番外編
第36話 とある片隅の記憶
「ほら、早く帰ろ」
「やだぁ!まだ遊ぶの!」
「そんなこと言ってたら置いてくぞ」
「やだやだやだ!」
その日はそう、むしゃくしゃしていたんだと思う。理由は多分、サッカーでゴールが決められなかったとか、カードゲームで逆転負けしたとか、将又鬼ごっこで女の子相手に逃げられた、とか。
そんなありきたりで、思い出してしまえば何の感情も湧かない。そんな不確かで曖昧な理由だったんだろう。
実際何も覚えていないのだから。
そんな夕暮れ時—
一つ大きな後悔を落とした。
—暗転
赤く点滅した光は、日の落ちた辺りを再び夕暮れ時に戻ったようだった。否、それ以上に赤く、思わず目を逸らしてしまうような光。
暗闇の中辺り一面に広がった、目を覆いたくなるような夥しい赤を際立たせるかのように。
—暗転
誰かが言い争っているようだ。隅っこで両足を抱えて、ただその様子を見上げていた。
死にたい、と思ったのかもしれない。いや、この場から消えたい、と思ったのだろうか。
目の前の怒声が先ほどよりも耳に届くようになった。それもそうだ。怒声を浴びせる先がこちらになったのだから。
耳に届くようになったはずの言葉は、頭が拒絶したかのように理解できない。そして気付いた時には、その声は聞こえなくなっていた。正確には薄らと聞こえるが、気にならなくなっていた。そして遂には、その様子も目に映らなくなった。
あぁ、よかった。自分に向けられた言葉じゃなかったんだ。
耳を塞ぎ、目を閉じ、抱え込んだ両足に顔を押し付けながら、その少年は笑みを浮かべた。
その時口に入り込む無味の液体は、止めどなく流れたままだった。
—暗転
薄らと開けた目に最初に飛び込んできたのは、目まぐるしくすぎていく光明だった。寝ぼけ眼のまま辺りを見回すと、前に座席が2つあるのが見える。
そこにはハンドルを握る誰かが居た。その人はルームミラー越しにこちらを見ると、安心したように静かに笑った。
今思えば、すごく寂しそうな笑みだった気がする。
「やっほー。起きた?」
その問いかけに無言の相槌で返すと、その人は突然屈託のない笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ今から旅行行こっか!」
—暗転
—暗転
—暗転
◇◇◇
「はぁ、寒いなぁ」
「…」
「服貸してあげるよ」
「…」
「ほっぺもこんなに冷たいし」
「…」
「雪、すごいなぁ。止むかな?」
「…」
「後で一緒に雪だるま作ろっか」
「…」
「ほら、そろそろ起きないと」
「…」
「んー、起きないなぁ」
「…」
「俺も寝よっかなぁ」
「…」
「起きたら晴れてるといいね」
「…」
「おやすみ
— —ちゃん」
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