第30話 その優しさは何かを隠している
期末テスト。
それは長期休みの前に立ちはだかる学生にとって最大の壁である。
もしこれを乗り切れなかった場合、長期休みが『補講』という魔の手に大半を飲み込まれる可能性があるのだ。
しかし俺はそんなヘマはしない。何せ授業はちゃんと聞いているし家で勉強もしているからだ。
1人は良い。自分のペースで勉強や休憩ができ、何しろ集中できる。
はずだったのだが。
「コーヒーのおかわり5つください」
「はい、ただいま」
俺達は以前特大パフェを食べたcafe deleteに来ていた。校外学習での約束は果たされたわけだ。
ちなみにメンバーは、おかわりしたコーヒーの数で分かるように俺、新川、平川、高梨、大野の5人だ。
「ねね、高梨さん。ここ分かる?」
「えっと、ここはね……」
大野はあまり成績がよろしくないらしく、さっきから高梨に聞くことが多い。もしかすると彼女なりの距離の詰め方なのかもしれないが。
元々この中で大野を除く4人で行く予定だったのだが、新川に勉強を教えてほしいと頼み込んでいた大野も参加することとなった。
店に入ろうとすると、ドアに『高校生のテスト勉強推奨』という張り紙がしてあった。なんて高校生に優しいんだ。
店の中は以前程の賑わいはないものの、俺達と同じ様にテストへ向けて勉強する生徒達がチラホラと見える。
コーヒーも、高校生には一杯100円と非常に良心的な値段となっていた。
しかし俺は早くも帰りたい衝動に駆られている。何故かって?そりゃあ—
「ねぇ、あの人めっちゃイケメンじゃない?」
「うわー、女の人も美人ばっかじゃん」
「なんか絵になるね」
「なんかもう1人の人は悪くないけどパッとしないね」
「だね」
こうなるからだ。パッとしなくて悪かったなこのやろう。
この金髪イケメンと一緒にいると珍しくない光景だが、もう既に慣れたし実際初めから気にしてない。
だが気にしないようにしていても耳に入ってくる距離だからタチが悪い。これがカクテルパーティ効果ってやつなのか?知らんけど。
まぁよく見るまでもなく美男美女だなこいつら。新川と高梨、そして平川は言うまでもないが、大野もキリッとした目をしていて格好良さを醸し出している。
俺自身不細工だとまでは思わないが、こいつらと比べると圧倒的に見劣りしてしまうのは事実だ。
はぁ、と一つため息をついてノートへ意識を向け直す。
すると頼んでいたコーヒーが運ばれてきた。顔を上げると、運んでくれたのはオーナーの山科さんだ。
「皆さんどうですか?テスト勉強の進行具合は」
以前と変わらない柔らかい笑みで問い掛けてくる。
「今のところ順調ですかね」
「私もです!」
「私は……うーん」
大野だけが頭を抱えていた。確かに今の大野だと赤点ギリギリかもしれない。
すると山科さんは「はははっ」と笑った。
「確かに高校のテストは難しいですからね。煮詰まった時は一度頭を空っぽにして休憩することも必要ですよ」
確かに山科さんの言う通りだ。考えてわからないものは幾ら考え込んだところで解など出ない。
「まさにdelete、ですね!」
「おい、それだと今まで勉強した分も全部消去してんぞ」
俺のツッコミに「あ、そっか」と笑う大野。本当に大丈夫かこいつは。
「そういえば、どうしてテスト前の高校生のためにここまでしてくれるんですか?」
「あ、確かにそれ思いました」
新川の質問に山科さんは柔らかく懐かしむような笑みを浮かべた。
「妻がね、中高生がリラックスしてテスト勉強できるようなカフェを作りたいね、って言ってたんです」
今ので俺は確信してしまった。恐らく—
「へぇー。良い奥さんですね。今はこのお店に「大野」」
俺は大野の言葉を止めた。聞けば何気ない質問だろうが、言わせる訳にはいかなかったのだ。
「え?」と困惑する大野。しかし山科さんは先ほどの柔らかい笑みで俺と大野の方を見る。恐らくこの人は俺がどうして止めたのか分かっているのだろう。
「妻は忙しい身でして、帰って来れないんです」
「あ、そうなんですね。是非お会いしたいです」
「そうですね。機会があれば」
「それではごゆっくり」と山科さんはその場を後にした。
俺は何故か胸にモヤモヤを抱えたままテスト勉強へと戻る。
運ばれてきたコーヒーを一口飲むと、心なしかいつもより苦く感じた。
◇◇◇
その後は適度に休憩を挟みながら勉強をしていると、時計は7時を回っていた。
「そろそろ帰ろっか」
「んーっ、疲れたー!」
外を見ると陽も落ち、店内の客はほとんど居なくなっていた。
会計を済ませ店を後にする。辺りは外灯で照らされ、部活帰りの中高生や買い物帰りの主婦がチラホラと見える。
この喫茶店は俺の家の最寄駅近くにあるので、とりあえず駅まで全員で行くこととなった。
一歩、また一歩と歩みを進める。
しかし俺は100mほど歩いた所で立ち止まった。
「すまん、筆箱忘れたからちょっと戻るわ」
「えっ。あ、じゃあ私達も—」
「すぐ戻るから駅まで戻っててくれ」
俺は言葉を被せて足早に店へと戻った。
俺がこれからしようとしていることはただの自己満足だ。相手の事情を鑑みない最低の行為。
けれど俺は確かめたかった。
過去という、曖昧で鮮明なものに向き合う意味を。
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