第十四話 黒装束

 俺たちは南の都に向かい馬車で移動を始めた。


 馬車というのは何と乗り心地が悪いんだろう。

 木と金属でできた車輪なものだから、路面の影響をダイレクトに受ける。

 今通ってる道は砂利道で常にガタガタと馬車全体が揺れている。

 ゴムタイヤを開発した研究者は偉大だ。


「もしかしてこれから7日間移動する時はずっとこんな感じなのか?」

「はい、南の都まではほとんどこの道ですので」


 このままじゃ南の都に着く前に俺の腰が砕け散ってしまう。

 せめてクッションか何かがあればまた違うんだが、先が思いやられる。

 レナ、セリカは馬車に乗り慣れているのか、そんな事は全く考えていない様だ。


「そういえば、ゼラートがレナの能力スキルは旅に役立つって言ってたけど、どんな能力スキルなんだ?」

「私は…… 目の前の人間無力化する能力スキルです」

「悪党に襲われた時に役に立つっていうことか、この道沿いに悪党なんて出るのか?」

「そうですね、基本的に都の外は治安が悪いものと思ってください。 都の警備兵もこんなところまでは来ませんし」

「まったり旅とはいかないって訳ね、いざというときは頼むぞ」

「レン様の修行にもなりますし、基本的にはご自身で対応いただきたいです」

「た、確かに…… 」

「レンさん、レナさん、今日はどこに泊まる予定なんですか?」

「道中に宿場町みたいなのがあればいいんだけどな、レナの話だと野宿をするには危険そうだし」

「確かこの道沿いに何軒かあったと思いますのでそこに宿泊しましょう」

「分かった」


 ——都を出て何時間経っただろうか。

 日は傾き、だいだい色の空が夜の到来を感じさせる

 だが綺麗な景色を楽しむ余裕もないくらいに俺の身体は悲鳴をあげている。


「あそこが宿場です、今日の移動はここまでにしましょう」

「ただ乗ってただけなのにすごい疲れたな、腰が……」

「ずっと座ってましたしね…… レナさん馬車の操縦ありがとうございました!」

「いえいえ、ただ真っ直ぐ進んできただけですので」


 俺たちは宿場の脇に馬車を停め、長旅をねぎらい馬に餌を食べさせた。

 その後、衣類や食料などの物資を持って宿の中に入った。

 受付らしき場所には長い髭を生やした老人が座っている。


「すみません、今夜3人宿泊したいんですけど部屋は空いてますか?」

「空いてるよ、何部屋にするかい?」

「2部屋でお願いします」

「ほれ鍵だ、お支払いは明日出発する時に頼むよ」

「ありがとうございます」


 受付から鉄製の大きな鍵を2つ預かり、片方の鍵をレナに渡す。


「男女で部屋分けしちゃったけど良かったか?」

「私は構いません」

「私もです!」

「じゃああとは自由行動だな、明日の朝はここに集合する事にしよう」

「分かりました」

「あ〜〜疲れちゃったのでお風呂に入りたいです!」


 セリカが腰をポンポンと叩いている。


「風呂は確かに入りたいな‥…」

「うちの宿には自慢の露天風呂があるから疲れを癒していってくれ」


 俺たちの会話を聞いた受付が自慢げに話しかけてきた

 露天風呂に入るのは数年ぶりかもしれない。

 こんな疲れている状態で入ったらさぞ気持ちいいことだろう。


「ろ、ろてんぶろ…… 何ですかそれは!」

「お、セリカは入った事がないのか、簡単にいうとお外にある風呂だ!」

「お外に!? そんなの恥ずかしいですよ!」

「大丈夫、外から見えない様に塀で囲まれてるはずだから」

「なら安心です!」

「じゃあ俺は荷物置いてすぐに入っちゃおうかな」

「いってらっしゃいです!」


 階段を上り自分の部屋へ向かう。

 四畳半ほどの小さな部屋にベッドが一台のシンプルな部屋だ。

 今は風呂に入って柔らかいベッドの上で横になれるだけでありがたい。

 荷物を下ろし着替えを持ち、部屋の鍵を閉め風呂に向かう。

 脱衣所の前にはしっかり男女の表示があり、これなら時間を分けて入らなくてもいい。


 ……ていうか俺今身体透過インビジブルっていう能力スキル使えるんだよな。

 ならバレる心配なく覗きができるのでは……


 ——いかんいかん!

 覗きなんて修学旅行中の陽キャがやるものだ。

 俺にが業が深すぎてそんなことはできない。


「何でぼーっと立ってるんですか?」

「せ、セリカ、何でもないぞ」


 突然背後から声をかけられたものだから、動揺して声が裏返る。


「あ、お風呂の場所を確認しに来たんですけど、男女で分かれてるんですね! なら私も今から入ります!」

「お、おう」


 セリカは部屋に戻っていった。

 俺は脱衣所で服を脱ぎ、露天風呂に向かった。

 温泉旅館の様な露天風呂とまでは言わないが、まずまずの風呂だ。

 体を洗い温泉に入る、適度な湯加減だ。

 温まっていく体を少し冷ます様に吹く風が心地いい。

 一日の移動の疲れが取れていくのを感じる。


 しばらくすると、壁の向こうからセリカとレナの声が聞こえてきた。

 何を話しているのかは聞き取れないが、仲良くしている様なのは何よりだ。


「よし、そろそろ上がるか……」


 湯船から立ち上がろうとしたその瞬間だった。

 ザッという物音がする。

 物音がする方向を見ると、全身黒装束に身を包んだ見知らぬ人間が塀の上に立っていた。

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