the Clamor And the Thief

朝日奈

the Clamor And the Thief

「いたぞー! こっちだ! 『バーミーズ』だ!」

 いくつものライトに照らされた夜空の下で、制服を着た警官達が声を張り上げた。

「あっはっはっは! 俺の姿を見つけたくらいで、そうはしゃぐなよ! どうせ捕まえられないんだからさっ!」

 民家の屋根上で、『バーミーズ』と呼ばれた男が下でたむろする警官達にそう言いながら器用にとなりの屋根に飛び移った。その人並み外れた身体能力には猿も舌を巻いてしまうほどで、凡人の集まる警察では彼の宣言どおり到底捕まえられそうになかった。

「何をしている! 早く追えー! 絶対に見逃すな!」

 警部と思われる男が顔を真っ赤にして部下に吠えるが、あの素早さを目の当たりにしてまともに追いつける警官は誰一人いなかった。

「またやられましたね」

 部下の一人が額に手を添えて、バーミーズが去っていった方を眺めながら上司にそう告げた。その様子は諦めからか、半ば曲芸を観覧する客のようだった。

「呑気なことを言っている場合か! 今月に入ってもう四件目だぞ! いい加減あの怪盗を捕まえなければ、我々警察のメンツが丸潰れだ!」

「とはいっても、あの身体能力は超人並みです。我々みたいな凡人では到底歯が立ちませんよ」

 部下は周辺の警官たちの動きを眺めた。住民に聞き込みをしたり、梯子を上って屋根を調べる彼らの姿はまさに平凡な人間にふさわしい動きをしていた。

「もしかしたら、奴は人間ではないのかもしれませんね」


「ただいまー! おーいムッシュ! 帰ったぞー! いないのかー?」

 火照った体の熱を追い出すように、ピートは声を張り上げた。正体を隠すために被っていた帽子と仮面もはずし、その辺に放り投げた。

「うるさい。今何時だと思ってるんだ」

 部屋の奥から黒い服を着た男が現れた。髪の色がブロンドでなければ、この薄暗闇では男がどこにいるか分からなかっただろう。

「この時間に出ろって言ったのはお前だろうが。文句言うなよ」

「俺が文句を言ってるのは、お前の騒音だ。それより、ちゃんと仕事はしてきたんだろうな」

「おう! お前に言われたとおりの手順でやったから、すんなり盗ってこれたぞ。まぁ、逃げる途中で警察に見つかっちゃったけどな」

 ピートはあはは、とこともなげに笑っていたが、ムッシュはこめかみをピクピクさせ、ピートにつかみかかった。

「警察に見つかっただと? なんでそんなことになった? 俺の計算に間違いはないはずだ」

「いやそれがさあ、思ってたよりも警官がたくさんいて、予定してた裏口からは出られなかったんだ。それで、窓から屋根伝いに逃げようと思ったんだけど、隣の家が改装中だったらしくて……」

 足場が悪く、うっかり物音を立ててしまったのだという。そこまで聞くと、ムッシュは納得したのか、ピートの服を掴んでいた手を離し、舌打ちした。

「最近派手にやりすぎたからな。増員するとは思っていたが、それほどとは……」

 ムッシュはなにやらぶつぶつと独り言を言っていたが、やがて顔を上げ、手を差し出した。

「まあいい。連中はお前に追いつけていないだろうし、取り立てて問題はないだろう。それより、盗ってきたものを見せてみろ」

「おお、そうだったな」

 ピートは懐からゴソゴソと布の包みを取り出した。手の上でそれを広げると、中から零れ落ちそうなほど大きなダイヤの塊が現れた。

「ほお、これが『女神ガイアの心臓』か。さすがに美しいな」

 ムッシュは顔を近づけ、まじまじと宝石を見つめた。宝石の持つ透明の輝きがムッシュの顔に映った。

「爪に涙に髪に心臓! これで、『女神ガイアシリーズ』はあと一つ、『目』だけだな」

「ああ。『女神ガイアの双眸』。これで、今回の任務は完了する。さっそく計画を立てた。こちらに来てくれ」

「さすが参謀司令官! 仕事が速いな」

「今月中に、とのことだからな」

 二人は隣室に入り、最後の仕上げについてひっそりと話し合いを始めた。


    *  *  *  *  *


「おお、さすがムッシュだ。設備も警備の配置も、今回は人数も予想通りだ」

 いつもの仕事服を来たピートは現場から数キロ離れた教会の屋根より様子を窺った。今回の仕事場である屋敷は市街よりも少し高台に位置しており、その建物の大きさや煌びやかさがピートの距離からでもはっきりと見ることができた。

