大学編 第9話


 朝から会社に行き、仕事をしてランチの時間になると、いつものように上司の石井 美沙姫さんに連れられ近所の定食屋に行くことがパターンである。

 

 蛍がこちらに進学し、俺の会社でのことも聞かれた際に「よく、上司に昼飯を奢ってもらうので食費が浮いて助かる」と言ったら「どんな上司さんですか?」と聞かれたので「10歳くらい年上の女性の上司だ」と正直に言ったときの蛍の表情は怖かった。睨まれたとかではなく、能面のような表情になっていた。

 

 その後の蛍の質問、いや尋問で、きちんと石井さんは友人の神宮寺の彼女さんでそんな疚しい感情はないと訴えたのだが、信じてもらえなかったのか。蛍が「……私も石井さんに会って、先輩がお世話になっていることのお礼を言いたいです」と言い出した。

 

 その後、石井さんにもこのことを話したら「私も睦月君の彼女さんに会ってみたいわ」と言ったので俺と蛍、神宮寺と石井さんという四人で会食をすることになった。程無く、石井さんがセッティングしてくれたお店に蛍と二人で出掛け、挨拶もそこそこに会食が始まった。


 女性陣の和やかな会話を聞きながら目の前を見れば神宮寺が「美味いなぁ」と酒や食事を楽しんでいる、なんというか呑気すぎる。

 荒事ならとても頼りになる神宮寺だが、この場の女性達の和やかな雰囲気の裏にある何かを探り合うようなやり取りをまったく感じていないようだ。


 そして食事後に、蛍と石井さんがお化粧を直しに行った。神宮寺は「女の人は化粧直すのに時間かかるよなぁ」と俺に話しかけてくるが……どう考えても、あれは二人だけの作戦会議だろ?


 普通は女性陣が同盟を結ぶなら、本来はこちらも男同士で同盟を結べば良いのだけれど、目の前の神宮寺は戦闘なら隙がないのだが私生活は隙だらけなので……残念ながら不採用だと判断した。


 案の定、化粧直しから戻ってきて二人は連絡先を交換していた。そして、蛍は


 「……石井さんとなら、ランチを食べに行くのは許します、苦学生の先輩を思ってご馳走してくださるのですから」


 と言ってきた。俺の周りに他の女性がいるのを嫌がる蛍がそんなことを言うなんてどう考えてもおかしいので分かりやすい。


 そんな感じで有り難く石井さんにランチをご馳走になっているのだが、その日は石井さんと取引先に出掛けた為にいつもの近所の定食屋ではなく、ちょっと贅沢をしようという話になり良さそうなレストランに入ろうとしたら、なんと、丁度そのレストランから出てきた水無瀬さんと遭遇した。


 「あれ?睦月君?……そちらの女性はひょっとして、まさか浮気!?」


 「ば、馬鹿!こちらは石井さん、俺の職場の上司で昼飯をご馳走になるだけだ、このことは蛍も承知してるからな?」


 「なあんだ、浮気だったら蛍ちゃんに言いつけないとって焦っちゃったよ!」


 「本当に浮気なんてしないから、勘弁してくれ……」


 水無瀬さんとそんな会話をしてしまったので、隣にいる石井さんに「この子は蛍の友人の水無瀬さんです、変な勘違いをしてしまったみたいですみません」と謝った。そうしたら石井さんは「……水無瀬さん?」と何かを考えながら呟いた。


 「はい、水無瀬と申します。それじゃ、お先に失礼しますね」


 そう言って、水無瀬さんは去っていった、まさかこんな所で出くわすとは。


 レストランに入り、席についたら石井さんが


 「さっきの水無瀬さんって、ひょっとしてあの水無瀬グループのお嬢さん?」


 と唐突に尋ねてきたが「は?水無瀬グループ?」と俺の方が尋ね返してしまった。


 どうやら水無瀬さんの家は有名な資産家らしい。石井さんによれば「向こうから見ればうちの会社なんて吹けば飛ぶような小さなものよ」と言う。


 「……あいつがそんな所のお嬢さん?偶然、同姓なだけでは?」


 「私は数年前にパーティーでお見掛けしたことがあるから多分、本人よ。それに、見てわからないかった?彼女の身に付けていた服……それだけで私のひと月の給料が吹っ飛ぶくらいお高かった!」


 俺や蛍は気づかなかったが、社長令嬢の石井さんが見れば水無瀬さんの身に付けているものの価値が分かるようだ。


 「……彼女が鳴海さんの友人なの?一体どこで出会ったの?彼女は水無瀬さんのお家の中でも才女で有名よ?当主のお気に入りでいつも連れて歩いていたって話」


 石井さんからもたらされた新たな情報に混乱している最後に


 「……でも、彼女は何かご病気になって最近は表に出てこなくなったって聞いたけど、お身体良くなったのかしらね?」


 そんなことを石井さんが言っていた。

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