大学編 第16話


 蛍がひったくりにあった、帰り道を歩いていたら近寄ってきた2人乗りしていた原付の男達に鞄をひったくられたそうだ、不幸中の幸いは蛍に怪我がなかったことだが、俺がその場にいたらそんな奴らは血祭りにあげてやったのに!!

 蛍はショックを受けて落ち込んでいた。それはそうだ、そんな怖い目にあったのだから……俺や蛍の友人の水無瀬さんが交互に慰めたが落ち込んだままだった。財布に大金が入っていたわけではないが


 「……鞄の中にはとても大事なものが入っていたんです……」


 そう悲しそうに蛍が呟いていたのがとても印象的だった。


 鞄の中には財布の他に家の鍵、身分証も入っていたようで、警察に届けたあと、銀行のカードも止め、鍵も交換した。若く、か弱い女性だと目をつけられたら蛍自身の身に危険が及ぶかもしれないと俺もなるべく蛍の側にいるようにした。水無瀬さんも気にかけてくれたようだった。


 もし、地元だったら……叔父や龍崎さんの力を借りれば、そんな窃盗をしている悪党を特定してくれたかもしれない、そうすればそんな奴らは俺が……そんな考えも浮かんでしまう。俺は蛍に相応しい堅気の真っ当な道を歩むと誓ったはずなのに。だが、もしそんな奴らが蛍に目をつけ、指一本でも触れようものなら……誓いを守れる自信はない。


 警察からひったくり犯が捕まったとか連絡もなく一ヶ月が過ぎようという頃、突然に蛍の元にひったくられた鞄が郵送されてきた。


 「蛍、鞄の中身でなくなっているものとかあるか?」


 「……きちんとあると思います、お金も盗られてないです」


 ひったくられた鞄が戻ってきた、何故だ?不思議な話だと思っていたら蛍は財布の中から何かを探して取り出した。


 「蛍、それが大事なものなのか?」


 蛍が取り出したのは……俺の叔父の榊 創司の名刺だった。いつの間に叔父に貰ったのだろう、この名刺は叔父が本当に要人にしか渡していない方の所持している人間は数人しかいない名刺のはずだ。蛍はこれを大事なものだと言っていたのかと聞いたら


 「いえ、これはお守りです。大事なものは……」


 そう言って、蛍が取り出したのは……俺と蛍が一緒に写っているプリクラだった、確か高校の二人が付き合う前に写したものだ。


 「これが私の宝物です、戻ってきてくれて良かった……」


 蛍はギュッとそのプリクラを抱きしめ、嬉しそうにそんなことを言った。


 ☆☆☆☆☆


 『手間をかけさせたな』


 「そんなことを仰らないでください、榊さんの為ならなんでもないことです」


 『……その強盗した若い奴らが、その少女に悪さをする心配は大丈夫か?』


 「きちんと言い含めておきました。この街で榊さんの関係者に御迷惑をお掛けするなんて、私の不徳の致すところです」


 『いや、俺達は所詮、悪党だ。そんな奴らを相手に暮らしていくことしかできないさ、この恩はいずれ返す、それじゃ達者でな』


 「はい!榊さんもお身体にお気をつけて」


 電話を切った伊東 洋二の心はとても満たされていた。榊 創司という男の為に役立てたこと、そして電話とはいえ直接に感謝の言葉をかけられたこと、その喜びに身体が震えそうだった。


 伊東 洋二にとって、龍崎という兄貴分は腕っぷしも強く、男気もあり尊敬に値する男だ、だが、榊 創司という男はもう崇拝の対象になっている。かつて、若かりし頃に馬鹿だった自分が馬鹿をやって、もうどうしようもなく追い詰められ、組の上層部に命をもって償わされそうになった時に救ってくれた、本当に命の恩人だった。


 自分はもちろん悪党ではある、だが、命を救ってくれた榊 創司に再び会ったときに恥ずかしくないように生きようと決め、彼を真似るように生きてきたらなんとかこの街の裏世界の顔のような存在になっていた。


 そんな伊東 洋二は常日頃から子分達に榊 創司という男の話をしていた、榊 創司という男がどれだけ凄い男なのかを。だから今回、子分の更に下の奴が偶々、悪さしている小僧どもを捕まえ、横取りした獲物の中に榊 創司の名刺があったことを報告してきたのだ。勿論ただの偶然だろう、だが、伊東にとってはこれは榊 創司という男との運命的な何かを感じた。後はもう、何を差し置いても榊の為に行動するだけだった。


 「……榊さんの甥っ子にその恋人がこの街にか……」


 勿論、偶然だろうがそんな些細なことも運命だと思ってしまう、ある意味、狂信的な信者であることは本人以外は知らなかった。

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