大滝のぐれ・久坂蓮 掌編小説集(仮題)

大滝のぐれ

テーマ『動物の視点で書く』

生きものたちの書き割り  大滝のぐれ




 私たちは生まれたときから死ぬことを義務付けられているが、それは決して無力感や悲しみといったものに彩られたものではない。白い卵の中から飛び出し、育まれ、蛹になり、『一員』になる過程で繰り返し教えられることだが、すでに私たちはこの世に生を受けたときからそれを感覚として理解している。食事をして眠れば体が大きくなっていくのと同じ、覆しようのない決まりだとわかっている。


 だから、たまたま子供たちの世話係に当てられたある日、私はまだ孵化して二日ほどしか経っていない子の言葉に面食らってしまった。

「しぬことってこわくてかなしいことじゃないの。どうしてみんなへいきなの」

 他の世話係の子たちが卵をせわしなく触っているのを、女王様が眺めている。蓮の葉のようにひらべったく広がった平和を横目で盗み見ながら、彼女たちに見とがめられないように部屋の端へ移動する。壁と天井の間が狭まって闇が濃くなり、腕の中の子が薄い黒に包まれた。


「まあ、まだ生まれたばかりだものね。でも、あまり大きな声でそんなこと言わないでね」

 どうして。どうして。ほんとうにわからないんだよう。つややかな子供の体が揺れる。噛み砕いた砂糖を与えつつ、私はそれを必死になだめた。だが、彼女は止まる気配を見せない。その子を諭そうと私は口を開く。どうしても、強い口調になってしまう。


「わからないの、ほんとうに? ほら、ゆっくり自分を意識してみて。感じない? この巣にすっぽり収まるくらいの体を持った大きな生きものの一部に、自分がかちりと合わさっているような感覚を。ほら、ここにも、あそこにも、巣のあちこちに彼の息吹が宿っている」

「わからないよう」

「私たち全員には、細い管が繋がっていてね。巣にいても外にいても、いつも一緒にいるの。ひとつの生命として存在しているの。だから、仮に死んだとしても、私たちは『生きもの』の中に戻るだけなの。だから、それは怖くて悲しいことではないのよ」

「なんで、どうして?」

「もう一度、卵から生まれ直すことができるからよ」


 わからない。不満げな子供の声と、外で働いていた部隊が帰ってきたと思しきざわめきが同時に聞こえた。おそらく、人手がいるはずだ。満腹になったためかむずかり始めたその子を別の係に預け、作業を手伝うために部屋を出る。バッタの足。蝶の羽。クッキーというとても甘くて乾燥した塊。雑多なものが巣の通路を行き過ぎ、貯蔵庫へと運ばれていく。

「もう人出は大丈夫だよ。皆、元の持ち場へ戻って」

 外の探索は、年老いた者が担当することになっている。隊長のしわがれた声が土の中を伝播していくと、部屋から出てきたものが少しずつ部屋の中に引っ込み始めた。

 すると、食料を運んでいた部隊とは別の集団がこちらに向かってくるのが見えた。先ほどとは違い、みな沈痛な面持ちをしている。その理由は、すぐにわかった。


「運搬中に人間の襲撃を受けたんだよ」


 頭。触角。胸の筋肉。強制的に折りたたまれた、私と作りのよく似た体。『生きもの』を構成していた生物の部品が、慰霊のための場所へと向かっていく。私は凪いだ気持ちでこうべを垂れる。視線が下がった瞬間、同胞の顔にはめ込まれていた光無き目がこちらを捉えた気がした。私はそれを必死に頭の中から追い出そうとする。

「ほら、あんたも持ち場に戻りな」

「この方たちは『生きもの』の中に戻れるんですよね。また帰ってくるんですよね」

「あんた、なにを言っているんだい。そのことを、あたしたちは生を受けたときから理解しているはずだろ」

 それはもちろん、彼女たちだってそうだったろう。信頼とほんの少しの怯えをともなう覚悟が、彼女の口からほとばしる。


 その瞬間だった。今まで聞いたことがないような轟音が鳴り響き、巣の中が大きく揺れた。状況を確認する間もなく、暗かったはずの巣が突然明るくなった。少し離れたところに、黄色い体をしたとてつもなく巨大な生きものがいた。内部が透けており、その中で人間がなにかをいじくりまわしている。どうやら、彼がこの生きものを操っているらしい。何人かの同じ恰好をした者が少し離れたところで見守る中、生きものはぎこちない動作で長い首を揺り動かした。固いものが擦れるような耳障りで不快な咆哮が断続的に上がり、土に覆われた顔らしき部分にいくつも並んだ突起がぎらりと光る。信じがたいが、生きものはあれを使って巣の壁を一気に掘り起こしたらしい。


「あ、あたしたちの、巣が」

 私たちを包んでいた暗闇が強制的に外界と接続したせいで、隊長の恐怖に染まった顔はよく見えた。首だけになった同胞の眼にも、光が再び差していくのがわかる。


 細部まで日光に侵食されたその中で、私は自分の体を意識する。あんなに鮮明に感じていた気配や感覚はなく、そこにはただ、たしかな『生きもの』の存在と、断絶するという結果だけが、静かに横たわっていた。

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