大学編 第37話


 学校の講義が終わって校内を出たところでベンチに座っている水無瀬さんに話しかける見慣れない男を見た。水無瀬さんの知り合いなのかなと思って挨拶するか迷っていたのだが、近づくにつれてどうも違うようだと感じた。

 男の方が一方的に話しかけているようだし、どうも水無瀬さんの様子がおかしく見えた。うつむいているし、顔色も悪く見えた。


 「水無瀬さん」


 俺が話しかけたら水無瀬さんはあからさまに「助かった」というような表情でこちらを見た。


 「睦月君……」


 「大丈夫か?顔色が悪いぞ」


 俺は傍にいた見知らぬ男を無視して水無瀬さんに話しかけたら、その男はあからさまに「チッ」と舌打ちして


 「俺が先に話しかけてるんだから邪魔すんなよ」


 とか言ってきたので「知り合いか?」と水無瀬さんに聞いたら顔を横に振ったので


 「すまんな、俺の連れなんだ」


 と、その男に「体調の悪そうな女をナンパしようとするな、お前の方が邪魔だ、消えろ」という意味を暗に伝えたら


 「なんだてめえは」


 と俺の胸ぐらを掴んできたので「これは正当防衛かな?」と俺の胸ぐらを掴む相手の腕を片手でこちらも掴んで


 壊さない程度に潰した


 「あっ、あぁぁ、や、止めろ、や、止めてください!止めてください!」


 泣きが入ったその男の腕を放したら俺のことをまるで化け物を見るような目をして恐れ、転がるように逃げていった。そんな男のことはどうでも良いかと忘れて水無瀬さんを見たら


 「む、睦月君……」


 少し驚いたような表情をしていたので「大丈夫か?」と尋ねたら


 「ちょっと調子が悪くて座っていたら、あの知らない人に捕まって困っていたんだ、ありがとう。睦月君って強いんだね……」


 表情を見たら少し顔が赤くなっていた、もしかしたら熱があるのかもしれない。


 「誰か迎えに来てくれたりしないのか?」


 「うん、お迎えはお願いしたんだけど、もう少しかかるみたい」


 そう水無瀬さんが言うので、俺は水無瀬さんの隣に座った。お迎えが来るまで一緒に待つことにした、またさっきの輩みたいなのが絡んできたら可哀想だと思ったのだ。


 「ごめんね……」


 「いや、気にするな。それにしても美人で損することもあるんだな」


 「ふふっ、そうだよ。モテる女は辛いんだよ」


 下を向いた水無瀬さんは辛そうながらもそんな冗談を言っていたら


 「お、お嬢様!」


 慌てて近寄ってきたご老人が見えた、どうみても執事というような装いをした白髪の男性だ。


 「ま、真木さん、ごめんね」


 「そんなこと仰らないでください、お嬢様……」


 そんな二人のやり取りを目の当たりにして、やっぱり水無瀬さんは執事さんがいるようなお家のお嬢様だったんだなと納得した。


 「……こちらの殿方は?」


 真木さんと呼ばれたご老人が隣に座る俺を見て、水無瀬さんに訝しげに尋ねたら


 「お友達の彼氏さん、ほら、いつもお世話になっている鳴海さんの。私が変な男の人に絡まれているのを助けてくれたの」


 そう水無瀬さんが説明してくれたら、真木さんは「失礼しました」と深々と頭を下げてきたのでこちらも「彼女が水無瀬さんにお世話になってます」と挨拶を返した。


 「お嬢様、立てますか?」


 真木さんは水無瀬さんに車のあるところまで歩けるか尋ねるが「ちょっと待ってて……」と水無瀬さんは言うが立ち上がれないようだ。そんな水無瀬さんの姿と困っている真木さんの様子を見て俺は


 「真木さん、向こうに迎えの車が来てるんですか?」


 そう尋ねたら「は、はい」と答えたので


 「水無瀬さん、少し我慢してくれ」


 そう告げてから水無瀬さんを抱き抱えた。


 「え、え!?睦月君!?いきなり何を!?」


 「真木さん、車まで案内してください」


 「は、はい」


 脚をジタバタする水無瀬さんに「危ないから大人しくしてくれ」とお願いしたら、水無瀬さんは自分の顔に両手を当てて


 「うう、お姫様抱っこされてるぅぅ」


 とか恥ずかしがっていたが無視して真木さんが案内してくれた駐車場に停めてあった車まで運び、後部座席に座らせた。


 「……睦月様、ありがとうございます」


 深々と頭を下げる真木さんに「いえ、この後は病院に?」と尋ねたら「はい」と答えたのでこの先は大丈夫かなと


 「じゃ、水無瀬さん、お大事にな」


 そう水無瀬さんに言ったら


 「こ、これはいかんですよ、つばめさん、これは……え?睦月君、何か言った?」


 何かよくわからないことを呟いていた水無瀬さんは顔を赤らめてこちらに向いたので改めて「お大事にな」と言って扉を閉めた。


 「それでは、睦月様、失礼します……これからもお嬢様をお願い致します」


 何故か辛そうな声色で真木さんがそう言ったのが不思議だったが「こちらこそ彼女がお世話になってますから」と言って二人の乗った車が出ていくのを見送ると、水無瀬さんは窓から小さく手を振っていたのが見えた。


 ☆☆☆☆☆


 「真木さん、ごめんなさい」


 「お嬢様、謝らないでください。私はお嬢様が幼少の頃からお嬢様にお仕えすることが喜びなんですから」


 「……これからも迷惑をかけちゃうかもしれないけど、お願いね」


 「は、はい……」


 涙が出そうなのを我慢する、本当に泣きたいのはつばめお嬢様の筈なんだから、だから話題を変えるために先程、手助けしてくれた若い男性のことを話題にしてみる。


 「先程の睦月様とは随分と仲がよろしいんですね」


 「え、む、睦月君!?そ、そんなことないよ!普通だよ、普通!」


 つばめお嬢様は特殊な環境のせいか幼い頃から同世代の友人というものがほとんどいない、ましてや同世代の異性の友人など長年仕えている私も聞いたことがない。そんなお嬢様に睦月様の話をしたら面白いように慌てていた。


 「ふふっ、良い若者ではないですか。やはり、お嬢様は男を見る目がありますな」


 「も、もう!真木さん!睦月君はそんなんじゃないんだから!……そんなんじゃ」


 それっきり黙ってしまったお嬢様をバックミラーで見たら窓の外を眺めながら「……駄目なんだから」と寂しそうに小さな声で呟いていらっしゃった、私はそんなお嬢様の呟きを聞こえない振りをするしかなかった。


 

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