久しぶり」


 スーツを着た小柄な男が話しかけてきた。


 「ははは、渡貫!久しぶりだなぁ。お前が久しぶりと口を利くなんて思わなかったぞ。元気だったか!?」


 「……」


 「ははは。そうそれだ、話してもないのに何故か言いたいことが通じる面白い芸も相変わらずなんだな。元気そうで何よりだ」


 「……」


 「何?睦月は既に店で待ってるって?宇佐川は後から来るって?ははは、あいつらに会うのも久しぶりだ。それにしても睦月はともかく、あの宇佐川とも連絡がとれたなんてな」


 宇佐川というアパートの仲間は、穂積と目の前の渡貫がアパートを出る前に傷心旅行に出ていってそれきりになっていたのだ。


 「……」


 「ははは、そうだな。渡貫は探偵になったんだっけ?そりゃ、宇佐川を見つけ出すことができるのは当然か。さすがに本職なだけなことはある」


 「……」


 「そうだな、睦月も待っているだろうし、移動するか」


 熊のような体格の穂積が、小柄な渡貫に連れられてたどり着いたのは


 「……てっきり居酒屋にでも連れていかれるのかと思ったら、本当に此処なのか?」


 居酒屋なんかではなく、スナックのような雰囲気のある店だった。


 「……」


 「何?ここのママさんが知り合いで貸し切ってゆっくり飲もうということになったのか?」


 「……」


 「まぁ、構わないが、かみさんには内緒にしとかないとなぁ……」


 穂積がそういうと、渡貫は相変わらず無言でニヤリと笑う。


 「そう言うな。結婚したらそういうものなんだ。基本的には尻に敷かれるもんさ。きっと睦月の奴だってそうさ」


 未だに独身だという渡貫に既婚者の男の思いを伝えたが本当に伝わったかはわからない、下手したら惚気のようにとられてしまうかもなぁ。そう考えながら扉を潜ると、薄暗い店内の明かりのついているテーブルにはそれなりに年を重ね、渋味が出てきた睦月と、その目の前には店のママさんだと思われる人物が座っていて、穂積が


 「睦月!久しぶりだなぁ。いや、今は鳴海なんだっけ?」


 と睦月に声をかけると


 「穂積さん、お久しぶりです。穂積さんもお元気そうで。昔通り睦月と呼んでもらって構わないですよ」


 「そうか。そうさせてもらうかな?俺が元気かって?ははは、それだけが取り柄さ」


 穂積と睦月が話し始めたら、傍にいたママさんは気を利かせたのか席を離れて飲み物を用意しはじめた。


 「睦月ぃ、お前もこんな店に来たら奥さんに叱られるんじゃないか?」


 そう穂積が睦月に言うと、睦月は苦笑いで


 「本当はそうなんですけど、今日はだけは特別なんで」


 そう言うので、穂積も「俺もこういう場所だったことは、かみさんには内緒だ」と笑って、穂積と渡貫は睦月を含め三人で向かい合うように着席した。それに合わせて店のママがお酒と乾きものを用意してくれたが、宇佐川だけがまだその姿を穂積の前に現さなかった。

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