「こりゃあまた、ずいぶんいろいろ持っていそうだなあ」

 きっと他にも盗りがいのある獲物が転がっているだろう。それを考えるだけでわくわくしてくるが、とりあえず本来の目的を果たすべく、頭の中でムッシュと打ち合わせた計画をおさらいした。


「今回のターゲット『女神の双眸』というのは二粒の真珠のことだ」

 ムッシュが指差したテーブルの上には何枚かの写真と屋敷内の見取り図、周辺の地図が置かれている。その中の一つに大粒の真珠を写した写真があった。二粒の真珠はケースの中に並んで写っており、ふっくらとした紫色の座布団にちょこんとのっかっていた。

「今回はやけに小さいなー」

 ピートが写真を手に取り、しげしげと眺める。

「大体大きめの飴玉くらいだ。真珠は盗ったらこのケースに入れてくれ」ムッシュが小さな長方形の箱を差し出した。開けてみると白い布に深めの窪みが二ヶ所あった。「前回のダイアモンドは大きめだが一つだったから厚手の布で巻けば充分だったが、今回の真珠は二つだからな。移動中に真珠同士で擦れあって傷つけないように、とクライアントに渡された」

「なぁるほど。これなら、片方だけ失くすってこともないから安心だな」

 パコッと小気味良い音を立てて蓋を閉めながら、ピートがにっと笑った。

「片方だけ失くすことはないが、両方失くす可能性はあるからな。慎重に運べよ」

「了解了解!」

 ムッシュは若干心配になったが、とりあえず次の説明に移ることにした。

「で、これが現在真珠を所持しているバルドー伯爵の屋敷の見取り図だ。明日までに頭に叩き込んでおけ」

「また、デッカイ屋敷だなぁ。目的の真珠はどこにあるんだ?」

「クライアントの情報だと、この食堂に置いてあるそうだ」

「こんなだだっ広いところに? なんで?」

「それはもちろんお前を警戒しているからだろう。どんなに変装したって、こんな見渡しのいい所にのこのこ姿を現したら、誰だってそいつが犯人だって分かるだろう。まあ、こちらとしてはこのくらい広いとことに置いてもらったほうが盗りやすいんだけどな」

 そう言ってムッシュが意味ありげに微笑む。その笑みはピートですら一歩引いてしまうほど不気味だった。

「そうか……。で、今回はどんな手段でもぐりこむ? また変装か?」

「いや、今回その必要はない。いつもの格好で正々堂々正面から入れ」

「え? 正面って玄関からか?」

「いいや、正面は正面だが、玄関じゃない。正面玄関の真上にあるテラスからだ」ムッシュは地図の二階にある半円型のテラスを指した。「このテラスがある部屋はリビングになっていて、そこに暖炉がある。そこから一旦屋上に上がって、食堂につながる煙突から再度侵入しろ。煙突に入るところは決して誰にも見られないように」

「見られないようにって言っても、テラスに上った時点でもうバレちまうと思うけど?」

 正面玄関には警官をより多く集めているだろうし、他にも野次馬やマスコミも詰め掛けていて誰にも見られず入ることなど不可能のように思われる。それにテラスやリビングにだってきっと警官を置いているだろう。

「いや、それでいいんだ。むしろ、暖炉に入るまでは思い切り派手に振舞ってくれた方がいい」

 どいうことだ、とピートが首をかしげると、ムッシュはまた意味深な笑みを浮かべた。

「連中はまだお前の底力を知らない」

 薄ら笑いを浮かべながら自身を見つめるムッシュに、ピートは思わず両腕で自身の身体をかばった。

「え……?」


 日がどっぷり暮れ、辺りがすっかり闇と人工灯に包まれてしまった頃、屋敷の警備を行う警官達はいよいよ緊張状態に包まれた。なにせ、『バーミーズ』が犯行予告で示した時間まであと十分もないのだ。皆やたらとそわそわして落ち着きがない。

