第8話 彼らは5月の陽だまりのように暖かく
5月に差し掛かってくると、段々と暖かさの中に時折暑さも混じってくる。ニット生地を着れば暑いし薄い長袖や半袖なら寒くなり、恐らく秋同様服装に困る時期だ。
加えて虫も多いので薄着にしてしまうと鬱陶しいことこの上ない。
それとあとよく眠くなる。
まぁこれに関しては年がら年中、特に授業中なんかは眠さ無限大だ。
しかし今は集中して授業に取り組まなければならない。
そう、来週から中間テストが始まるからである。
◇◇◇
「なぁ、テスト勉強してるか?」
「いいや、全然」
「だよなぁ、俺もだよ」
「めんどくせぇよなぁ、特に数学と古典」
休み時間、そんな会話がちらほらと聞こえてくる。
勉強をしてないとかしたくないだとか、そんな当たり障りのない会話だ。
しかし先ほどの会話には裏がある。
内容を振り返ると一見どちらも勉強していないように見えるが、実のところそうではない。前者は恐らく本当に勉強していないのだろう。後者がしていないと言った時の安堵感から、まだしなくても大丈夫なんだと思ったようだった。しかし後者は嘘だ。これは点数が低かった時に「な?俺勉強してなかっただろ?」という言い訳が使える。言わば保険だ。
だって毎回の授業寝てるお前が数学と古典が面倒なの知ってる訳ないだろ。
こんな具合に、俺の推理力と趣味の人間観察が露呈したところで、斜め前の席の新川が声をかけてきた。
「相田君もちゃんとテスト勉強してる?」
「当たり前だろ。流石にテストはちゃんとしねぇとな。そっちこそどうなんだ?」
「ふふん、勉強に関しては抜かりないからね!」
「その他は抜かりあるのかよ……」
「な、ないもん!」
こんな感じで俺と新川は普通のクラスメイトとして過ごせている。最初は挨拶だけだったが、明るい性格の彼女は徐々に俺との距離を詰めてきて、今では普通に話す仲になっていた。
まるで入学初日のやりとりなど無かったかのように。
「なになに?テストの話?」
すると突然、隣の席に座る平川が俺と新川の間に入ってきた。
「黙れ。お前には聞いてない」
「うわぁ、相変わらず手厳しいな颯人は」
「うるせぇ。というか颯人って呼ぶな。なんかムカつく」
この平川潤という男。入学して2週間ぐらい『相田君』と呼んでいたのに、ある日急に『颯人』と呼んできたのだ。
コミュ力の化け物め。
「いいじゃんか。相田君って呼ぶとなんかよそよそしいしさ。こっちの方が友達っぽいじゃん?」
「知らん。てか友達じゃないだろ」
「少なくとも俺は友達と思ってるけどね」
「事実関係の刷り合ってない友人関係なんてあってたまるか」
そんなやりとりをしていると、隣にいた新川がクスクスと笑っていた。
「相田君と平川君って仲いいんだね」
「よくねぇよ」
「結構いいね」
「ぶちのめすぞてめぇ」
「ほら、なんだかんだ仲良いじゃん」
「や、どこがだよ」
見当違いな彼女の言葉に呆れつつ、確かに少し楽しいと思う自分がいるのを否定できなかった。俺の過去にもこういう友達もいたんだろうか、と記憶に想いを馳せた。
「そういやお前らも仲良いのか?」
「まぁね、俺と新川さんは同じ中学だし。2年と3年は同じクラスだったよ」
「そうそう、去年は違ったけど」
「へぇ、じゃあ中学の時からこんないけ好かない野郎だったのか?」
「い、いけ好かないって。んー、1年生の時の平川君は知らないけど、2年の最初はそんなに明るいわけでも無かったよね?」
そういうと平川は少し焦ったように言葉を詰まらせた。
「ま、まぁイメチェンというか、みんなと仲良くしたいなーって思っただけだよ」
そう言う平川はなぜか動揺しているような感じで、無理やり明るくしているような気がした。何か気に障ることだったのだろうか。
「ふーん。まぁ興味ねぇけどな」
「……本当酷いな君は」
苦笑いをする平川とクスクス笑う新川。なんでもない光景だが俺もつられてフッと笑った。
「ま、何はともあれ今回の中間テスト頑張らないとな」
「赤崎先生だしねぇ」
「ん?赤崎先生だったらなんかあんのか?」
「あー、颯人は編入して間もないから知らないのか」
「赤崎先生が課題の鬼って呼ばれてるの知ってる?」
「ん、あぁ、なんか噂程度には」
「それでね、その名前の由来となったのがこのテスト発表なの」
そう、この私立北影高校は生徒達のやる気を上げるという名目で毎回成績上位50名を学年毎に廊下へ張り出すシステムなのだ。
「赤崎先生ね、上位50人の中にうちのクラスメイトが5人以上載らないととんでもない課題を課してくるの」
この学校は1クラス約40人で構成されており、10クラス存在する。つまり400人のうちの50人に5人だ。
……まじかあの残念教師。かなりキツくね?
「具体的には?」
「今までの人生を振り返って。原稿用紙10枚」
「……まじかよ」
「だから頑張らないとね。……まぁ1位は今回も高梨さんかなぁ」
「誰だそれ」
「知らないの?2年B組の
「知らん」
「本当他人に興味ないんだね……。あっ、そういえば平川君と幼馴染みなんだっけ」
「うん、そうだよ。今度紹介しようか?」
「いや遠慮しとく」
「遠慮というか、颯人の場合は面倒くさいだけだろ?」
正解だ。癪だがよくわかってやがる。
するとその直後チャイムが鳴り響き俺達は解散した。
席につき担当教師が入ってきて、開始の挨拶と共に授業が始まった。
ぼーっと授業を聞きながらふとさっきの会話を思い出す。
高梨実憂。なぜだろうか、どこかで聞いたことのある名前のような気がした。
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