神宮寺家の双子たち①


 「……なんでこんなことになってしまったのだろう」


 いま現在、俺がどこにいるかと言えば、家から少し離れた場所にある歩道橋の橋の下に隠れて体育座りしている。なんでこんな所に夕方からずっと隠れているかと言えば……燕姉さんと喧嘩をしたからだ。普段は何か揉めることがあっても、俺がすぐに謝ったり土下座したりと逆らうことなんてしないのだが、今日の俺は虫の居所が悪かったのか初めて逆らってしまった。更にヒートアップした姉に対して俺もつい熱くなってしまい……


 「……貧乳メスゴリラは不味かったよなぁ」


 悪口を言った俺を見返す姉さんの眼は殺気を放っていて、俺は一目散に家を飛び出して逃げたのだ。


 「……もう、家に帰れないのかなぁ。ノコノコ帰ったら姉さんに殺されるよなぁ……」


 母さんのご飯食べたいな、もう二度と食べられないのかな……そんなことを考えていたら腹も減ってきた。慌てて飛び出した為に財布を持っていないので何か買って食べることもできない。


 こんな所にずっと座っていても仕方ないとは分かってはいるのだが行くあてもない。泊めてくれそうな友人でもいないかと考えたが、泊めてくれそうな男の友人が思い浮かばなかった。女性を含めるならまず幼馴染みの衛藤 玲楓が浮かんだが、家が隣で姉さんとも顔見知りだからすぐに姉さんにバレるだろう。他にも浮かんだ神宮寺さんや二階堂さんも姉さんの妹分みたいなものだから駄目だろうし、ましてや女の子の家にいきなり押し掛けるなんて無理だ。


 そんな風にぼんやりと物思いに耽っていたら、すでに辺りは暗くなって、もう高校生だというのに泣きそうになってきた。おとなしく帰るべきなのか?いや、簡単に帰ってなるものか!と迷いながら座っていたら


 「創?そこにいるのか?」


 俺を呼ぶ声がした。誰だろうと振り向いたら、そこには父さんが立っていた。


 「父さん?どうしてここに?」


 「はは、創が家出したって燕に聞いて、悪いが創の部屋を確認させてもらったら財布も持たずに出ていったことがわかったんでな。そうなると行ける場所は限られるだろうからすぐに見つかったよ」


 そんなすぐにわかるものなのか?そんな俺の疑問に、父さんは苦笑いをしながら


 「俺も創と同じ年の頃に歩道橋の下で一夜を過ごしたことがあるからな」


 「父さんも?」


 確か、父さんは高校生の頃は一人暮らしでそんな家出するようなことはないだろう?と思ったら


 「あぁ、その頃、ちょっとタチの悪い奴等と揉めることになってな。自宅に居たら襲撃されて袋叩きにされるって分かっていたから」


 父さんは自宅に戻らず、逆に自宅を訪れる奴等や、見張る奴等が諦めて帰宅するところを後からつけて襲ったらしい……え?父さんはどこの特殊部隊の人なんだ?その為に歩道橋の下や、地下に潜って?二週間も?


 「……俺の家出とは全然違うと思う」


 「そうか?そんなことより、ほら、母さんがこっそり作って持たせてくれたおにぎりだ、食べなさい」


 そう言って父さんは銀紙で包んだおにぎり二個とペットボトルのお茶を取り出して渡してきた。俺は有り難く受け取って腹に入れる、あぁ、母さんの味がする。ただのおにぎりなのに不思議だ。


 「……美味しい、本当に美味しいよ」


 「そうか、それで創はどうする?一緒に帰るか?」


 一緒に帰るなら燕姉さんに父さんからとりなしてみようか?と父さんはいってくれた。俺が父さんに「姉さんは今、どうしてるの?

」と尋ねたら「……玄関で仁王立ちして創の帰りを待ってるぞ」と言うので

 

 「まだ帰らない、俺にも意地がある!」


 そう言ったら父さんは面白そうに笑うので


 「なんだよ、父さんは俺と姉さんの喧嘩が楽しいのかよ!」


 そう拗ねるように言ったら


 「悪い、悪い。父さんも母さんも一人っ子で兄弟喧嘩ってしたことがないからさ」


 そう言うので「面白いもんじゃないよ」と伝える。


 「……そうだな、確かに燕は創にあれこれ煩く注意することがあるな、それに対して創が不満に思う気持ちはわかる。でもそれは俺や母さんにも悪いところがあったのかもしれない」


 「なんで?別に父さん達は悪くないよ」


 「いや、創が産まれて子育てするときに姉である燕に『燕ちゃんはお姉さんだから弟のことしっかり面倒みてあげてな』って軽い気持ちでお願いしたら、燕は本当にしっかりと創のことを見てくれるお姉さんになったんだ。勿論、俺と母さんが親だが、燕もある意味、創にとっての第三の親になってしまってるんだよな」


 確かに姉さんは俺に対して昔からあれこれ指図する。それはそういう訳だったのか。


 「……それじゃ、母さんにだけは連絡しなさい。心配してるから」


 そう言って取り出した父さんの携帯電話で母さんに電話をする。母さんはすぐに電話に出て


 『あなた、創ちゃんは見つかった?……もしかして創ちゃん?』


 と言うので「母さん、心配かけてごめんね」と話し始めた。


 『無事なら良いのよ。そう、お父さんと話したのね?……それじゃ良いわ。二人とも冷静になるまで少し時間が必要なのね』


 そういって、母さんも外泊の許可をくれた、俺は泊まるあてもなかったのでどこか外で過ごそうと思っていたことは流石に母さんには黙って「なんとかするから」と伝えた。父さんは自分が何とでもしてきた人だからあまり心配してなさそうだ、男なら野宿でもこの季節なら大丈夫だろうと思っているのかもしれない。俺が父さんにもし警察官に見つかって補導されたらどうするの?と尋ねたら「その時は父さんが頭を下げれば良いだけだ、父さん達は創が悪いことはしないと信じてるからな」と言われては言葉もない、俺も悪事を働いて両親を悲しませるつもりはない。


 母さんと電話を終えて父さんに携帯電話を返したら、父さんは俺が部屋に忘れてきた財布を渡してくれた。どうせなら携帯も持ってきてほしかったが贅沢は言うまい。


 「燕には母さんがきちんと今回のことに関して燕にも反省する点があったんじゃないかって促すって言ってたから」


 そう言って「それじゃ、頑張れよ」と言って俺を置いて父さんは帰っていった。


 こうして両親公認の家出が継続した。父さんが渡してくれた財布の中には入っていたはずのお小遣いよりも多くお札が入っていて、父さんがお金を足してくれたんだと分かり、心の中で感謝した。

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