 食堂の入り口では警部が忙しなく時計と真珠を交互に見つめていた。

「少し落ち着いてください警部」

 見かねた部下がため息をついて進言する。

「こんなときに落ち着いていられるか! もう間もなく奴が現れる時間なんだぞ!」

「だからこそ落ち着いてくださいと言っているんです。指揮官でもある貴方がそんな状態じゃあいざというときにまともな指示ができませんよ。それに今回はこちらの対策も十二分に整っている。今度こそ『バーミーズ』が盗みを全うすることはできないでしょう」

 部下は食堂の中を見渡した。食堂には本来置いてあるはずのテーブルや椅子などはなく、部屋の中央の丸テーブルに真珠入りのケースが置いてあるだけだった。しかも、部屋の窓にはすべて鉄格子をはめ、侵入にも退路にも使えない。また、暖炉も窓と同じように鉄格子がはまっていた。

 障害物が一切ない上、侵入もままならないこんな部屋では奴も警察の隙を突いて真珠を盗むことなどできないだろう。部屋の様子を見た誰もがそう思った。そのとき、

「バーミーズだ!」

 玄関の方で誰かが叫んだ。

「来たか! 奴をこの部屋には絶対入れるな!」

 警部が屋敷中に届くようにはり叫んだ。すでに顔を真っ赤にし、今にも血管がプツンと切れてしまいそうだ。

 一方、正面玄関のほうでは、

「はっはっは! ごきげんよう諸君! 予告どおりこの怪盗バーミーズが『女神の双眸』を頂きにきたぞ!」

 テラスの手すりに器用に立った怪盗バーミーズ(に変装したピート)がくるくる回って周囲の人々に挨拶をしていた。マスコミや野次馬には律儀に手も振っている。

「さて、パフォーマンスはこれくらいでいいかな?」

 ではさっそく、とピートは部屋の中へ入ろうとしたが、やはり予想していた通り、警官数名が今にも襲い掛かりそうな格好でピートを待ち構えていた。

「怪盗バーミーズ! 今日こそ捕まえてやる!」

 威勢のいい警官の一人がテラスに立つピートに襲い掛かった。

「おおっと!」

 ピートは跳躍力を見せ付けるように警官の頭上を飛び越え、開いていた窓から素早く中に入り込んだ。おかげで、飛び掛ってきた警官は空を抱いたまま危うくテラスを飛び越えそうになった。

 部屋の中に入ったピートは素早く視線を巡らせ、暖炉を探した。

 ――あった。

 ムッシュの予想通り、暖炉も通れないようにしっかりと鉄格子がはまっていた。

 ――けど、な。

 ピートは仮面の下でニヤリとほくそ笑むと、警棒を持って向かってくる二人の警官を軽くかわし、暖炉へと走った。

「それじゃあ皆さんごきげんよう」

 暖炉の前でピートは恭しく一礼すると、懐から煙玉を取り出し、思い切り床に叩きつけた。

「うわあ!」

「煙幕だ!」

 あっという間に室内は白煙に包まれ、一センチ先も見えなくなった。しかし、扉も窓も全開にしてあったため、煙はすぐに晴れた。

「ごほっ……奴は、どこに……」

 室内にいた警官達は涙目で咳き込みながら室内を見回したが、バーミーズの姿はどこにも見当たらなかった。その直後、テラスにいた警官と廊下にいた警官が室内に入ってきて同時に叫んだ。

