雨のち晴れ

「努力しなくても何となく生きていける。


 周りと比べ自分は頭がいい。


 今までのそう思っていた。


 しがし――現実は違った。」



 七月の上旬。夏休み前でなければ耐えられない熱気に湿気。

 屋上へと続く踊り場が、僕ら将棋部の活動場所だ。机と椅子が何個かあり、その上に将棋盤やらオセロが置いてある。ただでさえ熱がたまりやすい所なのに男三人むさ苦しい。


 今日もいつものように各々やりたい事をやっている中、僕は立ち上がって屋上へのドアに寄りかかり、現実の残酷さを嘆いていた。


「い、いきなりどうしたんだよ天野あまの

 将棋部なのにオセロをしている内宮うちみやは訝しげに聞いてくる。

 彫りの深い整った顔立ちに短く刈り上げた髪、健康的に焼けた肌。一見、運動部に見える彼はこの部活の部長だ。


「赤点がさ……」

 僕は天井を見上げ、少し微笑みながらそれに応じる。


「四個もあってね……」


「え……」


 内宮が絶句していると、将棋部なのに本を読んでいる星田ほしだが、一瞥もくれるくとなく鼻で笑った。

 

 星田は丸い眼鏡をかけ、目が隠れるほど髪を伸ばしている。とても小柄で、どこが似ているかと言われたら分からないが、何となく鼠を彷彿させるような見た目をしている。


――笑われた瞬間、僕は星田の方に鋭い視線をおくると、

「笑ったな? 今笑ったろ?」

「うん。それで、勉強はしたの?」

 悪びれもなく認めやがった星田は、本を閉じて質問を返す。


「そ、そうだ。勉強していればそんな酷いことにはならないだろ」

 内宮が加勢に入る。

 

「してないけど……それはいつもの事だし……」

 痛い所をつかれたなと、僕は内心少し焦りながら苦し紛れに言い訳する。

 

「なんだ、お前が悪いじゃん」

「調子に乗ったか」

 そんな僕に、彼らは歯に衣着せずにズバズバと攻撃してくる。


 こいつらは友達を慰めようとは思わないのか? 


「そ、そういうお前らはどうだったんだよ」

 ターゲットを変える為に内宮を見るが、

「まぁまぁだな。全部平均いってるぐらい」

 と、返って来たのは予想どうりの言葉だった。


 僕が思うに、内宮はかなり真面目なやつだ。それは別に勉強を沢山しているとかそういうのではなくて、しっかりとやるべき事はやる、約束やルールも破ったりしない。生徒や先生からの信頼も厚く、そんな内宮を僕は少し羨ましく思っている。


 鞄をゴソゴソと漁っていた星田はプリントを何枚か取り出し、僕らがやっているオセロ版の上にそれを並べた。

「僕もまぁまぁかな」 

 見ると、そのどれもが九十点以上だった。


 こいつはこういうやつだ……。


 僕は星田の性格は悪いと断言出来る。かなり仏頂面で分かりずらいが、常に人を小馬鹿にしているのが一年とちょっとの付き合いで嫌という程分かった。彼が鼠に見えるのも、そういうずる賢い所があるからなのかもしれない。


「お前性格悪い。前から知ってるけど」

 星田は満足気にテストをしまって、また本を読み出したので、僕らは再びオセロ版に視線を移す。


「でも、なんで勉強しないんだ?」

 内宮が駒を裏返しながら聞く。

「勉強なんてしなくても大丈夫かなって。ほら、僕って地頭はいいじゃん?」  

「そうか?」

「いいよ! トイレのみつこさん事件とか、足短おじさん消失事件とか解決したじゃん」


 これらは今まで学校で起きた様々な事件だ。僕らは何か不思議な噂を聞きつけると、すぐに首を突っ込んではその真相を解明してきた。

 自分で言うのも恥ずかしいが、そういう時は決まって僕が持ち前の推理力で活躍した。


「確かにたまに頭が冴えてるなって思う時はあるけど、ああいうのと学校のテストは違うだろ」

「確かにそうだけど……」


天野あまのは自分の事を過大評価していると思うんだよね。今まであったことも、大した事ないのに事件とか呼び始めたり、探偵気取ったりしてさ。なんか自分を主人公かなんかと勘違いしているみたいで……ふふ。それにさ……」

