大学編 エピローグ 後編
工房のあるという場所の最寄り駅に降りてそこからタクシーに乗り込み移動した所は自然の豊かな場所にぽつんと昔ながらの日本的な建物があった。
勿論、事前に連絡はしてあるが、本当にわざわざ来るなんてと思われるかもしれないとちょっとは考えた。でも来てしまったものは仕方ないと工房を訪問したら
「わざわざこんな遠くまで、良くいらしてくれました」
若い女性が出迎えてくれた。娘さんかなと思っていたら、どうやらこの方はお弟子さんらしい。
「どうぞ、こちらに」
案内された所には、髪が真っ白な優しそうなお爺さんがいた、あの番組で見た人間国宝の陶芸家さんだ。早速、見せてほしいと言うので荷物を開封し、持ってきたお茶碗を三つとも見せたら、目の前の陶芸家さんが確かに自分の作品だと仰ってくれた。欠けたお茶碗も仕方ないことだと怒らなかったし、これなら金継ぎできるでしょうと仰ってくれた。
お弟子さんは「先生の初期の作品だ!」と興奮して「写真を撮らせてもらって良いですか?」と尋ねてきたので「どうぞ」と茶碗達のことはお任せした。
「本当にお懐かしい、あの時のお嬢さんの娘さんですか?」
そう先生が尋ねてきたので
「いえ、購入したのは母の友人らしいです。先生がお会いしたのはその友人ですね」
そう答えたら「そうなんですか?」と不思議そうに先生は言う。
「あの時のお嬢さんは私の恩人なんです、あの子が絶対に売れるから辞めない方が良いって言ってくれたから辞めずになんとかやってこれたんです」
当時、どこの誰とも知らぬ陶芸家が路地で売っていた作品を見てそう確信して言ったのならそうとうの目利きだったのだろう。
「安く買い叩こうとすることなく、私がつけていた値段よりもかなり高く買ってくださったから当時の私には本当にありがたかったです」
当時のことを思い出しながら懐かしそうに語る陶芸家さんは本当に嬉しそうだ。お金のことだけではなく、自分の作品にきちんと価値を見いだしてくれたことに感謝しているのだろう。
「それに、大事に使ってもらったんですね、見れば分かります。最近の作品は購入していただいてもしまわれているだけで使われて出る味わいが無いのが少し残念なんです。勿論、大切に扱ってもらえるのは嬉しいことなんですけどね」
うちの両親も本当に人間国宝の作品だとわかったら使わずに大切にしまっておくかもしれないし、創の奴は売って美味しいもの食べようとか言い出すかも。先生の作品だけど初期の作品だからあまり価値がないとか言って誤魔化しておこうかな。
「もし、宜しければおひとつ記念に持っていってください。直るまで代わりのお茶碗が必要でしょう?」
そんなご迷惑をおかけしてはと遠慮したのだが、是非ともと言われて案内されたのは先生の作品が並べられている物置だった。私のような焼き物の素人が見ても美しい作品が一杯だ。
「さぁ、お好きなものを」
そう先生が仰ってくれたので、隅から隅まで拝見させてもらって、何故か心引かれたひとつのお茶碗を選んだ。
「これ、本当にいただいてよろしいのですか?」
「はい。長年、大切に使っていただいたお礼の様なものです」
金継ぎの職人さんにも先生の方からその場で直接連絡してくれたので、その職人さんにお任せすることにした。
本当に何から何までお世話になってしまった。丁寧にお礼を言って私は辞した。お土産にいただいたお茶碗は弟の創の分にしよう、これで家族四人のお茶碗が仲良く揃って凄く気持ちいい。
☆☆☆☆☆
「先生、随分と美人な方でしたね。でも本当にあのお茶碗を差し上げてよろしかったのですか?」
先生の作品が置かれている物置の中でも一番の作品を彼女は選んで持っていってしまった。あんな若い女性に本当に価値がわかっているのだろうかと思って先生に聞いたら
「ふふ、私が若い頃にお買い上げなさった時も出来の良かった順に三つ選んでいかれた。あの時と同じ眼をしていて……本当にお懐かしかった」
先生が凄く満足そうなので、きっとこれで良かったのだろうと弟子としてはもう言うことはなかった。
END
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