「奴はどこに行った!」


   *  *  *  *  *


 暖炉に入ったピートは煙が昇ってくるよりも早く駆け上がり、急いで屋根の上に登った。もちろん、ムッシュの忠告どおり誰に見られてはいない。

「ふう。意外と狭かったな、あの鉄格子。もうちょっと頭がでかかったら入らなかったな」

 さて、と煙突の陰に隠れながら辺りを見回す。頭の中に描いた地図を周囲の風景と照らし合わせて――

「あれだな、食堂に続く煙突は」

 次の目標を確認すると、おもむろに懐から懐中時計を取り出す。ムッシュの計画では、あと二分待つ必要がある。そのあと自由に行動できるのが一分間。

「煙突の中で待ってるか」

 ピートは誰も屋根の上にいないのを確認すると、瞬時にそちらまで移動し、音もなく煙突の中に消えた。


「おい! 奴はどうした! 一体どこに行ったんだ!」

 警部が湯気を立てて怒鳴り散らすが、警官達も状況把握がままならず、意味もなく右往左往している。

「分かりません。報告によれば、二階の部屋に現れたはずのバーミーズは煙幕とともに姿を消してしまったとか」

 部下が耳にした報告をかいつまんで説明する。

「だったら廊下から出て行ったんじゃないのか?」

「いいえ、廊下には複数の警官を配置させていました。しかし誰も見ていないそうです。テラスの方もまたしかり。奴が逃げたとしたら……」

「したら?」

 半信半疑と言った表情で部下が続けた。

「暖炉かと」

「暖炉だと? だが、家中の暖炉は鉄格子をはめているはずだ。そんなところから出て行けるはずがないだろうが」

「私もそう思いますが……しかし、誰も外に出たところを見ていないすると……」

 警部は不満そうに眉をしかめたが、おもむろに食堂内の暖炉に歩み寄った。鉄格子に手をかけ、ガタガタと揺すってみるが、鉄格子はピクリとも動かない。取り付け方が悪いわけではなさそうだ。

「こんな狭い隙間から人間が通れるわけはないか……」

 今度は鉄格子の奥をのぞいてみた。中は真っ暗で何も見えない。体をかがめて煙突の方も見てみた。すると、何か二つのものがチカリと光った。

「ん?」

 警部がそれが何か確認する間もなく、突然、部屋の照明が落ちた。

「誰だ! 電気を消したのは!」

 警部が慌てて顔を上げて尋ねた。

「違います、停電です! 家中の明かりが消えました」

 廊下のほうから部下の声が聞こえる。

「外の照明を当てろ!」

「ダメです!」他の警官の声がした。「どうやらこの辺一体が停電になっている模様です!」

「なんだと……」

 警部は慌てて真珠が置いてあるであろう、部屋の中央を振り返った。そして、ぎょっとした。

「なん、だ……あれは」

 真っ暗で何も見えないはずの部屋の中央に、金色の目玉が浮かんでいた。黒い瞳でこちらをじっと凝視している。

 不意に、その目がにやりと笑った気がした。それと同時にガラスケースの割れる音が室内に響いた。

「はっ……し、しまった!」

 その正体がバーミーズだと警部が気付いたころには、金の双眸は消えてしまっていた。そのかわりに、パッと電気が点き、人々は視界を取り戻した。

「あっ……真珠がない!」

 警官の一人が部屋の中央のガラスケースを指差した。ケースは先程と変わらず丸テーブルと共にその場に佇んでいたが、上部が割れており、中身の真珠がなくなっていた。

「バーミーズだ! 全員、屋敷の内外全て探せぇ!」

 警部は部下達にそう告げたが、頭の中は別のことでいっぱいだった。

――やつは、どうやって入ってきた? そして、どうやって出て行った?


 警官達が屋敷の隅々までくまなく探していると、突如屋上から高笑いが聞こえてきた。

「はっはっは! そんなところを探したって無駄だよ! なにせ、俺も真珠もここにいるんだからな!」

 声につられてその周辺にいた全員が屋根の上を見上げると、彼らの探し物が満面の笑みを浮かべ自分達を見下ろしていた。真珠も右手の指と指の間に挟まれて、鈍い光を放っている。

「『女神の双眸』は確かにバーミーズが頂いた。夜分遅くにご足労痛み入る、警察諸君。それでは、またの機会にお会いしましょう!」

 バーミーズは生真面目な顔で敬礼をすると、呆然と立ち尽くす警官達に踵を返し、瞬時に夜の闇に消えた。

「何をしている! 追えー!」

 バーミーズと入れ違いに外に飛び出してきた警部が声を張り上げるが、その頃にはもうバーミーズの気配すら感じられなくなっていた。


「ひぃやっほぉぉぉ!」

 ピートは夜風を一身に浴びながら屋根の上を颯爽と駆け抜けた。民家の間をすり抜け、教会の高い屋根も飛び越え、ムッシュの待つ我が家へ戻る。玄関の前に下りた時にはすっかり息が上がり、咽喉も渇いていた。