「あ、そうだ」

 いきなり罵倒スイッチの入った星田に何も言い返せないでいると、内宮が手を叩いて星田を制する。

「この前、ちょっとしたクイズを思いついたんだよ。それを今からお前らに出すからさ、先に天野が答えることが出来たらもういじめるのはやめてやれ」


「……お前は、やっぱり良い奴だな」

 内宮の優しさに感動し、つい神を見るような目で彼を見てしまう。  

 それに比べ、

「いいね、楽しそう」

 星田からは、クイズに答え僕の事を更にバカにしてやろうという魂胆が丸見えだった。


 このクイズ、何としてでも先に解かなくては……。


 「それじゃあいくぞ、分かった方から挙手な」

 そう言って唇を湿らせた内宮は、問題を喋り始めた。




 内宮は問題を出し終えると、まぁこんな感じかと、僕らの方へ目を向けた。


 内宮のクイズを簡単にまとめるとこうだ。

・登場人物は2人、AとB

・Aはパンを握っている

・しかしAはBに対して、自分で持っているにも関わらずパンがどこにあるかと聞いた

・BはAがパンを持っている事に気づいたが、動揺することなく「ありがとうございます」とお礼を言った

 Aがパンを持っていた理由、何故それがどこにあるかを聞いた理由、Bがお礼を言った理由。この3つを答えればいいらしい。


「――分かった」

 僕はすぐに手を挙げた。

「……はい」

 星田も手を挙げたが、その顔からはまだ分かってない事が見て取れた。


「星田、本当にわかってる? 僕が手を挙げてから挙手したように見えたんだけど……」

 優位にたっていることに気づいた僕がからかうと、星田は手を頭に当てて大袈裟に悔しがりながら、

「いやぁ残念。ただちょっと挙手の差が出たね。天野の方がコンマ一秒早かった。答えていいよ」


 こいつ、あくまで分かっている程でいく気だな……。


「……分かってるなら、先いいよ? テスト全部九十点代の星田くん」

 僕がそう言うと星田は眉間に皺を寄せて、まぁ分かったよ……と言った。


「それじゃあ一つ一つまとめていくね」

 開き直った星田は、さも分かっているかのように自信満々に喋りだした。

「まず場面は十中八九スーパーだね。それでAが客、Bが店員。Aが握っているパンはスーパーの商品でしょ」

 僕は同じだと、頷いていると、

「……コンビニを想定していたけど、それでもいいか」

 内宮がボソッと呟いた。


 (コンビニ? スーパーじゃなくて?)


「そのコンビニって普通のより大きかったりする?」

 疑問に思った僕は内宮に訊ねるが、

「いや、特にそんなことは考えないけど、大事か?」

 返って来たのも疑問だった。僕が不思議に思っているのを無視し、星田は続けた。


「それでAが聞いたのは持っているパンがどこにあるかではなく、元々どこにあったのかだね。だからBはパン売り場までAを案内した、おおかたこんなもんかな。クイズっていう割には捻りがないけど」

 証明終了とばかりに、星田は内宮の方を無見る。

 そんな星田に内宮は眉を寄せて、

「いや、別に俺はBがAをパン売り場まで案内したとは言ってないぞ、そもそも……」


――キーンコーンカーンコーン


 喋っている途中にチャイムが鳴った。この学校は最終下校時刻が六時半で、このチャイムが鳴ったら帰らなくては行けない。

「そろそろ帰るか」

 内宮はそう切り出すと鞄を持って立ち上がった。

「「え! 答えは合わせは……」」

 僕と星田が驚くと、内宮はニヤッと笑って、

「答え出たら当たった方が調子に乗るだろ。クイズはあくまで時間稼ぎだ。ほら、帰るぞ」

 僕らはなんでよ、と不満を垂れながらも、内宮に付いて行って踊り場を後にした。


 成績の良い星田が分からない問題をすぐに解くことが出来た。

 それだけでも、テストで失っていた自信を取り戻すには充分だった。

 

 

  


 

 

 


 


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