第28話 小さな少女の後悔
目を覚ますと、外は一面雪景色だった。
隣に座る女の子がその景色を見てはしゃいでいる。
まだ意識が覚醒し切っておらず、目蓋は重い。
そんな微睡の中、窓ガラス越しに空を見上げた。
曇り空が広がり、今にも天気は荒れそうだ。
窓枠に肘を置き、頬杖を突く。
退屈だ。
再び目蓋を閉じ、意識を手放そうとしたその時、
「あっ、あれうさぎさんだ!ねぇねぇ見て見て—
お兄ちゃん」
◇◇◇
「ッ!?」
そんな声か呼吸かもわからない音が喉から漏れ、俺は跳ね起きた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
荒れる呼吸を整え、周りを見渡す。
まだ俺達はバスの中で、周りの生徒達の殆どが眠りについていた。
頬を伝う汗を拭う。
呼吸が落ち着いたところで背もたれへともたれかかった。
「夢、か」
小さく呟く。夢を見るのはここに来て二度目だ。今まで見てこなかった分集約されてるのかと思うレベル。
……くだらない。何を夢如きでこんなにも慌てているんだ。
あまりにスリリングな夢から覚めた時「夢で良かった」なんて心臓をバクバクさせながら思ったこともある。それと同じじゃないか。
そう自分に言い聞かせ、窓の方へと目をやる。
バスは建物が多く並ぶ市街地を一定のスピードで走行している。先程夢で見たような雪景色や曇天などは無く、徐々に暗くなっている辺りを等間隔で並んだ外灯が照らしている。
呼吸が落ち着いてくるとともに、思考がクリアになってきた。これでは再び眠りにつくのは難しい。俺は諦めて窓の外を眺めることにした。
携帯で地図アプリを開く。現在地から学校まで残り1時間といったところだろうか。
意味もなく目を閉じる。別に眠りにつきたいわけではない。
あんな夢を見た後に眠りたいなんて思える程俺のメンタルは強くない。
けれど俺は知りたい。あの夢はなんだったのか。|
どうして俺はあんな夢を見たのか。
ただの夢だと言い聞かせても頭は全力で否定してくる。
あれがただの夢なはずがない。
あれをただの夢だと思ってはいけないと。
◇◇◇
「んんーっ、帰ってきたー!」
あれから約1時間後、陽も沈み真っ暗になってきたところでようやく学校へと到着した。
凝り固まった身体をほぐすように両手を組んで上へと伸ばした。パキパキと関節が鳴る音がして気持ち良い。
バスから降りてきた生徒達も、辺りが暗いせいかやけにテンションが高い。確かに夜の学校ってテンション上がるよね。
バスを降りてからは自由解散だ。皆談笑しながら帰っていく。
「あっ、相田くーん!」
さて、俺も帰るか。と思った時後ろから俺を呼ぶ声が聞こえた。振り返るまでもないが、新川だった。
「ねね、みんなで途中まで一緒に帰らない?」
後ろを見るとこの3日間行動を共にしていたメンバーが居た。しかし竜崎の姿はない。既に帰ってしまったらしい。まぁ竜崎らしいな。
「あぁ、いいぞ」
了解の旨を伝えると、新川は嬉しそうに微笑んだ。
校門をくぐり帰路に着く。相変わらずテンションの高い大野と新川が校外学習の思い出を振り返っている。
確かに色々あった。けれどわざわざ振り返るのはやめておこう。嫌なことまで思い出してしまいそうだ。
電車に乗り込むと、仕事終わりのサラリーマンで満席になっている。
ちなみに俺の住んでいるアパートはこの駅から二駅ほどで着くので割と近い。
そして俺が降りる駅に着いたところでみんなとは別れる、はずだったのだが、
「あ、相田君もこの駅なんだ」
「……まぁな」
なんの偶然か橘も同じ最寄駅だったらしい。正直すごく気まずい。
確かに校外学習で何度か話すことはあったが、それはあいつらがいた時だけだ。2人きりでにしたことなど一度もない。
ぎこちない感じで肩を並べながら歩く。どうやら方向まで同じみたいだ。
横を歩く橘をこっそり見ると、特に緊張した様子も無く淡々と歩いていた。
それはいつもの橘の様子からして少し変だ。するとそんな様子に気づいたのか、橘が俺の方を向いた。
「どうかしました?」
普段から見ていると、彼女はどうやらあまり仲良くはない異性に対しては敬語になるらしい。竜崎と俺には敬語で平川には普通にタメ口だったしな。まぁこれはあいつのコミュ力故ってのもあるかもしれんが。
ちなみにクラスの中で敬語が聞こえるのが珍しくて耳に入るだけで、態々調べたりしてないからねまじで。
「いや、やけに落ち着いてるなと思って」
俺は思ってことをそのまま伝えた。だってこれ以外に言う事ない。何でもない、は逆に「えっ、この人何の用もなく見てたの気持ち悪っ」ってなる未来が見えた。
「ふふっ、クラスメイト相手に緊張してる方が変ですよ」
「そりゃ尤もだな。けど、なんかいつもと違う気がしてな」
すると橘はいきなり立ち止まると、俯いて小さく呟いた。
「相田君は、もし自分のせいで大切な人が孤立してしまった時、どうしますか?」
「は?」
どういう意味だろうか。いや、どういう意味も何もそのままの意味なのだろうが、質問の意図が見えなかった。
俺が答えあぐねていると、橘は顔を上げて柔らかく微笑んだ。
「変なこと言ってごめんなさい。今のは忘れてください」
そう言って再び歩き出す橘。俺はすぐさまその後を追った。
恐らく橘は今の質問に俺の答えなど求めてはいないのだろう。けれど—
「なぁ、橘」
「はい?」
「お前はどうしたかったんだ?」
「え?」
唐突な俺の問いに橘は驚いている。そりゃそうだろう、いきなり質問を質問で返されたのだから。
すると橘はまたもや俯く。しかし今度は手が震えてるように見える。
それからゆっくりと顔を上げて俺の目を見据えた。その目は涙で潤んでいる。
「私は、私だけでもそばにいたかった……」
ポツリと漏らした声は、夏の夜風に連れ去られて掻き消えた。
しかし俺の耳にはしっかりと届いていた。
「だったら「でも」」
すると俺のセリフに被せるように橘が紡いだ。
「もう、遅いんです」
「遅いって何が……」
「もう今更遅いんです、何もかも」
そう呟く彼女の声音は、微かに震えている。そして俺を見据えていたその目からは、堪えきれずに一粒の涙が頬を伝った。
「私は、逃げたんです」
何から逃げたのか、どうして逃げたのかなんて分からないし、知る由もない
けれど彼女のその言葉には、とてつもない後悔と諦めが篭っていた。
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