「ただいま!」

 勢いよくドアを開け中に入ると、ムッシュが厳しく歓迎した。

「大声を立てるな! 起こす気か!」

「あ、悪い悪い……」

 苦笑しながら、ピートは二階の様子を窺ったが、二階からは何の物音もしなかった。ふぅ、と胸を撫で下ろすと、早速とばかりにムッシュが手を差し出した。

「それで、ちゃんと盗ってきたんだろうな」

「もちろん。ほらよ」

 ピートは懐から最初にもらった箱をムッシュに手渡した。パコッと音を立てて開けると、写真と同じ真珠がそこに座っていた。

「ごくろうさん。水と飯置いてあるから食べてこいよ」

「おう! あー腹減った」

 飯と聞くや否や、ピートはすぐに隣の部屋へ移動し、食事を始めた。

「そうだ! そういや、今日お前に言われたとおり、あいつらの前で派手に振舞ってきたけど、ホントに良かったのか? カメラとかもいっぱい来てたみたいだし、俺らの正体もバレちまうんじゃあ……」

「心配するな。人間の矮小な脳みそじゃ怪盗バーミーズの正体が俺らだなんて考えもしないさ。それに、カメラが来てたんならなおさら好都合。そろそろもっと知名度を上げたいと思っていたからな」

 ムッシュが言いながらピートの向かい側に座る。

「矮小な脳みそって……俺らが言えた義理じゃないけどな……。けど、なんで知名度を上げたいんだ?」

「まあ、簡単に言うなら、もっと稼ぎたいからだな。知名度が上がれば依頼人もっと増えて、稼ぎも増えるだろう?」

「ふーん……で、なんで稼ぎたいんだ?」

 ピートはなんとなく予想できたが、あえて聞いてみた。

「株の投資金が欲しいから」

「やっぱりか! ……ったく、なんでお前の趣味のために仕事増やさなきゃならないだよ……」

 ピートは深くため息をついた。

「何をいう。株はいいぞ。お前も始めるか?」

「遠慮します。それよりもう寝ようぜ。俺もう疲れた……」

 ピートは空になった皿を押しのけて、寝床に向かった。

「そうだな。依頼人も寝ていることだし。報告は明日にするか」

 ムッシュも続いて寝床に向かい、狭い寝床に二人で毛布を奪い合うように折り重なって眠り始めた。


 朝日が昇り、空が白んだ頃、パタパタと階段を下りてくる音に目を覚ました。

「ああ、すまない。起こしてしまったかな?」

 眠い目をそちらに向ければ、その人物と目が合った。気にしていない、とまた毛布に顔を埋め目を閉じる。すると、頭と首を優しく撫でられた。

「おや、これは……ああ、もう依頼を済ませてくれたのか。本当に仕事が早いな、君達は。ありがとう。お礼に今日の食事は奮発しよう」

 箱の中身を確認すると、彼は足元に目を向けた。

「ゆっくりお休み。怪盗バーミーズ」

 毛布の上に折り重なって眠る金色と赤褐色の毛並みを持った二匹の猫は、返事の変わりにゴロゴロと咽喉を鳴らした。


「警部、どうかされましたか?」

 朝からずっと眉間にしわを寄せ、顔をしかめている警部を見て、部下が思わず声をかけた。

「いや、昨日のことなんだが……」

「ああ、バーミーズのことですか? まぁ、昨日はいつも以上に動きが派手でしたからね。マスコミも大々的にバーミーズを取り上げていますし。これだけ注目されれば今後の捜査にも影響が及びそうですからね」

 うんうん、と部下は困った顔を見せたが、警部はそれについて全く反応しなかった。

「いや、そんなことじゃないんだ。そんなことじゃあ……」

 じゃあ一体なんなんだ、と部下は口にしそうになったが、上の空な警部を見て何を行っても無駄だろうと判断し、その場を去っていった。

 昨日暗闇の中で見たあの目、あれは人間のそれとはかけ離れていた。むしろあれは……

 そこまで考えて、警部は頭を大きく振った。そんなことがあるわけがない。きっと、あいつの身軽さを目の当たりにして、そう思い込んでしまっているだけだ。

 警部は自分にそう言い聞かせ、この疑念を払拭した。そして、次こそはあのコソ泥を捕まえてやる、と意気込みを露わにした。

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