大学編 第15話


 友人の神宮寺に呼び出され、神宮寺のお宅に伺うことになった。

 本音を言えば神宮寺の家には行きたくはないのだが、神宮寺が「……この前の合コンで美沙姫さんに告げ口したことをチャラにしてやるから来い!」とかぬかしやがるが、最初に合コンだと言わずに俺を呼び出したのはそっちじゃないかと、そんな呼び出しは無視しようとしたら


 「今回、睦月に頼みがあるから来て欲しいと言っているのは妹の紅花だ、無視して来なかったらあいつの方から訪ねてくるぞ?」


 ……そんなことを言われた。頼みってなんだ?嫌な予感しかしないのだが……


 「……兄の俺が言うのもなんだが、紅花の奴が普通に訪ねてくると思うなよ?鳴海さんと一緒の時を狙って現れたら……」


 あぁ、蛍の機嫌が悪くなるのが目に見えるようだ……仕方ない。


 「わかった、必ずこちらから訪問するから……」


 そんな訳で神宮寺家に訪れることが決まった。ちなみに例の合コンで『彼女がいるにもかかわらず合コンに参加していたら、彼女に見つかって連行されて帰った男AB』という不名誉な渾名が俺たちにはつけられてしまったらしい……どっちがAHOでどっちがBAKAなんだよ、まったく。


 ☆☆☆☆☆


 「大きなお兄さま、よくぞいらしてくれました!」


 紅花さんが嬉しそうに歓迎してくれるが、俺のテンションは低空飛行だ。なにせ神宮寺の野郎が


 「俺は用事があるから出掛けてくるから!睦月に宜しくな!」


 「はい、いってらっしゃいませ!睦月さんは私がしっかりおもてなし致しますのでお兄さまは暫く帰ってこなくて良いですからね!」


 そんな会話をして逃げたらしい、俺と紅花さんを二人っきりにしてどうするつもりなんだあの馬鹿は!逃げたい神宮寺と、邪魔者を排除したい紅花さんの利害が一致した結果のようだ……


 「……紅花さん、とりあえず頼みごとって何かな?」


 とりあえず要件を聞かないと帰れなそうなんで話を聞いたら


 「……そんなに急がなくてもよいのに。もう、大きなお兄さまの意地悪」


 そう溜め息を吐いた後に、姿勢を正して紅花さんが言ったのは


 「……私、この前、殿方からお付き合いして欲しいと言われたんです」


 紅花さんがどこかの誰かから告白されたらしい、紅花さんは美少女だし、まぁ、あり得る話だ。だから俺が「それで?」と尋ねたら


 「……それで?それでとはなんですか?大きなお兄さまは私がそんな何処の馬の骨とも知らぬ男とお付き合いしても構わないと仰るのですか!?」


 目を見開き怒る紅花さんに「ご、ごめん!そう言う意味ではないよ!」と俺は平謝りした、怒る女性には逆らっていけないと学習したのだ。


 「……勿論、お断りしました。しかし、その男性は諦めが悪く……」


 ……うーん、その相手がストーカー化したとしても紅花さんなら大抵の男では敵わないだろうし、ましてや兄の神宮寺がいる、俺に頼むことなんて……


 「ですから、お兄さまに恋人の振りをして……」


 「ごめん、それはできない」


 良く聞く『恋人の振り』作戦、そんなことをしたらどうせ偶然通りかかった蛍に見られて勘違いされておかしなことになるんだ、絶対に。俺はそんな過ちは犯さない!それにそんな作戦の役割はきちんとした恋人のいる男がやることじゃないと断固拒否した。


 「……お兄さまったら本当につれない人」


 「そういう訳で、偽物の恋人役は他の人を当たってくれ」


 話が終わったなら帰ろうかと思ったら、紅花さんがそうは問屋が卸さないとばかりに


 「そういえば、大きなお兄さまも合コンに参加されたとか?」


 「……それは、君のお兄さんに騙されて参加したんだぞ?」


 「でも、真一郎お兄さまのお話では『睦月の奴も満更ではなかったと思うぞ』って仰ってましたよ?」


 あの野郎!そんな事言っていたのか!?仕方ないから場が盛り下がらない程度に参加していただけなのに!石井さんから蛍の耳に入ったらどうしてくれるんだ!


 「……なんでも、看護師の卵の女性との合コンだったとか?ひょっとしてお兄さまはナース服の女性がお好きなんですか?」


 「な、何を言っているんだ?そんな訳ないだろう!」


 「ふふっ、もし、大きなお兄さまが怪我などされたら、恥ずかしいですけどナース服で看病とかして差し上げますよ?」


 紅花さんがそんな馬鹿なことを言っている。なんで本物じゃなく、コスプレナースに看病してもらうんだよ!


 「ああっ、そうしたら大きなお兄さまの下の世話もしなくちゃ!ふふっ、楽しみですわ……」


 紅花さんが目を細めた笑顔で俺の下半身をジッと見てくる、そしてなんで右手を「にぎにぎ」してるんだよ!


 「勘弁してくれ……」


 ☆☆☆☆☆


 「……睦月の奴は帰ったのか?」


 「はい、もうお帰りになられました」


 俺の妹、紅花が上機嫌で問いに答える、恐らく睦月と二人で話ができたのが嬉しかったのだろう。まさか、あの妹がこんな風になるなんて睦月をこの家に招く前には思ってもみなかった。

 神宮寺の家は代々続く武術の家だ、俺と紅花は幼い頃からそんな武術を習ってきたが、紅花は才能という点ではほとんど無かったと思う。幼い頃は俺が簡単にこなせることが出来なかった、普通ならそこで折れたり躓いたりするものだが、俺も逃げ出したくなるような修練を強いる母親と、泣きもせず歯を食いしばり修練を続けた紅花、そうして神宮寺の『業』を身につけた紅花は我が妹ながら尊敬に値すると思う。


 そんな紅花が恋に落ちた、俺の友人の睦月という男だ、悪い奴じゃないので本来なら兄として妹の恋を応援するべきなのだが……睦月には鳴海さんという恋人がいる。印象は、ごく普通の女の子という感じの子だ。

 美沙姫さんは「鳴海さんは睦月君のこと大好きよね」と言っていたが、俺に言わせれば逆だと思う「睦月の方が鳴海さんにベタ惚れ」だと思う。


 そんな相思相愛の二人の仲を引き裂いてまで紅花の恋の応援はできないし、紅花もあの二人の仲を目の当たりにしたら、そんなことはできないだろう。


 きっと、紅花にとっては初めての失恋になる、それでも目の前でとても嬉しそうに笑う紅花が妹として可愛いので今だけでも幸せならと思うと同時に、いつか別の良い男が現れることを願うのだ。

 

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