第6話 彼と後輩美少女と昼食と

数学の担当教師が放つ数字1つ1つは、さながら歪な音を放つ音符だ。

それが何度も来るとその音符達が気持ちの悪いハーモニーを奏で、生徒達は早々と夢の中へと逃げ込んでいた。


まぁただの居眠りなのだが。


数式をノートに書き写し、教科書の内容を読みながら問題を解いていく。

まだ1年の時の復習なので付いていけてはいるが、少し油断すると置いていかれそうな気がして俺は集中して授業を受けていた。


ふと俺の斜め前に座る新川が目に入った。

普段は天真爛漫な彼女だが、授業は真面目に受けているようだ。


始業式から1週間


俺と新川は挨拶こそすれ、深く関わるような事は無かった。

おはよう。また明日。

そんな当たり障りのない会話しかなかったが、ふとした時に懐かしさを覚えてしまうのは気のせいだろうか。


4時間目の数学が終わり、昼休みとなった。

始業式から1週間は短縮授業だったので午前中に授業が終わっていたが、今日から通常通り6時間目までとなる。

そうなると、必然的に昼食を摂るわけだが、


「さて、どこで食べますかね」


チャイムと同時に自作の弁当を持ち席を立つ。

大抵のクラスメイトは教室で集まって食べるが、俺はあえて教室の外に出る。


お前も友達と食べないのかって?食べる相手がいないんだよ。言わせんなバカやろう。


教室を出る前に新川がこっちを見ていたような気がするが、すぐに女子生徒が彼女の元へ集まっていたので気に留めることはなかった。


教室を出て1人で歩きながらどこで食べるかを考える。

念のため2日目に軽く校内を探索して昼食スポットを探していたのだが、ちゃんと役立つとは。悲しい。


幾つかの候補の中から選んだ場所は、校舎裏一階の中庭に面した風通しの良い場所だった。


段差に腰掛け弁当を開いて食べようとしたその時、


「あー、ほんと面倒くさい」


そんな声が後ろから聞こえた。

ふと振り返ると黒髪ロングの小柄な女の子がいた。リボンの色からして1年生だろう。


そして美少女だった。


少女はこちらに歩いてきたが、俺に気づくと


「あ、すみません。……あの、隣いいですか?」


「ん?あ、あぁもちろん。俺の場所ってわけじゃないし。んじゃ俺はどっか行くわ」


そう言って弁当を仕舞いその場を離れようとする。


「い、いえ。私が後に来たわけですし、居てもらっても構いませんよ」


気を遣ったのか、彼女はそう言ってきた。

俺としては1人でぼーっと食べたかったのだが、わざわざ気を遣ってもらったのだ。ここは大人しく言うことを聞くとしよう。


「そうか。悪いな」


「こ、こちらこそ」


それから2人は、人2人分のスペースを開けて昼食を摂り始めた。


それから15分ほどするとお互い食べ終わり、沈黙の時間が続いた。

教室へ戻ってもすることは無いし、とりあえず隣に設置してある自動販売機の前まで行き、ミルクティーを買った。


けど、流石に自分の分だけってのもなぁ。


そう思い2つ買い、再び戻った。そして、


「ほれ」


そう言って空いたスペースにミルクティーを置いた。


「え?これって……」


「君の分」


「い、いや悪いですよ!お金払います」


「いらん。俺の心の平穏のために買っただけだ。後、先輩の好意は大人しく受け取っとけ」


ぶっきらぼうに言い放つ。こうまで言えば彼女も受け取らざるを得ないだろう。


「……よくわかりませんけど、ありがとうございます」


彼女は不満そうにしながらもミルクティーを受け取った。

お節介だっただろうか。まぁいいや。


それからしばらくすると予鈴がなった。


「んじゃ、俺行くわ」


そう言って立ち上がり教室へ向かった。


「あ、あの!お名前、教えてもらっていいですか?」


不意に彼女から声を掛けられ、立ち止まって振り返る。


「……相田颯人だ」


「相田先輩ですね。私、音無玲おとなしれいって言います。また明日もお待ちしてますね」


「……あぁ」


明日から違うところで弁当食べようとしてたんだけどなぁ、とは言えず俺は明日もここで昼食を摂ることが決定したのだった。

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